明石市が性別記載欄を廃止:歓迎だが、男女平等の推進に懸念も

衛藤 幹子

兵庫県明石市が、申請や届け出の際に市役所に提出する書類に設けられている性別記入覧の廃止を決めた。対象となるのは、市民税に関する書類、採用試験の申込書など約230種類で、婦人科や人間ドックの検診助成など一部については除外される。NHKの報道によると、この決定は、「届け出の際に性別を書くのが苦痛だ」という性的マイノリティの当事者である職員の意見を反映したものだという。

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性的マイノリティには、レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、 トランスジェンダー(Transgender)、 クエスチョニング(Questioning)の人びとが含まれ、それぞれの頭文字をとって、「LGBTQ」と呼ばれる。 これらのうち前から三つは性的指向におけるマイノリティ、後ろの二つは性自認のそれで、性別を記載する際により大きい苦痛を感じるグループだ。トランスジェンダーが身体の性と自己の性認識が一致しない状態、他方クエスチョニングは自分の性別を男女のいずれかに決めることができない(あるいは、決めたくない)、文字通り性別に疑問が生じている場合で、どちらも出生時に割り当てられた性別に強い違和感を持つ。

トランスジェンダーやクエスチョニングの人は日本にどのくらいいるのか。人数や人口比を知るのは、事柄がプライバシーの根幹にかかわるため難しいが、調査されていないわけではない。たとえば、文科省は2013年4月から12月に全国の小中高校を対象に調査し、性別に違和感を持つ児童・生徒が606人いるとの結果を得た。この人数は学校が把握しているケースに限られているので、一部に過ぎないと推測される。

成人ではどうか。LGBT総合研究所が2019年に全国の20歳〜69歳の男女を対象に行ったインターネット調査では、約38万8千人から回答を得、うち性自認に違和感を持つ人の割合が6.1%であった。さらに、性的指向のマイノリティは7%で、性自認と性的指向を併せたLGBTQの人は10%に上った。対象の規模やネット調査による回答の容易さなどから、信頼できる数値ではあるが、匿名であってもなお打ち明けたくないという人もかなりいると考えられるので、文科省の調査と同様、実際はもっと高いはずだ。

自分は何ものなのか、自己認識の問題に直面する性別違和の人が性別の選択を迫られる際に味わう苦痛は想像するに余りある。ところが、生まれ落ちて以来、私たちは実に様ざまな場面で性別を問われ、書類にそれを記載し続けなければならない。明石市の決定は、かれらの苦痛を和らげるに違いない。英断を評価したい。

しかし、その一方で、懸念も残る。性別の記載を無くしてしまうのは、女性の社会的活躍を推し進める上でマイナスになるのではないか、と気掛りだ。というのも、女性の社会的地位を向上させ、平等化を推進するには、女性の地位がいかに低く、どのくらい不平等なのか、まずは男性との格差や男女間の不平等の実態を明らかにしなければならない。上場企業の女性役員5%、女性衆議院議員10%、女性大学教授17%、女性法律家22%などなど(データは2019年、男女共同参画局による)、日本における女性の社会進出の遅れは一目瞭然だ。数値は問題を可視化し、アクションを引き起こすのに極めて効果的である。

性別の明記は、身近なところでも役立つ。たとえば、日本の貧困問題はシングルマザーの問題に重なると言われるが、それは低所得家庭の世帯主や生活保護の申請者に一人で子どもを育てる女性が多いという統計によって明らかにされたわけで、性別の記載がなければ見えてこない情報である。また、文科省は女子の理科系大学(学部)進学を促す取り組みを始めており、これなども理科系進学率における女性の割合という統計がなければ成り立たない類いのものだ。女性を一つのカテゴリーにしてデータを作成するには、やはり性別の記載が必要になる。

性別違和の人の苦痛に寄り添い、その苦痛を緩和する努力は、女性の権利向上やジェンダー平等を推進する者が取り組むべき課題の一つだ。性的マイノリティと女性は、同じように社会の周縁に追いやられ、差別や偏見に晒されることが多い。また、両者が目指す方向にも違いはないはずだ。それなのに、困ったことになってしまった。性別の記載廃止は率先して応援したいけれども、女性の不平等な現状も客観的に示していきたい。何とも悩ましい。