前回の投稿において私は、欧州連合(EU)が女性役員クオータの導入を推進する理由に企業のパフォーマンスの向上や収益増への期待を挙げた。だが、昨年7月に欧州委員会「持続可能な財政綱領」部門が出した「社会的タクソノミー草案」(Draft Report by Subgroup 4: Social Taxonomy)を読むと、EUの別の思惑が透けてみえる。
2020年7月にEUが定めた環境タクソノミーは、企業の脱炭素社会実現に向けた取り組みを評価し、それを投資基準の一つにするものだ(CSRコミュニケート「真の環境企業を可視化する『EUタクソノミー』」2021年2月8日)。一方、社会的タクソノミーは社会性や人権の観点から経済活動の認定基準を定める。環境に配慮した企業活動が労働者や消費者の利益に資するとは限らず、環境タクソノミーの不十分さの補完をめざす。
草案は垂直、水平、統治の三つの次元からなる目標を掲げ、その目標の達成度を個々の目標ごとに設けられた基準によって評価し、環境タクソノミーと同様、評価の低い企業はEU域内での事業展開が不利になる。
垂直の次元は、企業活動のあり方に関する目標で、最低賃金や労働環境整備など労働者の人権と尊厳の保障を目標にする。水平の次元では企業の製品やサービスが消費者や地域社会に与える影響に注目し、消費者利益の向上、包摂的で持続可能な地域社会への貢献などが問われる。
これらの次元の目標達成を基礎付けるのが三つ目の統治である。良好な持続可能性を担保するために企業に求められる透明性や責任ある行動、公正な税提案等とともに、企業トップや役員人事におけるジェンダー、技能、経験や経歴の多様性が評価対象になる。
ジェンダーのカテゴリーには性的マイノリティも含まれるが、性的マイノリティはプライバシーの問題もあって企業としては取り扱いが難しい。そのため、数で勝るうえ、経験や経歴の点でも男性と異なる傾向の強い女性の登用が中心になる。
しかも、最高責任者や役員に占める女性の割合という数量的評価は、いかにも客観的で、文句のつけようがない。つまり、企業にとって幹部社員への女性登用は社会的タクソノミーを遵守している証として最もアピールしやすい指標なのである。
このように社会的タクソノミーを前提にすると、EUが域内の上場企業に40%の女性役員比率を義務づける法案の成立を急ぐのも納得できる。女性役員比率の低い域内上場企業への投資を鈍らせないためには、その上昇が急がれるためだ。
EUがアメリカと中国の優位に立てる分野は、環境問題への先進的な取り組みに加えて、人権尊重、とりわけジェンダー平等である。
人権問題では強い関心を示すアメリカも、ジェンダー平等については必ずしも進んでるとは言えず、西欧諸国に劣る。たとえば、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数の順位をみると、アメリカは156カ国中30位、西欧の多数の国がアメリカよりも上位を占める(Global Gender Gap Report 2021)。また、2021年のS&P 500社の女性役員比率は30%であった(“For the first time, 30% of all S&P 500 board directors are women”)。これも、西欧諸国の中では平均か、それ以下だ。
近年機関投資家も女性役員比率に関心を持っていると言われるが、社会的タクソノミーが成立すると、この流れは一気に加速するのではないか。日本も早急な対応が求められ、西欧諸国のようにクオータの実施が迅速かつ確実な方法として浮上するかもしれない。しかし、女性役員クオータ法の導入は日本政府にとって極めて高いハードルである。理由は簡単だ。女性候補者を増やすためのクオータ制度が未だないからである。
表のように、女性役員クオータ法を持つ西欧諸国は、フィンランドを除いて女性候補者クオータがあり、女性議員比率も高い。
政界が自ら手本を示さなければ、経済界を動かすことができるだろうか。隗より始めよ、である。
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