25日は「女性に対する暴力撤廃の国際デー」だった。来月10日の「人権デー」までの16日間、「UNiTE女性に対する暴力撤廃のキャンペーン」が始まった。今回のテーマは「政界をオレンジ色に、今すぐ女性に対する暴力を終わらせよう!」だ。アントニオ・グテーレス国連事務総長はビデオスピーチで、「女性と女児に対する暴力は、今日の世界で最も蔓延した、差し迫った人権問題であり続けている」と述べ、「私たちがともに一層の努力を重ね、2030年までに女性と女児に対する暴力を撲滅しなければならない」と語っている。
ウィーンの国連情報サービス(UNIS)が同日発表したデータによると、世界で昨年8万1000人の女性と少女が殺された。そのうち、約4万7000人(全体の58%)が親密なパートナーや家族の手によって犠牲となったという。これは11分に1人の女性が家庭内で殺されている計算になる。ウィーンに本部を置く国際薬物犯罪事務所(UNODC)が25日公表した調査報告書は親密なパートナーまたは家族によるジェンダー関連の女性と少女の殺害に関する95カ国のデータに基づいている。
UNODCのガーダー・ワーリー(Ghada Waly)事務局長は、「女性と少女は世界各地で家庭内での致命的な暴力の主な被害者であり、親密なパートナーや他の家族による殺人の10人に6人を占めている」と述べた。アジアは犠牲者数で最も多く、推定1万8600人。10万人あたりの犠牲者数ではアフリカが最も多く、2.7人。欧州は最も少ない地域で0・7人だった。同事務局長は、「UNODCの調査によると、致命的な暴力が減少した場所でさえ、過去10年間で状況は改善されていない。女性と女児に力を与えて保護し、ジェンダーに基づく暴力を防ぎ、命を救うためには、緊急かつ的を絞った行動が必要だ」と強調している。
新型コロナウイルスによる封鎖が女性と少女のジェンダー関連の殺害に与える影響に関する世界的なデータは不十分だが、2019年から20年の間にジェンダー関連の殺害の数は西ヨーロッパで11%増、南ヨーロッパ5%増、北米8%増、中米3%増、南米5%増、北欧は変化なし、東欧マイナス5%と、2020年の新型コロナ関連の移動制限による女性と少女を取り巻く影響は少しはばらつきがあるが、全体的に悪化している。
殺人被害者全体の5分の1しか占めていないにもかかわらず、親密な殺人と家族殺人の被害者の58%は女性と少女だ。同事務局長は「新型コロナのパンデミックは、女性と女性の権利をさらに後退させ、ジェンダーに基づく暴力に対して脆弱なままにし、本質的な支援とサービスへの依存を減らし、司法へのアクセスを制限した」と述べている。
当方が住むオーストリアでも女性、少女への暴力は大きな社会問題となっている。このコラム欄で「急務となった『フェミサイド』対策」2021年5月3日)を書いたが、フェミサイド(Femicide=ジェンダーに基づく憎悪犯罪)と受け取られる女性殺人事件は増加傾向にある。11月25日もインスブルックの28歳の女性が同棲中の男性(34)によって殺害されたばかりだ。同国で今年に入って11月26日現在、29人の女性、少女が主に家庭内で相手の男性から殺されている。
昨年、家庭内暴力の犠牲者2万0587人が「暴力保護センター」と「介入センター」によって保護されたが、約82%は女性と少女だ。オーストリアでは、15歳のときから5人に1人の女性が身体的および性的暴力を経験しており、3人に1人の女性がセクハラを経験している。実数はさらに多いと想定されている。
ウィーン市ブリギッテナウで元夫(42)が元妻(35)の家に入り、拳銃で頭を撃って殺害した事件(4月30日)が起き、その数日前には、元パートナーが別れた女性が働いているタバコ店にガソリンで火をつけ、女性は顔などに火傷を負って病院に急送されたが、その数日後亡くなるという事件が起きている。事件はメディアでも大きく報道されるが、女性への暴力防止対策や具体的な対応は不十分だ。事件が家庭内で発生することもあって、警察側も事件発生までまったく知らなかった、というケースが多いからだ。
オーストリアでは昨年1月、家庭内暴力防止法が施行されている。また、夫や父親から暴力を振るわれる女性や少女に対してはFrauenhaus(女性たちの家)と呼ばれる避難場所が設置されているし、24時間のホットラインが敷かれている。ちなみに、16日間の活動キャンペーン期間中、スーパーのレシートには暴力を受けている女性を救済するホットラインの番号が明記されている。被害を受けている女性がいつでも電話できるようにした配慮だ。
社会学者ヴィースベック氏は、「家庭内の男性の暴力は些細な事として問題視しない傾向があるが、実際は安全問題だ」と強調する。例えば、家庭で女性に暴力を振るう男性は警察側が知っていても具体的な対策を取らないことがこれまで多かった。加害者の中には、元愛人や元妻が自分と別れ、他の男性の所に行くことに対し、「男としての自分の名誉が踏みにじられた」と受け取り、復讐のために殺害を決意するケースが報告されている。
フェミサイドには過去の家父長制や歪んだ男尊女卑の残滓が色濃く反映しているケースが多いだけに、対策も容易ではない。結局は、「教育」が問われてくることになる。時間が少しかかっても「教育」を通じて女性の人権や家庭の意義などを幼い時から学んでいく以外にないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。