誰かが“習近平落とし”を図っている

中国の習近平国家主席は、第19期中央委員会第6回総会(6中総会)で「歴史的決議」が11月11日に採択されたことで、自身の立場を強化し、来年の第20回党大会で3期目の主席就任が確実視されている。対外的には、台湾統合を視野に入れ、南シナ海への覇権を広げてきている。国際社会からみたら、中国の覇権主義、大国主義は習主席の判断に基づくものと受け取られてきた。

バーチャル形式で開催された「ASEAN-中国特別サミット」の議長を務めた中国の習近平国家主席(2021年11月22日新華社)

習主席は7月1日の党創建100周年を祝うイベントで、「誰であれ中国を刺激する妄想をするならば、14億中国人民が血と肉で築き上げた鋼鉄の長城の前に頭が割れ血を流すだろう」と激を飛ばし、「中国人民は他国の人民をだまし、圧迫し、奴隷として働かせなかった。過去にもしなかったし、現在もしておらず、将来にもない。同時に外部勢力がだまし、圧迫し、われわれを奴隷として働かせることを許さない」と強調した。習氏の発言は非常に戦闘的だ。中国を植民地化した過去の大国への恨み節を披露する一方、将来、世界の大国となっていくという決意表明となっている(「習近平『党創建百年演説』の怖い部分」2021年7月2日参考)。

上記の演説トーンを聞けば、中国共産党政権の最近の脅迫外交、南シナ海への覇権主義的な軍事行動の張本人は習近平氏だと考えるだろう。しかし、どうしても腑に落ちない点がある。来年2月には北京冬季五輪大会が開催される。国際社会が中国に目を注ぐ時だ。その年を前に、軍事的冒険をするだろうか。考えられるシナリオはあくまでも北京五輪大会の後だ。しかし、中国は今年に入ってもその覇権主義的な言動を抑えていないし、台湾に対しても脅迫を繰り返している。国際的スポーツの祭典を国家の威信向上の手段と考えているとしたら、少々自家撞着な政策と言わざるを得ないのだ。

普通に考えれば、北京五輪大会が終わるまで猫を被るだろう。中国共産党政権はそのような初歩的な外交配慮をせずに、攻撃的、軍事的な政策を展開させているのだ。なぜか?これが今回のテーマだ。

中国共産党政治局常務委員会委員の1人だった張高麗前副首相と中国の女子テニスの世界チャンピオンとの不倫騒動が報じられ、その張本人の彭帥(ポン・シュアイ)さんがその後、行方不明となったことで、国際テニス界だけではなく、世界のメディアの関心を引いたばかりだ。このスキャンダルが飛び出した時期を考えると、首を傾げざるを得ない。政府関係者が関与して、火消しに走ったが、このような事件が容易に外部に漏れるという“中国の現状”に合点がいかない。換言すれば、誰かが習近平主席の顔に泥を塗ろうとしているのではないか、という憶測が生まれてくるのだ。

もう少し憶測を深めると、台湾海峡、南シナ海での不法な軍事行動などはひょっとしたら反習近平グループが陰で主導しているのではないか。中国政府の最近の言動は慣例の「戦狼外交」というより、習主席を狙った嫌がらせではないかと考えるのだ。

習主席は演説の中で台湾統合を堂々と述べ、強い指導者のイメージを内外に与えているが、北京五輪大会前には行動を控えたいと考えているはずだ。その時、反習近平勢力が台湾にちょっかいを出すなどして、米国などの怒りを恣意的に買っている。反習近平グループは小規模の軍事衝突をも辞さない決意で米国を怒らせ、そのツケを習主席に回しているのではないか。すなわち、“習近平落とし”を図っている可能性が考えられるのだ(「世界で恥を広げる中国の『戦狼外交』」2020年10月22日参考)。

このコラム欄で「外遊できない国家元首の様々な理由」(2021年10月17日参考)の中で書いたが、68歳の習近平主席は過去2年間ほど外国訪問を避けている。その理由については、これまで様々な憶測が流れている。最もよく言われるのは、「習主席は暗殺を恐れているからだ」という説だ。海外中国メディア「大紀元」によると、習近平主席は2012年に国家元首に就任して以来10回余り、暗殺の危機があったという。

代表的な反習近平グループは、江沢民派ではないかというが、定かではない。ハッキリしている点は、最近の中国共産党政権の言動には習近平主席の威信を傷つけ、その指導力に懐疑的になるような計らいが進行しているのを感じる。習近平氏が北京を留守できないのは当然かもしれない。

「歴史的決議」は11月11日に採択されたが、全文が公表されたのは11月16日だ。5日後だ。「歴史的決議」はなぜ即公表できなかったのだろうか。習近平氏も認めているように、歴史的決議案は採択されるまで500カ所以上、修正されたという。このことは、中国共産党政権内に習近平氏に反対する勢力が依然いることを間接的だが証明している。

参考までに、中国のファーストレディ、習主席夫人の彭麗媛女史(ポン・リーユアン)は中国の代表的歌手だった。ウィーンの国立歌劇場で「ムーラン」(Mulan)の主人公を演じたこともある。夫人にとって、音楽の都ウィーンの国立歌劇場は現役時代の最後の舞台だったという。その夫人が最近、中国メディアに頻繁に登場するなど、政治的影響力を強めてきているという。世界は女性指導者が台頭している時だ。北朝鮮では金正恩総書記の実妹・金与正さん(朝鮮労働党中央委員会第1副部長)の言動が頻繁に報じられてきた。中国でも女性指導者が出てきても不思議ではないかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。