コロナ第2波の特徴は、第1波に比べて感染力が強く、死亡率(陽性者のうち死亡に至る割合)が小さくなったことです。連載⑬では、この死亡率の変化を2群、即ち、「在来種」と「弱毒種」の2つの死亡率の異なるウイルスとして取扱い、陽性者数と死亡者数との時間変化を再現しました。簡単に言うと第1波が「在来種」、第2波が「弱毒種」です。シミュレーション上の便宜的シナリオです。
ところが、国立感染症研究所が8月5日に発表した調査結果(図1)によると、
「現在急速に増加している全国の陽性患者の多くが、6月中旬から突然顕在化したひとつのゲノムクラスターに集約されることが明らかになった。」
と言うのです。しかも、途中に連結するクラスターがない。これは、シミュレーションで想定した「弱毒種」の属性と完全に一致します。
図2に日本の日毎の新規陽性者(赤線)と死亡者(青線)のデータとシミュレーションの結果(黒線)を示します。陽性者と死亡者の結果は「在来種」(緑線)と「弱毒種」(橙色)の和で表されています。
図2のシミュレーションの「弱毒種」(橙色)が実体であるとすると、「在来種」(緑色)も実体ということになります。この事実はこれまでの結論と矛盾するいくつかの問題を提起します。そもそもこの連載は、「自粛は必要だったか」というテーマで5月25日に始まったもので、5月31日の連載③の予測(図3に再録)は、5月25日の緊急事態宣言解除の後、新規感染者が指数関数的に減少(黒色)すれば、自粛の効果は無かった、もし青線や紫線のように上昇すれば、自粛はそれなりの効果があった、というものでした。
実際は、紫線より更に上昇した結果になり、自粛の効果は「あった」(連載⑥)という結論を導いたわけですが、上昇したのは新しい「弱毒種」で、「在来種」は指数関数的に減少していたというのが事実とすると、逆に自粛の効果は「無かった」という結論になります。社会全般的な自粛は、クラスター蔓延期(グラフの上昇期)には有効ですが、ピークアウト後の収束期のRにはその効果はほとんど見られません。
もうひとつの問題は、第1波は海外からの感染者の入国が主な感染源ですから、自粛の効果がなくとも、入国制限が強化されて感染が収束したというシナリオが成り立ちます。しかし、第2波の「弱毒種」は自らの感染力の強さで内発的に拡大してきたので、自粛等の行動変容なしでどうして収束するのか、という問題です。
同じ問題に直面した大澤省次氏がアゴラで明確な回答を与えてくれました。詳細は記事に譲りますが、その中で取り上げている藤原かずえ氏の「感染源=エピセンター」の時間変化は示唆に富むものです。収束の原因はエピセンターの消滅です。
シミュレーションで新規陽性者のカーブを変化させるには、計算モデルのパラメータ、σ×ρ×γ(接触確率σ、密度ρ、感染確率γの積)の値を変化させます。指標として、これらパラメータを決めたときに計算される実効再生産数R(ひとりの感染者が何人に感染させるかの数)の値を使います。
例えば図2で、第1波の収束期はR=0.31、第2波の拡大期はR=1.93、現在の収束期はR=0.84となります。第2波のピークアウト時に、R=1.93から0.84へとRが半分以下に変化するには、社会全体として何か大きな変化がなければ実現されないはずだと考えたわけです。
その前提は、接触確率σ、密度ρ、感染確率γ、これらパラメータの値は社会全体の平均値であるという暗黙の仮定です。ところが、藤原かずえ氏、大澤省次氏の考察によれば、拡大期は「感染源=エピセンター」で集中的に起こり、それが解消すると、一般社会での通常の拡散現象となるということです。図1でいうと拡大期はクラスターの黒丸の中でおこり、 同時に周りに拡散するという描像です。つまり、拡大期のRはクラスター内の値で、収束期のRは一般社会のRということになります。
これで全てが矛盾なく解釈できます。
第1波の「在来種」は、連載⑦で確認したように、感染入国者を2000人と仮定すると、第1波のピークを再現するにはR=1.7が必要です。このRの値は図1の多発した国内クラスター群の中の値です。クラスター対策の努力により、これらクラスター連鎖が断ち切られ、一般社会のR=0.31になり拡散は収束した。
第2波の「弱毒種」は、ゲノムの変化で出現し6月中旬から顕在化した。特に新宿を中心としたクラスターを形成し、いくつかのクラスター連鎖を形成しながら全国に拡散した。この時のクラスター群の中の値がR=1.93で、現在それらのクラスターが解消されて、一般社会のR=0.84になり収束に向かっている。
「在来種」と「弱毒種」の収束期でのRの違いは、ウイルス種の一般社会での感染力の違いによるものと考えられる。日本では「弱毒種」は「在来種」に比較して、感染力で2.7倍、死亡率で0.1倍である。
というシナリオです。結局、第1波も第2波もピークアウトの一番の要因はクラスター、「感染源=エピセンター」の解消です。現在の分科会、かつての専門家委員会は一貫してクラスター対策の重要性を言い続けていましたが、納得しました。
シミュレーションでも、このクラスターの取扱いが重要になります。忘れていましたが、モンテカルロシミュレーションコードPHITSを用いて解析しようと思い立ったのは、まず、SIRモデルの基本方程式がPHITSに簡単に実装できる。次にSIRモデルでは絶対にできない空間的な不均一性を簡単に取り扱える、という2点でした。クラスターの取扱いはまさにこの2点目のモンテカルロシミュレーションの強みです。今後、局所的な「感染源=エピセンター」を記述するシミュレーションを試みたいと考えています。
コロナ第2波の短期予報
連載⑭の短期予報から、8月12日の厚生省のデータを用いて微調整しました。8月19日は予測とその結果、8月26日と9月30日が予測になります。図4は、図2の線形表示で、図2、図4とも連載⑭で定義した「実効感染者」が紫線で表示されています。実効感染者数から陽性者数までの領域がカウントすべきでない人数です。