映画『旅立つ息子へ』 ー親と子の関係を「顔」で表現するアヴィヴィの名演

映画『旅立つ息子へ』(イスラエル、イタリア合作、2020年)が、今、日本全国で公開中だ。先日、試写で視聴する機会があり、以下で感想を書いてみたい。

映画「旅立つ息子へ」公式サイトより

この映画を視聴してから数日経つが、父親役を演じたイスラエルの名優シャイ・アヴィヴィの顔が目に焼き付いて離れない。

アヴィヴィは障がいを持つ息子の父アハロンとして登場する。子供に対する愛情、時として苦悩、人生に対するいら立ちや怒り、狼狽、気まずさ、家族を亡くした友人への思いやりとほのかな恋愛感情。セリフがなくても、顔を見ているだけで、その時々の思いが痛いほどに伝わってくる。

映画は冒頭でアハロンと息子のウリが仲良く電車の座席に座っている様子が紹介される。冗談を交わし、笑う2人。息子は20歳前後に見えるが、このぐらいの年齢の子供と親がこれほど仲が良いのはどうしてなのか?

観客は父と息子が親友同士のようであること、電車から降りて自転車で自宅に向かうまでのやり取りを通して、息子に何らかの障がいがあり、父は介護者でもあることを知る。

自宅には、普段は一緒に暮らしていない母が来ていた。母は夫アハロンに対し、息子を施設に預けるべきという。アハロンは抵抗する。

映画のタイトル『旅立つ息子へ』とは、父が自立するだろう息子と別れていく、生活を別にしていく話なのだな、と想像がつく。

一体、どんな風に「親離れ・子離れ」をしていくのだろう?

話が進むうちに、アハロンはかつて著名なイラストレーターだったが、仕事をなげうって、息子の面倒を見てきたことが分かってくる。施設にいれたら、自分のように息子を献身的に見てくれる人はいないだろう、と父は考える。だから、「譲れない」のだ。

あらゆる手を尽くして、アハロンは息子ウリを手元に置いておく努力をする。が、しかし・・とドラマは進んでいく。

筆者は家族の中に障がいを持つ人がおり、「他人事ではない」という思いで、この映画を見た。

ただ、「他人事ではない」とは言っても、家族構成やどんな障害か、日々どのような生活をしているかはずいぶん違う。

それでも、非常に身近に感じたのは、社会の中で少しでも「普通」とは違うと見なされた時、人は、そしてその家族はどのような扱いを受け、どのように外から見られるのかがこの映画を見るとよくわかるように描かれていたからだ。

「普通とは違う」ことで生まれる、社会的な軋轢、阻害。映画の中で紹介される様々なエピソードが、「ああ、こういうことはよくある」と思うことばかり。見ていて心がひりひりした。

一緒に暮らす家族の思いも、非常にリアルで、深い。

映画の結末で、アハロンは子供を育てることの現実の1つと向き合う。ほろ苦さと幸福感がミックスする。

この映画、筆者は家族に見てもらいたい。障がい持つ家族や友人がいる人、そしていない人にも見てもらいたい。

でも、今現在、様々な障害を持つ人の面倒を見ている人は、見たいと思わないかもしれないし、見る余裕がないかもしれない。映画を見て「甘いな」と思う人もいるだろう。「こんなにうまくは行かないよ」、と。

でも、何かの機会に、ふらっとこの映画に出くわして、アハロンやウリのドラマを体験することができたら、例え状況や結末は自分の状況とは一致しなくても、「あるある、こんなこと」と思えるだけでも、気持ちが救われるのではないか。「明日も頑張ろう」と思えるのではないか。

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東京・TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開中。

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以下、プレスリリースより

監督:ニル・ベルグマン

1969年、イスラエル・ハイファ生まれ。1998年6月にエルサレムのサム・スピーゲル映画テレビ学校を優秀な成績で卒業。2002年に『ブロークン・ウィング』で長編映画デビュー。同作は東京国際映画祭グランプリ、ベルリン国際映画祭パノラマ観客賞など世界中の映画祭で受賞を果たし、ソニー・ピクチャーズ・クラシックスに世界配給され大成功を収めた。長編2作目の『僕の心の奥の文法』(10)でも東京国際映画祭でグランプリを獲得し、史上初にして唯一となる2度受賞の快挙を果たした。以降も、監督・脚本を務めた映画は賞を受賞し、監督・共同脚本を務めたTVシリーズ「イン・トリートメント」(08-10)はHBOに採用されるなど高い評価を得ている。現在は、イスラエルを代表する映像作家の一人として、サム・スピーゲル映画テレビ学校にて教鞭を執っている。

フィルモグラフィー

2002年『ブロークン・ウィング』監督・脚本

    東京国際映画祭グランプリ受賞

    ベルリン国際映画祭パノラマ観客賞、国際アートシアター連盟賞、エキュメニカル賞受賞

    イスラエル・アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、編集賞、美術賞、音響賞受賞

   パームスプリングス国際映画祭ジョン・シュレシンジャー賞受賞

2010年『僕の心の奥の文法』監督・脚本

    東京国際映画祭グランプリ受賞

    エルサレム国際映画祭最優秀長編作品賞受賞

    マイアミ国際映画祭ナイトワールドコンペティション部門審査員賞受賞

2014年『YONA』(原題)監督・脚本

    イスラエル・アカデミー賞美術賞、衣裳デザイン賞

2016年『SAVING NETA』(原題)監督・脚本

    エルサレム国際映画祭観客賞、ハギアグ賞受賞

2020年『旅立つ息子へ』監督

脚本:ダナ・イディシス

1986年、ニューヨーク生まれ。イスラエルのテレビシリーズ「On the Spectrum」(18-)の企画・脚本を手がける。同作は、2018年トライベッカ映画祭にてお披露目されて以来、シリーズ・マニア・フェスティバルにてグランプリ受賞、モンテカルロ・テレビ祭にて最高賞に値するゴールデンニンフ賞を3部門受賞(最優秀テレビコメディ・シリーズ賞、コメディ部門女優賞、男優賞)、そして2019年ソウルドラマアワードにて大賞を受賞など、国際的な賞を多数受賞している。さらに、イスラエル・アカデミー賞(Ophir賞)では、最優秀テレビドラマ・シリーズ賞、監督賞、脚本賞を含む9部門を受賞。アマゾンスタジオにて、同作のアメリカリメイク版が配給された。

キャスト

シャイ・アヴィヴィ(アハロン)

1964年、イスラエル・アッコ出身。テルアビブ大学の映画・テレビ学科を卒業。『Gmar Gavi’a』(91)で長編デビュー。政治を風刺したコメディ番組「Ha-Hamishia Hakamerit」(92-97)で一躍有名に。以来、恋愛ドラマ「Ahava Ze Koev」(04)や、イスラエルの共同体コミュニティ“キブツ”で生活する親子を描いた『甘い泥』(06)など数々のTVや映画で活躍。その他の主な出演作には、Netflix配信の『アトミック ファラフェル』(15)、2017年にSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映された『喪が明ける日に』(16)など。本作でイスラエル・アカデミー賞主演男優賞を受賞。エルサレム国際映画祭ではノアム・インベルとともに男優賞が授与された。

ノアム・インベル(ウリ)

1998年、イスラエル、ケフェア・サバ出身。第17回東京フィルメックスで特集上映された『山のかなたに』(16)でスクリーンデビュー。その他の主な出演作には、短編『A Meaningful Job』(18)、オートバイレーサーたちの友情を描いたドラマ『Full Speed』(20)など。本作で、イスラエル・アカデミー賞助演男優賞を受賞。


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2021年3月26日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。