ポンペオ氏の「40時間ウィーン滞在」

マイク・ポンぺオ米国務長官が13日午後オーストリア入りし、14日午前から公式日程を始めた。ファン・デア・ベレン大統領、クルツ首相、シャレンベルク外相らオーストリア首脳たちと会談したほか、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長らとイランの核問題などを話し合った。

シャレンベルク外相とポンぺオ国務長官の共同記者会見(8月14日、オーストリア民間放送「OE24TV」の中継から)

 

グロッシIAEA事務局長と会談するボンぺオ国務長官(IAEA公式サイトから、8月14日)

ポンぺオ国務長官は12日、チェコの首都プラハ、13日にはスロべニアのリュブリャナを訪問し、14日のウィーン訪問後、15日には最後の訪問国ポーランド入りする。国務長官の中欧4カ国訪問は、冷戦時代を経験し、共産主義の脅威を肌で感じてきた中欧諸国に対し、共産主義の再台頭を警告し、特に、中国共産党政権の世界制覇の野望に対し、認識を共有する狙いがある。

チェコでは国会(上院)で演説し、中国共産党の脅威に対抗するために団結を呼びかけた。ロイター通信によると、長官は、「中国は旧ソ連も使用したことのない方法でわれわれの経済、政治、そして社会に浸透している」と中国の脅威を指摘した。

バビシュ首相は昨年、旧東欧諸国では先駆けて「政府によるファーウェイの携帯電話の使用を禁止する」と発表し、今年5月、ポンペオ長官と「5Gに関する共同宣言」に署名している。

チェコでは親ロシア、親中国派のミロシュ・ゼマン大統領に対し、実業家出身のアンドレイ・バビシュ首相は一貫して親米路線を進むなど、大統領府と首相府間で外交路線で大きな対立がある。最近では、在チェコ中国大使館から圧力があったが、ミロシュ・ビストルチル上院議長(Milos Vystrcil)は今月29日から9月5日の予定で台湾を訪問し、蔡英文総統ら台湾首脳らと会談する予定だ(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

第2の訪問先スロべニアでは13日、ポンペオ長官は、スロベニア政府との間で次世代通信規格5Gネットワークの確保に関する宣言に署名した後、「スロベニアは宣言に署名することで中国当局による『人と情報のコントロール』を含む権威主義的な脅威から自国を守ることができる」と強調した。

スロベニアでは先月、テレコム・スロベニアが5Gネットワークの運用を開始。年末までに全国3分の1のカバーを目指している。 なお、ロイター通信によると、ポンぺオ長官は5G問題の他、エネルギー安全保障についてもスロベニア当局と協議したという(スロベニアはトランプ大統領のメラニア夫人の出身国)。

チェコ、スロベニア両国訪問はポンペオ長官にとって予想通りの展開だったろうが、3番目の訪問先、ウィーンに到着した長官は「オーストリアはちょっと違う」と感じたのではないか。

チェコとスロべニア両国は共産主義政権下で共産主義の権威主義、非人道的政策を肌で体験したこと、その旧東欧共産圏を解放し、民主国家への移行を支援してくれた国は米国だったこともあって、米国に対して基本的には好意的だ。

一方、オーストリアは冷戦時代に、中立主義を掲げ、東西両欧州に分断された中で調停役を演じてきた。同時に、第2次世界大戦でナチス・ドイツ軍と手を結び、欧州諸国を席巻したが、敗戦後、久しく戦争犠牲国としてナチスの戦争犯罪の責任を回避してきた。そのため、米国の「世界ユダヤ協会」から戦争責任への激しい追及を受けてきた。

例えば、ワルトハイム大統領(当時)の戦争犯罪疑惑問題はオーストリアの政界を大揺れにする一方、オーストリアと欧州諸国との外交関係に亀裂をもたらしたことはまだ記憶に新しい。オーストリアのカリン・クナイスル外相(当時)がロシアのプーチン大統領を自身の結婚式に招いたり、制裁下のイランのロウハニ大統領をウィーンに公式に招待し、欧州連合(EU)のブリュッセルから警告を受けるなど、独自外交を展開してきた経緯がある。

オーストリアは冷戦後もロシアやイランと緊密な外交関係を堅持、米国の外交路線とは一定の距離を置いてきた。5G問題でも米国のファーウエイ排除に対しては同意していない。クルツ首相によれば、8月中にオーストリアの5G問題を決定するという。

そのほか、「ノルド・ストローム2」建設問題では、米国はロシアのエネルギーに依存することは欧州の安全にとって危険だとして反対し、関与した欧米企業に対して経済制裁を発している。それに対し、オーストリアは同プロジェクトに積極的に参加してきた、といった具合だ(「『ノルド・ストリーム2』完成できるか」2020年8月6日参考)。

シャレンベルク外相は14日、ポンペオ長官と会談し、西バルカン諸国の治安問題や多国籍主義などについて話し合った。シャレンベルク外相は、「米国はわが国にとって経済的、政治的にも掛け替えのないパートナーだ。法治主義、民主主義、人権問題など共通の価値観を有する国だ。100%同じ意見でないとしても、両国はオープンに話し合うことが大切だ」と述べ、両国の「戦略的パートナー」の関係を強調した。

なお、トルコとの間で東地中海のガス・原油採掘問題で対立が激化しているギリシャから ニコス・デンティアス外相がウィーン入りし、ポンペオ長官と話し合うことになっている。

40時間余りのウィーン滞在時間、超多忙なスケジュールをこなしたポンぺオ国務長官は今回スーザン夫人を同伴していた。ウィーンでの最初の夕食メニューはオーストリアの典型的料理ウィーナー・シュニッツェルだったという。ホスト国・オーストリア政府との間で政治的不協和音は聞かれたが、オーストリア人の自慢のシュニッツェルの味は如何だっただろうか。イタリア系血統を引く国務長官にとって馴染み深い料理だったかもしれない。

ポンぺオ長官は15日朝(ウィーン時間)、欧州歴訪の最後の国、ポーランドのワルシャワに向かう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。