コラムのタイトルに「使命」という言葉を選んだ。「課題」とか「テーマ」といった言葉も考えられるが、バイデン新大統領には「使命」という表現がより相応しいのを感じるからだ。それでは誰に対しての「使命」なのか。民主主義国では主権者は国民だから、米国民への「使命」というべきだろうが、78歳の高齢の米大統領にはこれまでの政治人生を導いてきた「神」からの使命という意味合いを含むべきだろう。
バイデン氏は「口の人」ではないことは前回のコラムでも指摘した。「口の人」ともいうべきクリントン、オバマ両元大統領はバイデン氏の就任演説中に“コクリ、コクリ”と居眠りをしていた。IT時代を迎え、国民の心を捉える演説力、情報発信力は大きな武器だが、最終的に問われるのはやはり実行力だろう。
その点、バイデン氏はクリントン、オバマ両元民主党大統領を凌ぐチャンスがある。4年後の再選を考えず、与えられた4年間に全ての経験、知識を投入してやるべき使命を果たすことができれば、波乱万丈だったバイデン氏の政治生命に花を添えるだろう。このコラム欄で「バイデン次期大統領『高齢者の強み』」(2021年1月9日参考)の中で当方が記した内容だ。
それではバイデン氏の「使命」とは何だろうか。新大統領が抱える内外の課題、問題は既に明らかだ。就任直後、ホワイトハウスの大統領執務室のデスク上には多くの書類が積み上げられていた。世界保健機関(WHO)や地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの脱退、離脱の取り消しに関する大統領令などに署名するバイデン氏の写真は世界に発信された。民主党選出のバイデン大統領に期待され、バイデン氏も公約してきた内容だ。オバマ政権の業績を就任直後から破棄していったトランプ前大統領のように、バイデン氏はトランプ政権で決まった内容を迅速に無効にする仕事に取り組んでいるわけだ。徹底した反トランプ報道を貫いてきたリベラルな米メディアが喜ぶ瞬間だろう。
しかし、当方がこのコラム欄でいうバイデン氏の「使命」はそのような内容ではない。共和党のトランプ前政権の決定事項を無効、破棄することは民主党大統領の必修科目かもしれないが、神が召命したバイデン氏の「使命」ではない。「使命」とは、中国共産党政権に対する明確な神のメッセージを発信することだ。
習近平国家主席の下、多くの中国国民がその管理下に生きている。特に、50以上の少数民族は激しい弾圧を受け、共産党の“再教育”を受けている。ポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定している。ウイグル民族の女性たちは避妊手術を受け、男性たちは中国同化政策を強要されている。その数は100万人を超えているというのだ。チベット系民族もしかり、モンゴル系住民もしかりだ。
ナチス・ドイツ政権はユダヤ人、ロマ人ら少数民族を強制収容所で拘束し、ユダヤ人は600万人が虐殺された。アウシュビッツ強制収容所が解放された時、世界はナチス政権のユダヤ人大虐殺を知って驚いたが、21世紀の現代は、中国共産党政権の同じような少数民族への迫害の事実が報じられ、国際社会の知るところとなっている。だから「知らなかった」とは弁明できない。同時代に生きる人間、特に世界の主要国家の為政者は弁明できないのだ。
外交畑を歩んできたバイデン氏は中国共産党政権の実態を知っているはずだ。バイデン氏は中国に対し、「人権を無視し、法輪功信者から生きたまま臓器を摘出するなど非人道的な犯罪は絶対に許されない」という明確なシグナルを常に発信すべきだ。そして世界の民主国家と結束し、「反中国戦線」を構築して、北京への圧力を強めていくべきだ。中国共産党政権はあらゆる手段を駆使して反撃してくるだろう。その巨大な資金、人材を投入して既に懐柔作戦、情報工作を展開している。共産党は相手が腰を引いているとみれば強硬に出てくるが、相手が強く出れば、慎重になる。
「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」(2020年9月11日参考)で書いたが、バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。中国抜きで世界の運営は難しいが、「中国共産党政権と中国国民は別である」という視点を踏まえながら、対中政策を実施すべきだ。習近平主席が最も恐れているのは「党と人民は別」論だ。
中国共産党政権は中国の長い歴史の中で出てきた異質の政権だ。それは中国の歴史、文化とは一致しない唯物的世界観を有し、宗教の自由を蹂躙する政治イデオロギーを有している。習近平主席は宗教の中国化を画策している。新型コロナウイルスのパンデミック後、中国共産党政権はマスク外交、ワクチン外交を展開し、相手国を親中派にするために腐心している。彼らの狙いは利他的な「ウインウイン外交」ではなく、中国共産党政権の覇権拡大だ。
「それでもトランプ氏を推す理由」(2020年7月19日参考)でも書いたが、トランプ前政権の最大の業績は中国共産党政権の実態を世界に明らかにしてきたことだ。トランプ氏個人の人間的弱さ、暴言、失言は歴代大統領の中でも飛び抜けていたが、対中政策では歴代最大の成果を積んできた。一政権では世界の全ての問題を解決できない。それはバイデン新政権でもいえることだ。地球温暖化対策も急務だが、対中政策の動向は世界の安全に直接に関連するテーマだ。
バイデン新大統領の「使命」は、共産主義思想を国是とする中国共産党政権に対し、その誤りを指摘する不動の政策を貫徹することだ。米国が揺れない限り、中国共産党政権は世界制覇といった野望を実行できないからだ。
トランプ氏は歴代大統領の中でもレーガン大統領(在任1981~89年)を最も尊敬していたという。レーガンは冷戦時代、共産主義を「悪魔の思想」と喝破した大統領だった。レーガンは亡くなり、トランプ氏は去った。後継者のバイデン新大統領はその使命を継承し、中国共産党政権に対して、不動の、明確な政策を実行すべきだ。78歳のバイデン氏にとって最大の武器は、長男ボーを失った時(2015年)も常に傍で同氏を鼓舞していた神の支援だ。何を恐れることがあるだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。