2020年7月、京都市内の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, 以下ALS)患者が、SNSで知り合った2人医師の手を借りて「安楽死」を遂げていたことが大きなニュースとなった。ALSとは全身の運動神経系が徐々に侵される病気で、歩く・話す・食べるといった行為が段々と困難になり、進行すると呼吸すら困難になる一方で、意識は末期でも保たれている神経難病である。
私はSNSを通じて、ある難病を患う女性と出会った。くらんけ(@IrreKranke)というハンドルネームで主にTwitterで発信している。早ければ2021年8月末にはスイス渡航して安楽死を選択する予定だと言う。幸いにも直接お話を伺う機会を得たので、ここに記したい。
(前回:障がい者に訊く京都ALS事件①)
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――くらんけさんにとって大久保先生はどういう存在ですか?
くらんけ氏(以下:くらんけ):大久保愉一先生によって私の魂は救われました。先生には大変感謝しています。実は、この事件でいろんなメディアに取材されて、5時間以上インタビューされた時もありますけど、いくら強調してもこの意見はカットされてしまう。「私にとっては間違いなく名医です。本当の意味で患者に寄り添う素晴らしい先生」と言ったのに「多くを語らなかった」とか書かれたり…だから、ぜったい載せてくださいね!
――京都ALS事件についてどう思いますか?
くらんけ:京都ALS事件で安楽死された方も、同じ想いだった気がします。また、大久保先生は頭の良い方だから、確信犯的に事件を起こしたような気もします。今の社会では安楽死そのものがタブー視されて、公の場所で話題にするだけで「優性思想だ!」とかバッシングされてしまう。そういう現状を憂いていたんじゃないでしょうか。これまで魂を救えなかった患者に対する罪滅ぼし、自分がドロを被って社会に問題提起したかったということのような気もします。でもコロナ禍にかき消されたのか社会的議論にはなりませんでしたけど。
犯行は監視カメラにはバッチリ映っていますし、完全犯罪にしてはワキが甘すぎる。でも処置内容としては1人でできそうな難度なのに。単独で行えば、残りの一人が塀の外で活動を続けることも可能だし。でも、2人で行ったということは、安楽死とは医師としても側にいてくれる仲間が必要な重い行為だったんでしょうか。
――「150~200万円が相場」という記事もありますね。
くらんけ:130万円も高いとは思いません。医師にとっては人生が終わるリスクがありますから。私が安楽死を依頼したライフサークルは非営利団体ですけど、諸経費で100万円以上必要になりますから、相応の必要経費だと思います。
――大久保先生から連絡はありましたか?
くらんけ:はい、弁護士さんを通じてですが。
書類が当初は偽名だった件も謝って頂きました。大久保先生にも家庭や社会的立場があるから仕方なかったと思っています。書類は修正して、スイス側の許可も無事に下りましたので、私にとっては大きな問題ではありません。
偽名なことよりも、私の苦しみは医者含め他者には計り知れないということを認め、書類を作ってくれたこと自体に私は感謝していますから。
実は、弁護士さんから裁判に関するご相談もあって。大久保先生の裁判が有利に進むよう出来る限りの協力はしたいと思っていました。
しかし、「もう一人の医師の父の死にも関与していた」とか後からイロイロ余罪が出てきて拘留が長引いてきて、裁判もいつ始まるのか分からなくなってしまった。スイス渡航もコロナ次第では再び閉ざされる可能性もあるので、いつまでも待てない。だから、心残りだけど大久保先生の裁判は見届けずに渡航する予定です。
そういう意味でも、大久保先生への感謝の気持ちは何がしかの形で残しておきたかった。
――舩後靖彦参院議員(れいわ新選組、ALS患者でもある)も事件に関してコメント出していますよね、「ネットで安楽死容認論が出ているけど、強い懸念を抱いている」みたいな…どう思われますか?
くらんけ:はい、知っています。「『死ぬ権利』よりも、『生きる権利』を守る社会にしていくことが、何よりも大切」という話ですよね。私も「もっと重度の障がい者が生きているんだから、貴女レベルの軽めの障がい者が安楽死なんて考えちゃダメだ!」「貴女の病気ごときで安楽死なんて馬鹿げてる!」って、病名で線引されたり、障害の程度だけみて説教されることもありますけど…「余計なお世話だ、放っておいてくれ」と言いたい。
――「安楽死を容認すると障がい者が生きづらくなる」「障がい者に安楽死を強要するムードが生まれる」「安易な自殺が増える」という意見も根強いのですが。
くらんけ:私は舩後さんのように「あらゆる医療機器を使って長生きしたい障がい者」を非難していませんし、そういう選択は尊重されるべきだとも思います。それと同時に「病気が程々の時点で安らかに逝きたい」という選択も尊重して欲しいのです。いわゆる「有識者」は「同調圧力で人が死ぬからダメ」と言いますけど、ライフサークルには何重もの審査があります。「スイスに行けばすぐに安楽死できる」訳ではないのです。もっと現状を勉強した上で発言して欲しいです。人生の選択肢を増やしてほしいのです。
――安楽死というと一部の難病患者における特殊な話と思われがちですが、「寝たきり老人」を含めれば、実はだれでも直面する可能性のある話ですよね。「寝たきりで会話もなく食事も排泄も他人任せ」の状態で何年も施設で暮らす高齢者は、今の日本では珍しい存在ではない。「そういう状態で長生きしたいか?」と問われると…「そうなる前に書類を準備しておいて早めに逝きたい」と、私自身も思います。
くらんけ:はい、そう思います。人間が老いると、程度の差こそあれ障がい者になるし、少子高齢化の日本では真剣に考えるべき社会問題だと思います。でも、安楽死どころか2019年にアドバンス・ケア・プランニング(ACP、人生の最終段階にどんな治療やケアを受けたいか本人による意思決定を支援)のポスターを病院に張っただけで、「不安をあおる」などのクレームが出て撤回せざるを得ないのが現状です。コロナ渦中の2021年も、大阪府職員が「病床の有効利用のために、高齢者は入院の優先順位を下げざるを得ない」とメールしたことが発覚して謝罪と撤回に追い込まれて…「イヤだから」「叩かれたくないから」と議論を封印するばかりで、問題そのものに真剣に取り組もうとはしない。
安楽死非合法のまま高齢化社会が進行すると、「介護心中」「家族内殺人」が増えてしまうのでは…と心配です。2020年にも介護に疲れた孫娘が祖母を殺した報道がありましたよね。大久保先生も、そういう「寝たきり老人」のシビアな現実を診てきたからこそ、メディカルレポート作成に協力してくれたんじゃないかと思っています。
(③につづく)
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大久保愉一氏はKindleで「お看取りマンガ~「延命処置どうしますか?」と医者に聞かれる前に読む本」を出版している。
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