ハーバード大の学部生が運営し、印刷までする学生新聞で、マサチューセッツ州ケンブリッジ唯一の日刊紙「ハーバード・クリムゾン」は9日、同大ロースクールのラムザイヤー教授による「慰安婦は契約に基づく売春婦」との趣旨の論文に関する記事を2本掲載した。
「世界中の政府高官がラムザイヤー教授の慰安婦論文に反応」と題する同紙スタッフのアリエル・キムとサイモン・レヴィエンによる署名記事と、「慰安婦に関するラムザイヤーの嘘はより腹黒い戯言の証(Ramseyer’s Lies on Comfort Women Signal Deeper Rot)」と題する社説だ。(以下、拙訳)
署名記事は、産経新聞が同論文の存在を明らかにした先月下旬からの、各国議員や学者らのコメントを報じている。それらには米カリフォルニア州選出の議員3名(共和党2、民主党1)や中国の報道官華春瑩の批判意見と共に、山田宏・青山繁晴両議員による同論文の肯定の弁も併記している。
他方、社説で述べられる主張は、米国屈指の名門校との評判も地に落ちようかというほど低レベルだ。なにしろ「完全に明らかにさせてくれ(Let’s be perfectly clear)」と啖呵を切った後に書いていることが以下の様なのだから、話にならない。
-Up to 200,000 comfort women were sexually enslaved by the Japanese Army before and during World War II. Survivors of this violence have, for decades, paid powerful witness to the atrocities they were subjected to. Even the Japanese government has repeatedly apologized for its crimes. (第二次大戦終戦までに、20万に至る慰安婦が日本軍によって性奴隷にされた。この暴力の生存者は何十年間も彼女らが受けた残虐行為の強力な証人となってきた。日本政府は繰り返しその罪を謝りさえしている。)-
何の検証もせず、本人が作り話と認めた吉田清治の著書と、それを長年垂れ流した末に取消し、社長が引責辞任までした朝日新聞のデタラメな虚報を真に受けた、極めて雑な主張だ。日本政府の謝罪は、強制連行ではないにせよ、同情すべき事情で慰安婦となった身の上に惻隠の情を示したのだ。
だのに社説は、「ラムザイヤーの仲間の学者」の指摘と同様、論文が偽情報なのは明白だと述べ、「学術理論は、基本的な事実に反する場合は公表する価値がない」とする。なぜなら「ホロコーストの否定主義者の論文を擁護する人は誰もいない」と、ナチのジェノサイドと同列視する始末だ。
最終的に社説は、「編集委員会としては、学問の自由、すなわち挑戦的でデリケートな話題や、物議を醸す可能性のある意見を議論する自由を大切にしている」としながら、ラムザイヤー論文は「学問の自由の保護に値しない」と独断する。途中の話が結論の説明にちっともなっていない。
ハーバード大の韓国系教授による「ニューヨーカー」への寄稿に関する投稿で筆者が指摘した通り、目下、世に出ているラムザイヤー論文批判の大半は、どれもとるに足らないものばかりだ。仮にラムザイヤー論文に誤認や間違いがあるというなら、社説がいうように「自由に議論」すれば良い。
同大学のローレンス・バカウ学長も、この件について「大学内でこのようにラムザイヤー教授が論争的な見解を表現したことも学問の自由に含まれる。論争的な見解が我々の社会の多くに不快感を与える時も同様だ」との趣旨を述べている。今後も貫かれるべき真っ当なお考えだ。
10日のハンギョレは、ラムザイヤー教授が「クリムゾン」宛のメールで、「論文の内容を包み隠さず説明したいが、それは私の研究の中心課題でない」とし、「どんな内容が論文に含まれており、除かれているのか、なぜそのような決定をしたのかを説明する文章と資料を準備中」と明かしたとする。
この発言は、同論文を掲載する予定のオランダの出版社エルゼビアが発行する国際学術誌「インターナショナル・レビュー・オブ・ロー・アンド・エコノミクス」が、3月末までに同論への指摘に対する反論をラムザイヤー教授に要請したことに応えるための資料のことだろう。大いに揉めば良い。
ヘブライ語研究の泰斗であり、「ユダヤ人の歴史」(河出文庫)の中で「古さと長さで知られた民族の歴史の大部分で、ユダヤ人はより強大な民族の中の少数派以上の立場を持たなかった」と書くレイモンド・シェインドリン教授(1940年~)は、歴史についてこう述べる。
-もし自分たちの見方に基づく歴史と民族の宿命が唯一正しいものと各自が主張するなら、彼らの共存は不可能になる。それ故、学問的な歴史の存在が極めて重要になる。歴史の目的は、民族の歴史の歪みを見つけ出し、中立的な立場でできるだけ正しく是正することにある。-
時あたかもキャンセルカルチャーの嵐が米国を揺らしている。西インド諸島から黒人20人が連れて来られた1619年を米国の始まりと唱える「1619プロジェクト」をトランプは否定し、独立戦争の重要さを再認識する「1776委員会」を設けた。が、バイデンはそれをあっさり廃止した。
だがその黒人20人は慰安婦と同じような年季契約の奉公人で、奴隷ではない。その後のことはあるにしても、これも歴史の正しい一コマだ。学生新聞とはいえ、屈指の名門大学が「学問の自由」を否定するような米国の有り様は、共産中国を高笑いさせるだけで一利もない。