誰も真剣に考えてはいないが、常に取り上げられ、支援を受けてきたが、状況は一向に改善されないばかりか、むしろ悪化してきた。パレスチナ人の現状だ。アラブ諸国はそれぞれ国益が異なり、時には双方がいがみ合うという状況もあったが、イスラエルに領土を奪われてきたパレスチナ人問題となると結束し、パレスチナ人に連帯支援を表明してきた。その意味でパレスチナ人問題は全てのアラブ諸国を結束させる最良の政治課題だった。少なくとも、トランプ米政権がワシントンで発足するまではそうだった。
それがここ数年でパレスチナ民族を取り巻くアラブの政治環境は激変してきた。パレスチナ人側は依然、イスラエルとの2国共存建設の和平案を主張しているが、アラブ諸国にとってパレスチナ人問題はもはや議題の一つに過ぎず、それ以上ではなくなってきたのだ。
アラブの盟主を誇示するサウジアラビアは、パレスチナ人の民族としての権利を擁護するが、行動は余り伴わない。リップ・サービスの域を超えなくなってきた。なぜならば、イスラエルとの関係改善を模索してきたからだ(「サウジとイスラエルが急接近」2017年11月26日参考)。
実際、今年に入り、アラブ首長国連邦(UAE)とバーレーン両国は9月15日、イスラエルと国交を回復し、エジプト、ヨルダンに次いでイスラエルと外交関係を締結したアラブ国家となった。UAEはパレスチナとの外交関係を断絶し、イスラエルと手を結んだのではない。同国のパレスチナ支援政策には基本的に変化はないが、イスラエルとの国交締結がそれ以上に重要となってきたからだ。
例えば、サウジの優先課題はここにきてシーア派代表・イランとの主導権争いに代わってきた。その結果、パレスチナ人問題は脇に置かれてきた。サウジにとって、イスラエルはもはや最大の敵ではなく、イランこそ最大の脅威と受け取られてきたからだ。
スーダンは先月15日、イスラエルとの国交正常化に合意したばかりだ。ウィ―ン国連のスーダン外交官に、「なぜ今、イスラエルとの国交を改善するのか」と聞く機会があった。同外交官は、「スーダンは久しく米国とアラブとの対立の戦場で常にフロントに立って戦ってきたが、少々疲れてきたのだ。スーダンは自国の将来の発展を先ず考えるべきだという結論となった」と説明してくれた。アラブ諸国の本音を代表する声だろう。
パレスチナ自治政府のアッバス議長は「アラブの連帯を崩した」としてUAEを非難した。アラブ連盟は2002年、イスラエルとの正常化はパレスチナ問題が解決された後」ということで合意してきたからだ。しかし、時代の趨勢を止めることはできない。パレスチナ側にとっては、イスラエルを全面支援し、実行してきた“トランプ米政権憎し”といったところだろう。
11月3日の米大統領選で米民主党のバイデン氏が次期大統領に選出される可能性が出てきたことから、パレスチナ側は次の米政権に期待してきた。バイデン氏がパレスチナの独立を認め、2国共存案を支持し、イスラエルの入植地拡大に反対しているといわれるからだ。
ちなみに、米民主党は少数民族を擁護する政党というイメージを築き上げてきた。今年に入り、警察官による黒人窒息死事件が起き、ブラック・ライヴズ・マター運動(BLM)という人種差別抗議デモ運動が米全土を覆った。ここでも民主党は運動を支援し、トランプ氏を白人主義者と批判し、「警察官」対「黒人」という対立構図を立ち上げ、強権を駆使して黒人を弾圧する大統領といったイメージを創り上げていった。
民主党は黒人や少数民族系の国民の「犠牲者メンタリティ」を克服するように助言するのではなく、それを煽ってきた。なぜなら、黒人や少数民族は民主党の支持基盤だからだ。だから、黒人と警察の間で問題が生じるたびに、民主党はメディアを駆使して警察を批判した。その際、トランプ氏は常に少数民族を強権で迫害する張本人と受け取られてきた。要するに、米民主党は黒人を含む少数民族を自身の支持基盤とするために甘い言葉を使い、自身の利益のために利用してきたのだ(「成長を妨げる『犠牲者メンタリティー』」2019年2月24日参考)。
繰り返すが、米民主党は少数民族問題を政争のアジェンダとするが、その解決に共和党以上に熱意があるとはどうしても思えないのだ。バイデン氏も今年8月、選挙戦で黒人社会を軽視するような失言している。本音は隠し切れないのだ。
米国では共和党と民主党の2大政党が政権を交代してきた。それでは民主党の大統領が出てきたことで黒人人種差別問題は解決されただろうか。大統領選で黒人の人種差別問題がテーマ化され、差別撤回が大きな選挙争点となってきたが、黒人人種差別問題が解決されたとは聞かない。
アッバス議長は8日、「バイデン氏と協力し、共に働くのを楽しみにしている」と歓迎しているが、米民主党の甘い声に期待を寄せ過ぎれば再び失望を味わうことになるだろう。
イスラム過激武装組織「ハマス」などのテロを含む武力抗争ではイスラエルとの和平は永遠に実現できない。他のアラブ諸国の支援を受けながらも、それに依存せず自主的に対話を継続していく以外に他の選択肢はない。イスラエルにとっても同じだ。パレスチナ人との共存なくして持続的な平和は決して訪れないからだ。
パレスチナ人を取り巻く環境は厳しい。アラブ諸国はイスラエルとの関係を模索し、その先端科学技術を学び、国民経済を活性化する努力を強めていくだろう。イスラエルと外交関係を結ぶアラブ諸国が今後も出てくることが予想される。
固有の領土をもたない世界最大の少数民族クルド人、そして領土から追われたパレスチナ人の苦悩は当事国の民族でしか分からないだろう。国際社会は彼らに対し温かい支援を惜しんではならない。特に、「パレスチナ問題」を大国、強国の政争に利用したり、リップ・サービス外交は止め、両民族の未来を真剣に考えるべきだ。
なお、地理的に中東から遠い日本はアラブ・イスラエル間の過去のしがらみからフリーだけに、中東問題で中立で公平な調停外交が出来る立場にある。日本の中東和平外交が期待される所以だ。イスラエル民族を尊敬し、パレスチナ人を愛する国と政治家の登場が願われる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。