ダザック氏よ、議会召喚に応じよ

「武漢ウイルス研究所」(WIV)から新型コロナウイルスが流出した時期について、これまで「2019年10月説」が最も有力だったが、米議会外交委員会に米共和党が提出した報告書(改新版)によれば「19年8月・9月説」が現実的な感染時期として浮かび上がってきたのだ。以下、「19年8・9月説」を紹介する。海外中国メディア「大紀元」を参考にした。

「中国科学院武漢ウイルス研究所」の写真(同研究所の公式サイトから)

中国共産党政権は新型コロナウイルスの感染時期について、「2020年1月20日、ヒトからヒトへの感染を認め、同月23日に武漢市でロックダウン(都市封鎖)を実施した。初の感染確認は2019年12月8日」と主張してきた。WIVでコウモリを宿主とするウイルス研究を専門とする石正麗研究員は、国営メディアとのインタビューで、「2019年12月30日に原因不明の肺炎患者の検体として初めて研究所に持ち込まれた。遺伝子の配列などを調査して新しいウイルスであることが判明した」と主張し、中国当局の「2019年12月8日」説を間接的に支持している。

一方、欧米側の情報によると、2019年秋に新型コロナが既に発生していたという報告が出てきている。

①イタリア高等衛生研究所によると、同国北部の2都市に新型コロナウイルスが2019年12月に存在していたことが、同研究所が行った下水調査で判明した。ミラノやトリノの下水から2019年12月18日に採取されたサンプルに新型コロナウイルス「Sars-Cov-2」の遺伝子の痕跡が発見されたからだ。イタリア北部ロンバルディア州で新型コロナが爆発的に感染する数カ月前に“同国で新型コロナが広がっていた”ことになる。「2019年秋説」が事実とすれば、武漢市が閉鎖される前に多くの感染者が国外に旅行していた可能性が考えられる。

②2019年10月中国武漢で行われた第7回世界軍人運動会(武漢軍運会)に参加したカナダの選手に帰国後、新型コロナの症状の疑いが出たことが発覚している。カナダの保守系メディア「レヴェル・ニュース」が今年1月14日、軍関連情報筋の話として報じた。それによると、カナダ軍関係者176人のうち、約3分の1が帰国時に飛行機の後部座席に隔離された。新型コロナに感染した可能性が疑われたからだという。

③WIVサイトに過去保存してきた大量のウイルス関連のデータベースが2019年9月12日、突然オフラインとなった。中国側の当時の説明によると、ハッカー攻撃を受けたためという。問題は2019年9月の段階でWIVの存在を知っていた人間は専門家以外にいないだろう。そのWIVのデータべースにハッカー攻撃があったという説明は説得力に欠ける。WIVから新型コロナウイルスが外部流出したことを受け、中国当局が慌ててデータベースをオフラインにした、という解釈が生まれてくる。

すなわち、①、②、③の情報から判断すれば、新型コロナウイルスが中国側の説明とは異なり、2019年9月前後に流出し、感染していた可能性が十分考えられるわけだ。特に、③は新しい情報だ。

米国務省が今年1月15日に発表した武漢ウイルス研究所に関する「ファクトシート」によると、複数の武漢ウイルス研究所職員が2019年秋に既に新型コロナウイルス感染症の症状を示した。また、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)は昨年3月13日、内部資料を引用し、中国湖北省で2019年11月17日に感染者が確認されたと報じている(海外中国メディア「大紀元」2021年1月21日)。

これらの情報が事実とすれば、中国共産党政権の「初の感染確認は2019年12月8日」という説は虚言ということになる。中国当局には少なくとも数カ月間、新型コロナ感染の事実を隠蔽しなければならない事情があったことになる。同時に、武漢発の新型コロナが短期間でパンデミックとなった理由も一層理解できる。

WIVのP2、P3の研究所の管理は一般の研究所と同レベルの安全基準で、ウイルスが漏れる危険性は高い。そのP2、P3で新型コロナウイルスの機能獲得研究が行われていたことが分かっている。P4では機能獲得研究は行われていなかった。すななち、安全対策が十分ではないP2とP3で遺伝子操作によるウイルスの機能獲得研究が行われ、そこからなんらかの理由で部外にウイルスが流出したと考えられるわけだ。

「大紀元」によると、WIVではP2とP3の設備メンテナンスが頻繁に行われていたという。それは環境空気消毒設備関連のメンテナンスだというのだ。研究所の設備に不備があったことを裏付けている。それだけではない。米国大学の人工衛星写真によると、武漢市内の病院周辺で2019年9月頃、車両の動きが頻繁だったという。新型コロナ感染者が急増し、病院に運ばれる市民が殺到していたことを推測させるのだ(「Covid-19の最初の感染時期を探れ」2021年1月31日参考)。

米共和党が提出した報告書(2020年8月の補足版)で興味を引く点は、英国人動物学者、ピーター・ダザック(Pete Daszak)を議会に召喚するように要請していることだ。ダザック氏は英国人動物学者で、米国の非営利組織、エコ・ヘルス・アライアンス(Eco Health Alliance)の会長を務めている。米国立衛生研究所(NIH)が2015年以降、コウモリ由来コロナウイルスの研究のために、エコ・ヘルス・アライアンスに370万ドルの助成金を提供してきたが、その一部が過去、WIVに流れていたという。同氏は武漢ウイルス研究所と共同で多数の論文を発表するなど、WIV関係者とは緊密な関係だ。ダザック氏は昨年2月、研究仲間と共に国際医学誌「ランセット」で声明を発表し、そこで新型コロナウイルスのWIV流出説を「陰謀」と主張している人物だ(「WHO『武漢現地調査』の成果は?」2021年2月13日参考)。

米下院エネルギー・商業委員会は今年4月、ダザック氏にWIVとの業務提携の内容など34項目の質問事項を明記した書簡を送ったが、ダザック氏は5月17日の返答期限までに何も答えていない。ダザック氏は過去、WIVで「バットウーマン(コウモリ女)」と呼ばれる同研究所の石正麗氏と共同研究をしている。同女史とは少なくとも15年前から研究を共にしてきたという。石正麗氏はWIV流出説を否定する中国側の主張擁護の最前線に立っているウイルス研究者だ。ダザック氏は、「石正麗氏らはウイルスの機能獲得研究を通じてキラー・ウイルスを開発する研究をしてきた」とメディア関係者に漏らしたこともあるなど、同氏とWIVの関係は予想以上に緊密であることが明らかになっている。

ウイルスの発生源を調査する世界保健機関(WHO)は2月10日、2週間の日程を終えた。同調査団は9日、武漢市で記者会見をして新型コロナウイルスが中国科学院「武漢ウイルス研究所(WIV)」から流失したという米国側の主張を「その可能性はかなり低い」と指摘し、「冷凍食品からウイルスが人に感染した可能性」を今後調査する意向を明らかにした。ダザック氏も同調査団に加わっていた。

興味深い動きが見られる。国連がスポンサーとなって国際医学誌「ランセット」が昨年7月9日創設した「COVID-19委員会」のメンバーからダザック氏を解任している。英紙デイリーメール(6月21日付)が報じた。「新型コロナウイルスの武漢ウイルス研究所流出説」を「陰謀」と一蹴してきたダザック氏の解任ニュースはコロナウイルスの発生源調査に少なからず影響を与えることは必至だろう(「ダザック氏解任は何を意味するか」2021年7月1日参考)。

欧州に住む中国人ウイルス専門家、董宇紅氏は、「新型コロナウイルスはこれまでのコロナウイルスとは違ったゲノム配列であり、自然界にない人工的痕跡があること、その感染力が非常に強い」と指摘し、「ラボ・イベント」(人為的にウイルスを改造する実験室)で人工的に作り出された可能性があると報じて注目された(「新型肺炎は“ラボ・イベント”から」2020年2月15日参考)。

「大紀元」は重要な事実を指摘している。米ノースカロライナ大学(UNC)チャペル校の研究所が2005年、コロナ・ウイルス遺伝子の解析の痕跡を消去する技術を開発したが、WIVは2016年には同技術を習得し、実際に利用していることを認めている、というのだ。ということは、遺伝子工作でさまざまな機能獲得したウイルスをその痕跡を残さず作られる可能性があるわけだ。

WHOのテドロス事務局長はここにきて突然、WIV流出説に対しても「無視できない」と受け取り出してきている。西側情報機関は、「テドロス事務局長は米国ら情報機関から信頼ある情報を入手したのだろう。自身の名誉を守るために一蹴してきたWIV流出説に対して一定の評価を下す発言をしたのだろう」と冷静に受け取っている。それだけではない。「COVID-19は人工的に作られた」という趣旨の投稿を削減してきた米フェイスブックは5月26日、「COVID-19は人工的に作られたと主張する投稿を、同プラットフォーム上で許可する」と発表し、方針を転換しているのだ(「『武漢ウイルス研究所』流出説強まる」2021年5月31日参考)

以上、新型コロナウイルスの最初の感染時期が、従来の「2019年10月・11月」説より1、2カ月前倒しし、「19年8月、9月説」が浮上してきた背景だ。

ダザック氏は議会で事実を語るべきだ。同時に、証人保護のため同氏の身辺の安全強化が急務だろう。ダザック氏が事実を語り出せば、中国共産党政権のこれまでの虚言工作が一層明らかになるからだ。北京はダザック氏の議会召喚を阻止するためにあらゆる手段を行使するだろう。

新型コロナ感染初期に武漢市を視察したメルケル独首相(2019年9月、独連邦首相府公式サイトから)

蛇足だが、ドイツのメルケル首相は2019年9月に武漢市を視察訪問している。新型コロナウイルスが19年9月に流出拡散していたとすれば、その時期に武漢市を訪問したメルケル首相はパンデミックとなった新型コロナウイルスの発生地を訪問した最初の外国要人だったことになる。親中派のメルケル首相は知らずに新型コロナ禍の真っ只中に足を踏み入れていたことになるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。