1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁③

に続いて米最高裁判決の日本法への示唆について解説する。

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2度の改正を経ても道半ばの日本版フェアユース

日本でも「知的財推進計画」の提案を受けて、日本版フェアユースが検討された。著作権法は著作物の保護と利用のバランスを図ることを目的としている。著作物の利用には著作権者の許諾を要求して保護する一方、許諾がなくても利用できる権利制限規定を設けて利用に配意している。わが国の著作権法はこの権利制限規定を私的使用、引用など個別具体的に列挙しているが、米国は権利制限の一般規定としてフェアユース規定を置いている。1976年の著作権法改正で導入した規定で、フェアな利用であるかどうかは、図表1のとおり諸要素を総合的に考慮して、判定する。

図表1 権利制限の柔軟性の選択肢


図表1 権利制限の柔軟性の選択肢  出典:知的財産戦略推進本部次世代知財システム検討委員会報告書14ページ(2016年4月)

米国のフェアユース規定が権利制限規定の最初に登場するのと異なり、日本版フェアユースは権利制限規定の最後に受け皿規定を置く案。具体的には「利用行為の性質、態様」について、「以上の他、やむを得ないと認める場合は許諾なしの利用を認める」という規定を設けるもの。この規定の導入を検討した末、2度にわたる著作権法改正が行われたが、2度目の2018年改正でやっと実現したのが、一番右の「著作物の表現を享受しない利用」。これによって、AIに著作物を読み込ませるのは可能になったが、人が著作物の表現を享受するような利用まではカバーしないため、パロディなども未だに認められていない。

フェアユースを追い風に日本市場まで席巻する米IT企業

図表2にこれまでの新技術・新サービス関連サービスのフェアユース判決をまとめた。この図表から判明するのは、個別規定方式では権利制限規定が設けられて合法化されるまではサービスが提供できないのに対して、一般規定方式ではフェアユースが認められると判断すれば、見切り発車でサービスを開始できるため、この表のとおり、先行企業はフェアユース判決が確定する約10年前にはサービスを開始している。

図表2 新技術・新サービス関連サービス合法化の日米比較

サービス名 米国でのサービス開始 米国でのフェア  ユース判決 日本での合法化(施行) = サービス可能化
リバース・エンジニアリング 1970年代* 1992年 2019年
画像検索サービス 1990年代* 2003年 2010年
文書検索サービス 1990年 2006年 2010年
論文剽窃検証サービス 1998年 2009年 2019年
書籍検索サービス 2004年 2016年 2019年
スマホ用OS 2005年 2021年 未定

* 裁判例から推定した。
出典:城所岩生編、中山 信弘ほか著「これでいいのか!2018年著作権法改正」71ページの表に「スマホ用OS」を追加。

今回のグーグルもオラクルとライセンス交渉したが、条件が折り合わなかったため見切り発車して、OSの開発に踏み切った。フェアユースがなければ、今やiPhone 以外のほとんどすべてのスマホに使われているアンドロイドの成功もなかったことになる。フェアユースがベンチャー企業の資本金と呼ばれる所以でもある。ちなみにグーグルは1998年に誕生したので、アンドロイドの開発に取り掛かった2005年頃はまさにベンチャー企業だった。

先行企業が市場を支配してしまう勝者総取りのネットビジネスでこの差は大きい。このため、フェアユースを武器に先行する米国勢に日本市場まで草刈り場にされてしまうサービスの実例は、図表2のとおり枚挙に暇がなく、最近でも論文剽窃検証サービスで小保方事件発生時に日本の大学や研究機関は一斉に米社のサービスの利用に走った。

国の安全保障にもかかわる情報セキュリティ技術の遅れ

図表2の最初に登場するリバース・エンジニアリングをめぐる訴訟では今回同様、ソフトウェア・プログラムの著作権侵害が争われた。リバース・エンジニアリングは他社の製品を解析し、そこから技術を習得する手法。通常のエンジニアリングでは、技術から製品が生まれるが、製品から技術を抽出しようとするため、リバース・エンジニアリングと呼ばれている。米国では1992年の2件の判決でフェアユースと判定されたが、日本では2018年の著作権法改正でやっと認められた。合法化されるのに米国に遅れること20年近く、サービス誕生から半世紀近く経過しているわけである。

2008年7月、文化審議会著作権分科会の小委員会に独立行政法人情報処理機構(IPA)が提出した資料に下記の記述がある。

我が国の著作権法制において、リバース・エンジニアリングの法的扱いが不明であることを認知している企業の中には、コンプライアンスの観点から、海外(欧米、日本以外のアジア)で、リバース・エンジニアリングにより解析している企業があり。結果として我が国に情報セキュリティ技術者のスキルが高まらず、世界の情報セキュリティ・ビジネスの中で日本が比較劣位に置かれる一つ要因。

問題はビジネス面だけにとどまらない。サイバーテロの時代に情報セキュリティ技術の遅れは国の安全保障にもかかわる問題である。リバース・エンジニアリングの合法化の遅れが、情報セキュリティ技術の遅れの一因にもなったとすると、法的にグレーな状況を長年放置していた為政者の責任は重い。

図表2の最後の今回米国でフェアユースが認められたススマホ用OSも、「日本での合法化」の欄を「未定」としたとおり、現行法では難しい。図表1のとおり2019年に合法化された「著作物の表現を享受しない利用」によって、AIに著作物を読み込ませるのは可能になったが、本件のように人(プログラマー)が著作物の表現を享受するような利用まではカバーしない。このようにネットサービスで後手に回る悪循環を断ち切るべく、日本版フェアユースを一刻も早く導入すべきである。

急増するフェアユース導入国

上記のとおり、米国ではフェアユースはベンチャー企業の資本金と呼ばれるほど、グーグルをはじめとしたIT企業の躍進に貢献している。このため、今世紀に入って導入する国が急増している。図表3はフェアユース導入国の経済成長率。すべて日本よりも高くなっている。

図表3 フェアユース導入国のGDP成長率

導入年 国名 2019年GDP成長率
1976 米国 2.16%
1992 台湾 2.96%
1997 フィリピン 6.04%
2003 スリランカ 2.26%
2004 シンガポール 1.35%
2007 イスラエル 3.45%
2011 韓国 2.04%
2012 マレーシア 4.30%
未導入 日本 0.27%

GDP成長率の出典:「世界経済のネタ帳」

コロナ禍でダウンした経済の立て直しのためにも日本版フェアユース導入を急ぐべきである。

城所 岩生