昨晩、「韓さんがまたやっちゃいました!」、「昨日から大騒ぎしています。未だに収まらない状態です」と高雄の知人から筆者にメールが入った。貼り付けられていたのは台湾中央社の「韓高雄市長、“失言”で東大教授の不快感招く」と題した記事と小笠原欣幸・東京外大准教授のフェイスブックのURLだ。
台湾中央社は与党民進党寄りの台湾紙、日本版がネットで読めるので重宝している。毎日チェックしているのだが、昨日は外出していたので慌ててログイン、続けて小笠原准教授のフェイスブックにもアクセスしてみた。事の顛末はこのようだった。
6日午前、東京大学「両岸関係研究グループ」の松田康博教授や小笠原欣幸東京外大准教授らの一行が、来年一月の総統選挙で野党国民党の候補に選出された韓国瑜高雄市長と面談した。9月初めから台湾を訪問している同一行が、蔡英文総統や馬英九前総統ら台湾要人との面談を行っている一環だ。
ここからは小笠原准教授のフェイスブックの投稿(9月6日 16:28)をそのまま引用する。同准教授は台湾国立政治大学で研究員をしていたこともある台湾研究の第一人者で、その論考のいくつかはネットでも読める。
今日、高雄に来て韓国瑜市長に会えたのはよかったのですが、ちょっとした出来事がありました。事前に、6日11:00 場所は高雄市政府の鳳山行政センターと知らされていました。それが昨日、時間が市長の用事で11:20になった、場所は変わらない、11:15ジャストに来てほしい(それより前には来ないでほしい)と連絡がありました。
本日、鳳山の近くに到着した11:04に電話があり「場所の連絡を間違えた。すぐに四維の行政センターに来てくれ」と言われ慌ててタクシー出来事そちらに向かったものの車で15~20分の距離があり、やむなく遅れることになりました。韓市長は私らの面会の冒頭で韓陣営側に連絡ミスがあったとミスを認め謝っていました。それがこちらのミスで遅れたような記者発表をされたわけです。大変残念です。
だが「それがこちらのミスで遅れたような記者発表をされたわけです。大変残念です」という部分の経緯が少し判りにくい。松田康博教授のフェイスブックにはその部分が書いてあるので、そこを抜き出して補足してみよう。こちらは北京語での入力なので筆者がAI翻訳を使って日本語に直した。念のため北京語文も併記する。
9月6日15:48 …沒想到媒體報導,韓市長竟然在會面後的訪問時向媒體說「我等日本人等了25分鐘」「沒關係啊,我們要多多體諒貴賓」「我完全不介意」。 我難以理解韓市長以及他的團隊的這樣的作風。特此澄清事實。 (…報道によると、韓市長は会見後の取材に対し、「私たちは日本人を25分も待っていました。大丈夫です。私たちは来賓の方をたいへん思い遣る。」「全然気にしていません。」 私(松田教授)は韓市長と彼のチームのこのようなやり方は理解しかねます。ここで事実を明らかにします。
松田教授は、翌日のフェイスブックに「總而言之,我們希望此次風波到此告一段落(とにかく、この騒ぎが一段落することを願っています)」と書き込み、事態の鎮静化を望んでいる。が、韓国瑜側のミスであるにも関わらず、まるで日本側が遅れたような韓市長の物言いには怒り心頭に発したようだ。
中央社は「同市政府によれば、連絡ミスは市政府と訪問団をつなぐ窓口となった人が場所の確認を怠ったことが原因。韓市長は事情を知らなかった」と報じている。が、「知らない、知らされない」こと自体が韓氏の「不徳」、度重なるこの種の言動に不信を懐いている高雄市民の多くは、この発表をまるで信じていない。
小笠原准教授のフェイスブックには2千件を超える書き込みがされているが、その論調は概ね以下のようだ。
高雄人です。申し訳ありません。また高雄は市長を罷免する活動を行っています。
日本人がどんなに時間を守ることが承知しています。台湾でも日本が一番時間を守ると言われてします。この度はその人(韓氏)のチームの連絡ミスなのに、そんなに無知な発言がされたことに対して台湾人としては恥を感じています。
筆者は何回か韓国瑜の虚言ぶりとそれに対する高雄市民の批判について何度か書いたが(参照「翌日に露見した韓国瑜高雄市長の虚」)、今回の件はそれを如実に露呈したようだ。高雄市側がミスで来客を遅刻に至らしめたことは、拙いけれども単なる不祥事。だが韓市長の取材陣への発言は「嘘」。もし事情を知っての方便なら政治家として致命的だ。
さて、この出来事の前日5日に「ET Today新聞雲」は「品觀點民調」による総統選挙の最新世論調査を公表した。調査は9月2日から3日まで①「パソコン支援電話調査」と②「インターネットアクセス調査」とを並行し20歳以上の有権者を対象に行われた。有効サンプル数は2,174件とのこと。
その結果、蔡英文VS韓国瑜の場合は、蔡英文の支持が39.8%に上り、韓国瑜支持の28.3%を11.5ポイント上回った。7月半ばには韓氏が蔡氏に7ポイント以上の差をつけてリードしていたのを思うにつけ、この世論の移ろい易さには少々驚く。
次に韓国瑜ではなく郭台銘と蔡英文の2人が対決した場合、蔡英文支持は33.8%、郭台銘支持は27.2%とその差は6.6ポイントで、蔡vs韓の11.5ポイント差より縮小している。が、郭台銘が無所属ででも出馬するかどうかは、未だに出馬表明をしていない柯文哲台北市長の動向と同じく未定だ。
こうしてみるとここ2ヵ月、蔡英文支持は一貫して右から上がり。6月初めに香港で「逃亡防犯条例」への抗議デモが本格化し、蔡英文はこれを追い風に、不利と言われた頼清徳氏との民進党内での候補者選びに勝った。その後、香港デモはますます大規模化し、警察の暴力的な取締りや中国の威圧などで世界中にデモ支持が広がっている。
蔡英文は要所で中国と香港政府を非難し、香港市民に寄り添った談話を発信し続けるほか、米国からの武器購入など中国との対決姿勢を強めている。昨年11月の総選挙大敗でまるで「憑物」が取れたような硬骨ぶりだ。訪米随行員によるたばこの大量密輸事件が燻るが、世論調査を見る限りクリアしそうだ。
中国はマスコミや地下ラジオに浸透して蔡英文を誹謗中傷したり、台湾への個人旅行を禁止したりして、必死に韓国瑜の支持率向上を図っているが、これまでのところ奏功していないようだ。
だが選挙は来年1月でまだ4ヵ月ある上、この調査に見るように台湾世論は移ろい易い。蔡政権には脇を締めて政権運営に当たって欲しい。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。