トランプ記事の切り取り報道で再び世間を惑わす「ワシントン共同」

高橋 克己

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22日の朝刊各紙は「対中貿易協議優先で制裁を見送り 米大統領、ウイグル巡り」との見出しで、260字足らずの「ワシントン共同」の配信記事を報じた。全国紙はもちろんのこと、日ごろから共同に依存する地方紙やスポーツ紙までが挙って、ほぼそっくりそのまま掲載している。

記事は、トランプが米紙Axiosの独占インタビューで、1月の対中貿易協議合意のために新疆ウイグルでの強制収容に関与した中国当局者への制裁を見送ったことを明らかにしたとし、「人権問題より貿易を優先させたとして人権団体などから批判を浴びそうだ」などとしている。
「ワシントン共同」には6月7日にも誤報の前科がある。中国による香港への国家安全法の導入について、「日本政府は欧米から打診された中国を批判する共同声明への参加を拒否した」、「米国など関係国の間では日本の対応に失望の声が出ている」などと報じた件だ。

一部自民党議員らは即座に事実と異なると指摘し、菅官房長官も8日の会見で、この件では「他の関係国に先駆けて、直ちに“深い憂慮”を表明し、強い立場をハイレベルで中国側に伝達した。国際社会にも明確に発信している」と述べ、共同の報道を否定した。
こういう場合は発信源に当たってトランプ発言のニュアンスを確認するのが一番だ。早速Axiosのサイトで「Exclusive: Trump held off on Xinjiang sanctions for China trade deal(独占:トランプ、対中貿易交渉のため新疆の制裁を延期)」と題された記事を読んでみた。(何れも拙訳)

共同が「21日までに」としていたインタビューは19日金曜日のこと。トランプは、「なぜ財務省の制裁をまだ制定していないのか」との問いに、

“Well, we were in the middle of a major trade deal(ええと、我々は重大な貿易交渉の最中だった)”

と答えている。

トランプはこう続ける。

「そして、私は素晴らしい交渉をした、2500億ドル相当の購入だ。たぶんご存じだろうが、彼らは沢山買っている」、「交渉の最中には急な追加制裁措置を浴びせた-我々は多くのことをした。中国に関税を課した、それはあなたが思うより(中国にとって)はるかに酷だ」

対中タカ派のマルコ・ルビオ上院議員らが「グローバルマグニツキー法」を使わないことに不満を表明したが・・、との問いに、トランプは「水曜日(17日)に2020年ウイグル人権政策法に署名した」と反論した。
「グローバルマグニツキー法」とは、米国政府に世界中の人権蹂躙者や贈収賄者を制裁する権限を与えるもので、主な制裁措置には、米国ビザの発給停止、取得した米国ビザの取消、米国内の資産凍結、そしてその資産を使っての米国での交易禁止などがある。タカ派の主張は、「グローバルマグニツキー法」が16年に出来ているのに、「ウイグル人権法」の署名が遅いということか。

が、これに対してトランプは、

「誰かが私に頼めば、私はマグニツキー法を見ただろう」、「しかし、誰も私に頼まなかった。私はそれについて聞いていなかった」

と答えた。
ちなみに、マグニツキー法には以下のような文言があるので、トランプはそういった情報が上がってこなかったと述べているように思われる。(以下、条文抜粋の拙訳)
(c)制裁を課す際の特定の情報の検討・・(a)項に基づいて制裁を課すかどうかを決定する際に、大統領は以下を検討するものとする。
(1)各適切な議会委員会の委員長および上級委員が提供する情報。そして
(2)人権侵害を監視する他の国および非政府組織が入手した信頼できる情報。
(d)議長および適切な議会委員会の上級委員による要求・・外国人が活動に従事しているかどうかに関
して、適切な議会委員会の委員長および上級委員から書面による要求を受け取ってから120日以内にサブセクション(a)に記載されているように、大統領は
(1)その人がそのような活動に従事しているかどうかを判断する。そして
(2)以下を含む決定に関して、その委員会の委員長および上級委員にレポートを提出する。
なお、17日署名した「ウイグル人権法」の起草者はそのマルコ・ルビオ。新疆ウイグルにおける人権侵害の責任を負う外国の個人および団体に制裁を課す内容で、大統領は特定された個人や団体に財産封鎖制裁を課し、またその個人にビザ封鎖制裁を課すというもの。

そしてインタビューは、ボルトンが暴露した「大統領選での勝利を支援するために、米国からの農産物購入を増やすよう習主席に要請した」件に及ぶ。トランプは”No, not at all”と否定し、

「習主席だけでなく交渉相手全員に、米国とビジネスをして欲しいと思っていると私はいう」

と述べた。

そして、

「国に良いことは私にも良いことだ」、「国に良いことは選挙にも良い」、「だが『私の選挙を助けてくれ』と言って回っているのではない」、「私が彼(習)と交渉しているとき、部屋は人で一杯になっていることを覚えておいて欲しい」

と述べて取材を締めくくった。

トランプの最後の発言に関して、ポンペオもライトハイザーも「私もその部屋にいた」と述べてボルトンを批判していることは拙稿に書いた。この件が「大山鳴動して鼠一匹」に終わるだろうとの筆者の考えも変わらない。

この共同通信の記事は、二つの点で世間を惑わす。一つは原典(Axios記事)の内容のほんの一部だけを切り取って伝えていること。二つ目は「人権問題より貿易を優先させたとして人権団体などから批判を浴びそうだ」などと共同の主観を書いて、むしろ人権団体を煽っていることだ。

マスコミ各紙には、「社会の公器」たるその使命を果たすためにも、せめてAxios紙に当たって、「ワシントン共同」の書いていることの真偽を確かめるくらいのことはして欲しい。