新型コロナ感染の世界各国の情勢をモンテカルロシミュレーションで解析します。ドイツ、ベルギー、スウェーデン、ブラジル、日本、イスラエル、オーストラリア、米国の8カ国を選び、「実効感染者」の動向という観点から比較、分析を行い、世界8カ国の趨勢を俯瞰します。
1.解析の方法
新規陽性者と死亡者の日毎変化のデータ(日本は厚生省、日本以外はウィキペディアを利用)を再現するようにモンテカルロシミュレーションのパラメータを決めます。まず、感染者の初期分布と初期実効再生産数Rを最初のピークを再現するように設定し、次に、このピークの収束減衰を再現するようにRを変化させます。
第2波のように時間とともに感染者数と死亡者の関連(死亡率)が初期値からずれる場合は、死亡率の異なる「弱毒種」を新しい感染源として設定します。今回の解析では、「在来種」と「弱毒種」の2群だけで全ての国を再現できました。
パラメータの最適化は、日本の場合、日毎新規データ、累積データに関しては年齢2群(60歳以上と以下)の陽性者数、死亡者数を毎週水曜の厚生省のデータを用いて行っています。日本以外は、下で示すデータのグラフだけをガイドラインとしてフィッティングしています。
2.陽性者数の変化
8か国の新規陽性者の日毎変化を図1、図2に示します。赤線が陽性者のデータ、黒線がシミュレーションの結果です。紫線が連載⑭で導入した「実効感染者」です。
ドイツとベルギーは、ヨーロッパの国の典型で、3月中旬から約1ヶ月のロックダウンを行い、第1波は収束しましたが、7月に入り少しずつ感染者が増加しています。ただ、両国とも第2波の山は小さくピークアウトの兆候が既に見えています。
スウェーデンは、厳しいロックダウンを行わず、経済活動を止めずに集団免疫獲得を目指したとして注目を集めた国で、陽性者のグラフの形はどの国とも類似性がありません。データは第1波の後、ピークが3つほど重なった複雑な形をしていますが、いずれも致死率が「弱毒種」のもので共通なので、「弱毒種」のひとつの波として解析しています。
ブラジルは、現在インドと共に単調増加で感染者、死亡者が米国に追いついたところです。ブラジルはやっと増加が止まりピークアウトの兆候があります。強烈な感染症対策を行っていないこともあり、グラフの振舞いがスウェーデンと似ています。
図2の日本、米国、イスラエル、オーストラリアは、連載⑭で解析したものですが、その後新しいデータが出たので、データを更新し、パラメータも調整しました。これら4カ国の共通点は、第2波が第1波より大きいことです。
米国は各州での感染拡大に時間のずれがあるので、第1波と第2波の間の谷が埋まってきています。米国の傾向は、世界全体の傾向とも相似性があり、全世界の先行事例になっているようにみえます。
イスラエルとオーストラリアの共通点は、強烈なロックダウン政策を取り第1波を抑え込み、成功したように見えたのですが、解除後、再び陽性者が急増してきました。特にオーストラリアでは最近2度目のロックダウンを行って再び急激に抑え込んでいます。
3.陽性者、死亡者数の変化(対数表示)
図1、図2の新規陽性者数の日毎変化だけをシミュレーションで再現することは簡単です。ピークを形成するとき、ピークアウトするときに、Rを決めるパラメータを変化させれば、自在にフィットすることができます。問題は死亡者の日毎変化を同時に再現することです。
本連載のシミュレーションでは、陽性判明し入院してから2週間後、与えられた死亡率で死亡が確率論的に決定されます。従って、死亡率を一定とすれば、図1、図2の陽性者数から自動的に死者数が得られます。
死亡率は個人の中で起こる病理学的な事象ですから、人間同士の行動で決まる感染確率と異なり、自粛等の社会的動きとは独立なはずです。しかし、日本の場合、第1波で死亡者を再現する死亡率をそのまま第2波に適用すると死亡者数が全く再現されません。そこで連載⑬では、第1波の「在来種」に対して死亡率の異なる「弱毒種」を定義して、死亡者数を再現しました。
日本では、ゲノムによるクラスター解析により、この「弱毒種」に対応する実体が存在することが分りました。しかし、このような「弱毒種」が世界中で出現したかどうかは分かりません。今回同じ手法を各国に適用しますが、この「弱毒種」は、死亡率の時間変化に対して「在来種」と「弱毒種」の2群で対応したシミュレーション上の便宜的シナリオと考えてください。
いずれにしても、各国とも(例外はオーストラリア)途中から「弱毒種」を導入しないと陽性者数と死亡者数の連携が取れません。以下の表1は、シミュレーションで用いた各国の「在来種」の死亡率、「弱毒化率」と「弱毒種」の死亡率=「在来種」の死亡率×「弱毒化率」を示します。
このような死亡率を用いて陽性者数(赤線)と死亡者数(青線)を再現したのが図3と図4です。「弱毒種」の成分は、日本、イスラエル、オーストラリアのように第1波と第2波がきれいにV字型に交差している場合は明確に分離されていますが、その他の国は、第1波の途中からゆっくりと上昇する成分があり、それが第2波に連なっている米国、ドイツ、ベルギーの場合と、スウェーデン、ブラジルのようにそのまま続く場合に分かれます。
死亡者の変化は、陽性者の2週間の遅延指標として現れるはずですが、ドイツや日本の第1波と第2波の谷の部分では、陽性者の谷と死亡者の谷は約1ヶ月のずれを示しています。この領域では死亡率の異なる2成分が混在しているので、陽性者と死亡者の谷の位置のずれが生ずるからです。この関係を是正するためにも、連載⑭で定義した
「実効感染者」=「従来種」陽性者+「弱毒種」陽性者×「弱毒化率」
が必要になります。現在の陽性者数のカウントではなく、ある症状を持った陽性者をカウントすることにより、死亡者はその2週間の遅延指標として現れます。
ドイツやベルギー、スウェーデンの第2波は陽性者だけが増えて死者は増加していないとよく言われますが、対数表示でみると死者も増加していますし、陽性者数には連動してきませんが、「実効感染者」には連動しています。逆に連動するように「実効感染者」を定義している訳です。
オーストラリアは全く「弱毒種」が必要ありませんでした。第1波を強烈なロックダウンで抑えこみ、それを解除したら再び上昇し、再びロックダウンしたという状況です。イスラエルも似ていますが、第2波では厳しいロックダウンを行わず、従って感染はゆっくりとしか収束していません。
4.「実効感染者」の変動から見る世界8カ国の趨勢
「実効感染者」は図1から図4にも表示されているのですが、「実効感染者」の推移をよりリアルに表現するために、実際の陽性者のデータを
実効感染者(データ)= 陽性者データ × 実効感染者(計算)/ 全陽性者数(計算)
でスケールして、図5、図6に実際のデータのように表示しました(赤線)。この「実効感染者」が、第1波「在来種」の死亡率を基準として見たときの現在の感染者数で、死亡者数の2週間前の先行指標になっています。図1、図2とはだいぶ様子が変わりますが、現在の各国の感染状況の共通点、特徴を見る重要な指標です。
図5のドイツ、ベルギー、スウェーデン、図6の日本は、第2波が第1波よりも十分小さく、今後、強毒化、変種の発生等の特別なことがない限りこのまま収束していきそうに見えます。もちろん、この4カ国の「実効感染者」の絶対値、人口当たりの数値は違いますし、各国の取ったロックダウン等の対策の方法もだいぶ違いますが、第1波と小さい第2波で収束という振舞いはよく似ています。逆に言うと各国の対策の違いがこの図からは見えません。
ブラジルは、陽性者の図1で見るとスウェーデンに似ていますが、「実効感染者」の図5で見ると第1波のないアメリカ型です。両国とも最近は日毎の新規「実効感染者」数は5000人前後、「在来種」の死亡率は17%で共通ですので、日毎死亡者も900人前後です。実際、図6のアメリカの図にブラジルの「実効感染者」数(橙色)を重ねると、第1波以外はよく重なります。
両国とも大国で感染者、死亡者の数が膨大ですから今後が心配ですが、アメリカが先行事例だとすれば、既にピークアウトしているように見えます。今回検証はしていませんが、恐らくインドも同じ状況ではないかと推測します。また、全世界の傾向もアメリカ型なので、世界全体としても今後ゆっくりと収束していくのではないかと期待しています。
特異的な様子を示しているのが図6のイスラエルとオーストラリアです。両国とも感染者の絶対値の規模は日本とほぼ同じですが、厳しいロックダウンによる抑え込みは、結局解除した時に「実効感染者」数でみても、第1波と同程度の再拡大をもたらしました。これはロックダウンの大きな弊害のひとつだと思います。イスラエルは二度とロックダウンをしないと宣言し、オーストラリアは再ロックダウンの最中です。
以上、世界8カ国の新型コロナの趨勢です。
5.まとめ
本連載では、SIRモデルの基本方程式をモンテカルロコードPHITSに実装して計算しています。モデルのパラメータは、陽性者数、死亡者数のデータを再現するように決定します。いわゆる現象論です。従って、ピークアウトの時期などの予測はできません。可能なのは、本連載でも行っている、現在の状態が継続するとして外挿する短期予報だけです。
現象論ですので、シミュレーションの要点は、異なった様相を示している各国の状況から共通点、相違点を抜き出すことです。本連載では、死亡者の動向と連動する「実効感染者」を定義して、8カ国を俯瞰しました。結論は、
1) 第1波の後、「弱毒種」の第2波が現れるが、強度は弱く、収束に向かっている。
強烈なロックダウン以外、各国の対策に大きな違いは見えない。
2) 大国の場合、「弱毒種」の感染は規模が大きく継続するがピークアウトの兆候が見えてきている。
3) 強烈なロックダウンは、結局、第1波と同程度の第2波を招いている。
6.コロナ第2波の短期予報
8月12日の厚生省のデータで調整した短期予測を連載⑮に掲載しましたが、その時の8月26日の予測値に対して厚生省のデータが出ましたので表2に予測値と共に示します。図4の日本の結果でも示されていますが、最近の日本の死亡者は予測線を上回っています。この傾向が実体のあるものなのか、統計的変動なのか、今後の動向によります。