教皇から見た日韓の「道徳」の違い

長谷川 良

ローマ教皇フランシスコは23日午後、最初の訪問国タイでの全行事を終え、次の訪問先の日本に到着した。23日から26日まで4日間の滞在期間中、長崎、広島の原爆被爆地を訪問し、東京では記念ミサを開催するほか、今年5月に天皇に即位された徳仁天皇陛下を謁見訪問し、安倍首相ら政府関係者らとも会見する。ローマ教皇の日本訪問は故ヨハネ・パウロ2世以来、38年ぶりだ。

▲被爆地・長崎を訪問したフランシスコ教皇(2019年11月24日、バチカン・ニュース公式サイトから)

南米出身のローマ教皇は就任以来、アジア重視の姿勢を見せてきた。日本の隣国・韓国には2014年8月、訪問済みだ。フランシスコ教皇は訪問前に日韓両国にメッセージを発信しているが、その内容は明らかに異なっているのだ。

例えば、教皇は18日、日本国民へ挨拶メッセージを送っている。教皇曰く「友情を込めてご挨拶します。訪日のために選んだテーマは『命の保護と全ての生命の保護全ての命を守る』です」と述べ、「核兵器の破壊力が人類の歴史に2度と起きないように。核兵器の使用は倫理に反します」と述べている。フランシスコ教皇は、日本が過去、2度の原爆の被爆を受けたことを想起し、日本国民への深い同情と連帯感を吐露している。

それでは5年前の訪韓前にフランシスコ教皇は何を語ったのだろうか。教皇は2014年4月、韓国の珍島沖で起きた旅客船「セウォル号」沈没事故の犠牲者を哀悼して、「韓国民すべてに深い哀悼を表す。韓国民がこの事故をきっかけに倫理的・霊的に生まれ変わることを望む」と強調している。

ローマ教皇の発言内容はかなり異例だ。「国民に倫理的、霊的に生まれ変わるように」という内容は、韓国民の倫理的、霊的な現状が良くないという判断があるからだ。「セウォル号」沈没事故直後、国民はショックに陥り、「わが国は3等国家だ」、「後進国だ」といった自嘲気味な意見が聞かれる一方、政府の事故への対応を批判する声が溢れていた。

2014年4月16日、仁川から済州島に向かっていた旅客船「セウォル号」が沈没し、約300人が犠牲となるという大事故が起きた。船長ら乗組員が沈没する2時間前にボートで脱出する一方、船客に対して適切な救援活動を行っていなかったことが判明し、遺族関係者ばかりか、韓国民を怒らせた。

朴槿恵大統領(当時)が事故一周忌の15年4月16日、死者、行方不明者の前に献花と焼香をするために事故現場の埠頭を訪れたが、遺族関係者などから「焼香場を閉鎖され、焼香すらできずに戻っていった」という。死者や行方不明者の関係者から「セウォル号を早く引き揚げろ」といった叫びが事故現場から去る大統領の背中に向かって投げつけられた(「焼香を拒む韓国人の“病んだ情”」2015年4月18日参考)。

韓民族は大国に支配され続けてきた歴史を持っている。他国や為政者の政略の犠牲となってきた。そのためか、韓民族は問題が生じる度に加害者(国)を恨み、非難する一方、自己の不甲斐なさを嘆き、自嘲気味に陥ってしまう傾向がある。

フランシスコ教皇は、「歴史の中で多くの受難を体験してきた韓民族はキリスト教の歴史から学ぶことができるはずだ。加害者(国)を批判し、恨んだり、また逆に自己卑下するのではなく、それらの不運から発展の栄養素を吸収すべきだ」と期待しているのかもしれない。それが教皇の「霊的に生まれ変わってほしい」という表現となったのだろう(「ローマ法王の『韓国国民への伝言』」2014年4月29日参考)。

フランシスコ教皇は14年8月18日、訪韓記念ミサで国民に向かって、「和解」をキーワードとした説教をした。教皇は「和解は先ず、自らその過ちを認めることから始まる」と強調し「猜疑、対立、競争心といったメンタリティーを捨て、福音と韓民族の高貴な伝統からなる文化を生み出すべきだ」と主張している。そして、「和解、統合、平和は神の恵みだ。それらは心の生まれ変わりを求めている」と語っている。

ところで、フランシスコ教皇が日本を好きなことはよく知られている。若い時、日本に宣教師として行きたかったが、健康問題があって実現できなかった。教皇は日本のキリスト教迫害時代の信者の信仰に強い関心を有している。2014年1月に行われたサンピエトロ広場での一般謁見で中東からの巡礼信徒に対し、厳しい迫害にもかかわらず信仰を守り通した日本のキリシタンを例に挙げて励ました、という話が伝わっている。

教皇の来日を控え、16世紀末から19世紀半ばの日本国内のキリスト者の迫害状況を記述した「マレガ文書」(Marega Paper)が強い関心を呼んでいる。バチカン・ニュースも数回に分けて、「マレガ文書」を紹介している(「法王は訪日で『神』を発見できるか」2019年11月5日参考)。

興味深い記事がバチカンニュースに掲載されていた。フランシスコ教皇の日本観について、教皇と同じイエズス会出身でルクセンブルクのジョン・クロード・ホラリッヒ枢機卿がバチカン放送とのインタビューの中で16世紀の東アジアの宣教パイオニア、フランツ・クサバ―の証言を引用し、「日本民族は欧州のキリスト教国の国民より道徳性が高い、と驚いた」という話を紹介している。同枢機卿は長い間、日本で仕事をしてきた聖職者で、バチカンが誇る知日派の代表格だ。

カトリック教会の日本宣教は失敗したといわれる。信者の数は全人口の0.6%前後に過ぎないが、日本国民の道徳性は他の非キリスト教国の中でも見られないほど高いというのだ。フランシスコ教皇はキリスト教を受け入れない日本国民の道徳性の高さに強い関心があるわけだ。

フランシスコ教皇の日韓訪問前後のメッセージを簡単には比較できない。韓国は30%以上がキリスト信者の国だ。日本の場合、2回の被爆国である一方、キリスト者人口は全体でも1%に満たない。だから、教皇の語る内容や重点は自ずと異なる。換言すれば、訪韓は韓国信者向けの司牧が主要目的だったが、訪日は長崎・広島の被爆地を訪問し、世界に核廃絶を訴えるといった政治的狙いが重点に置かれているからだ。

ローマ教皇の目から見た場合、日本民族の道徳性がキリスト教を受け入れないにもかかわらず高く、優秀である一方、韓民族には「キリスト教の歴史から教訓を読み取り、霊的に生まれ変わったほしい」という希望を吐露しているわけだ。

黒田勝弘氏はその著書『韓国人の歴史観』の中で、「日本に植民地化され、戦後は連合国の戦勝国グループに属して日本を裁くことができなかった韓国は自国の真の建国記念日がないことに強烈なコンプレックスを抱いている。慰安婦問題はその恨みを解放し、日本を批判できる貴重な問題となってきた。慰安婦問題は日本に対して『道徳的優位』を誇示できるテーマだからだ。『わが民族は日本に植民地化され、民族のアイデンティティを奪われたが、道徳性では日本人より高い』と感じることができるからだ」と書いている。

韓国は日本に過去、植民地化されたが、道徳的には韓民族は日本民族より優位と信じ、それを慰めとしてきた。世界13億人の信者を有するローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ教皇の目には全く違って受け取られていることを自身がカトリック信者の文在寅大統領は冷静に考えるべきだろう。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年11月25日の記事に一部加筆。