ルノー・日産問題について八幡和郎氏が私の記事に反対の説を述べられたので、それに少しコメントしたい。八幡氏と私の事実認識にあまり違いはないと思うが、そこから導かれる結論は真逆になっている。
八幡氏が指摘しているように、日産の2019年3月期の通期業績見通しが下方修正されて営業利益が前年同期比44.7%の減益となり、企業価値の毀損が進んでいることは事実だ。そして、この減益の要因の一つとしてゴーン事件が販売へ影響したことも、日産自身が認めている。
また、八幡氏も、そして私も前の記事で述べたように、ほぼ半数近い株を保有している大株主のルノーは、日産との経営統合をやろうと思えばいつでもできることは間違いない。
それでは、八幡氏が言うようにルノーが日産をできるだけ早く経営統合すれば日産の劣化を止められるかというと、私はそうは思わない。
現在のルノー・日産問題に関する一般の日本人が抱いている思いは、一つはカルロス・ゴーンがけしからん銭ゲバで、容赦ないコスト削減で経営をV字回復させたかもしれないが、日産を食い物にした悪人という思いであり、もう一つはルノー、そしてその背後のフランス政府は、日産の電気自動車の技術をわがものとする利己的な意図で、強引に経営統合を進めようとしているというものだろう。
私は一つ目のゴーン銭ゲバ説は、間違いではないが、検察とマスメディアが実際以上に悪く見せている面もあると思っているし、二つ目のフランスによる経営統合に反感を抱くのは、現実を見ないあまりにもシンプルな愛国主義だと思っている。
しかし、この世論があるからこそ、今のところ西川社長達はゴーン元会長の不正を見逃した責任を厳しく追及されていない一方、日産車の販売は大きく落ち込んでいるのではなかろうか。
こうした時にフランス政府が強引な経営統合を進めて、日本の世論を敵に回すことは得策とは思われない。世論の反発は販売の更なる落ち込みを誘発すると思われるが、まさにそれこそ漁夫の利を得ようとしているアメリカの自動車産業の思うつぼだ。
アメリカのGMは、2023年までに20車種の電気自動車を中国を中心に販売する計画だが、現在販売中の電気自動車の販売はあまり振るわない。フォードやフィアット・クライスラーはさらにその後ろを走っている状態なので、電気自動車ではるかに先を走るルノー・日産をなんとかしたくてたまらないのではなかろうか。
また、八幡氏は高い給料を払えばルノーへの統合後も日産の優秀な技術者をつなぎとめられると言うが、ルノーの企業統治が強化されると、日仏の企業文化の違いになじめない人は多数出てくると思う。そしてそのスキをついて、世界最大の自動車市場を持ち、しかもそれをすべて電気自動車に変える計画を持っている中国は、ルノーが支払うよりもはるかに高給で技術者を引き抜こうと虎視眈々と狙っているに違いない。
世界の大国(と自分で思っている)フランスのマクロン大統領は、こうしたグローバルな視点で物事を見なければいけないし、現にマクロン大統領は、フォルクスワーゲンのディーゼルゲート事件の時は、事件の背後にアメリカがいることを理解していたが、今回ばかりはどういう訳か、血気にはやって視野が狭くなっているようだ。
私は、フランスの利益を考えると(既に遅きに失したことは否めないが)できるだけ早くゴーン元会長は切り捨てて、これ以上マスコミのネタにされることを終わらせるとともに、西川社長一派は(刑事責任はおそらく検察と司法取引をしているから問えないとしても)ゴーン元会長の不正を見逃した経営責任をマスコミに強くアピールして経営陣の刷新の必要性を世論に納得させた上で、大株主としてすぐにでも彼らを更迭し、自分たちと意見を同じくする日本人を中心に新たな経営陣を作り、ルノー・日産の協調体制を強化することが得策だと思うのだ。
有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト