巨大モール、アメリカン・ドリームが開業丸3年保たずにアメリカン・ナイトメア(悪夢)に(後編)

こんにちは。

今日も引き続き現代アメリカ社会のどこが根本的におかしいのかを縮図にしたような郊外型巨大モールについて書きます。

郊外型モールはテイラー・スウィフトが描いたとおりだったのか?

テイラー・スウィフトは、今やカントリーというより、アメリカンポピュラーソングの世界でもっとも人気のある女性歌手になってしまった感があります。

テイラーはコロナ騒動がピークに達しつつあった2020年後半に、『フォークロア』と『エヴァーモア』と2枚のアルバムを立て続けにリリースしました。

2020年は彼女が31歳になった年で、「昔から13の反対だからラッキーに決まっていると思っていたわ。とても31歳になるのが待ち遠しかったの」という感慨とともに、自分自身のラッキーな年齢へのお祝いとして書いた曲が収録されているとのことです。
『エヴァ―モア』の中に入っている<コニー・アイランド>も、その1曲でしょうか。もちろん、今でもニューヨーク市内にあって手軽に行ける遊園地中心の古めかしいチープさを懐かしがる人の多い観光地をイメージしたタイトルだと思います。
内容は、今まさに進行しつつある郊外型巨大モールの没落を描いていて、かなり現代アメリカ文明批判的なところも多い曲です。
『フォークロア』に収録された<8月>には、以下のような歌詞が書かれています。
「ありとあらゆることへの希望を頼りに生きていたころ、生きていたころ、
『モールの裏で逢ってね』と言ってた」
そして、次の『エヴァモア』に収録された<コニー・アイランド>では、こう歌っています。
「あのころの私たちって、まるでインターネットがなかったころの
モールみたいだった。そこにいなきゃ、何もはじまらない
いたずらもちょっぴり、でも郊外の夢を綺麗にラッピングした世界ね」
「モールの裏で逢ってね」はよほどお気に入りのフレーズだったようで、『フォークロア』のスペシャルカラーヴァイナル盤では、こちらを2枚組全体のタイトルに使っています。

でも、モールが郊外の夢を綺麗にラッピングした世界だったことなんて、インターネットが出てこようとこまいと、一度でもあったんでしょうか

モールの苦境をeコマース隆盛と結び付けて論じる人は多いが

私は、モールが衰退したのはマウスをクリックしたり、スマートフォンのディスプレイをタッチしたりするだけで買いものができるようになったからだという意見には、反対です。
コロナ騒動は、アメリカの小売業界に一過性の深い傷を負わせましたが、その後の回復では2007~09年の国際金融危機以来落ちこんでいた小売総売上高のトレンドを元に戻すほどの力強い回復がありました。

ご覧のとおり、2020年後半から2021年の水準は、国際金融危機で落ちこんだ分をぴったり埋め合わせるほど高くなっています

「いや、それはわかっている。でも回復分以上をeコマースに持っていかれちゃったから、モールはじり貧になっている」とおっしゃる方がいるかもしれません。
次のグラフは、eコマースによる在来型実売店舗の浸食が、想像していたよりはるかに小さかったことを示しています。
いちばん目立つ赤い線が無店舗販売、つまり今ではほぼ全面的にネット化したカタログ販売です。
たしかに2019年から20年にかけて一段水準を上げていますが、ほかの全分野を食うほど大きくなっているわけではなく、黒い線の自動車・自動車部品のほうが直近の上げ方はずっと大きくなっています
また、eコマース全体が強く大きくなっているわけではなく、首位企業であるアマゾンだけが突出して小売デジタル化の恩恵を受けていることも、次のグラフから読み取れます。

まさにこの業界でガリバー型寡占(他社より圧倒的にシェアの高い首位企業)の座を確保しているアマゾンをのぞけば、eコマース市場の2位から10位までの9社は、在来実売店のeコマース部門が5社に対して、ネット・デジタル系が4社で、売上も在来系が優勢です。

じつは、まだカタログ販売の大部分が電話や郵便で注文を受けていた2010~13年のあいだに、アメリカ小売業界の掻きいれどきである感謝祭からクリスマスまでのモールへの来場者数は半減し、その後も一貫して下げ続けているのです。
アメリカ全土の郊外型モールに何百店舗も出店していて、どの店舗も業績が上がらす、店舗数削減、抜本的な業態転換、そして自己破産申請を迫られている小売りチェーンの多さが、昨今話題になっています。
そうした小売りチェーンの多くが、モール来場者数の慢性的な低迷というボディブローに参っていたところに、eコマースが急成長を始めたのでにっちもさっちも行かなくなったというのが、実情でしょう。

雪崩を打って縮小に転ずるモール多店舗展開型の小売りチェーン

たとえば、2020年の8月ごろには、以下の表に出てくるような小売りチェーンが続々と店舗数の削減を発表していました。

これだけ店舗数を削減しても、業績はあまり向上せず、2021年の4月初旬までに以下のような追加的な店舗数削減計画が発表されています。

そもそも、我が世の春を謳歌していたころの巨大モールに出店していた企業群は、そうとう悪辣なことをやっていました

たとえば、上の2枚の表には顔を出すことさえなくなってしまったほど発祥の地、アメリカ国内で影が薄くなったトイザらスというおもちゃの巨大チェーンがありました
どこにでも初めて進出したころは、ほんとうに割安で手広くおもちゃを提供していました。
ですが、地場のおもちゃ屋さんが商売にならずに店仕舞いしてしまうと、途端に労賃の低い国からの安物を輸入してきて、品質から見ればちっとも割安ではないけれども地域にほかのおもちゃ屋がないのでここで買うしかないという商売をやっていました
こういう企業が、ネットで安く確実に量産品を買えるようになれば没落していくのは当たり前です。
アメリカではほとんど店がなくなってしまったトイザらスですが、日本では地場のおもちゃ屋さんが頑張って商売を続けているので、あまり手抜き商品を売ることもできずに堅実経営をしてきましたので、今でもこの業界では最大級の小売業者として存続しています。
モールが「綺麗にラッピングされた郊外の夢」と言えるほど輝かしいものだった時代は、ほんとうにあったのでしょうか。

なぜか暴力衝動と縁が切れなかった、アメリカの郊外型巨大モール

どう考えても、モールがきらびやかな世界だったこともあるというのは、追憶による美化がかなり混じった評価だと思います。
現実の郊外型モールは、まだアメリカ社会全体は今ほどすさんでいなかった時代でさえ、むき出しの暴力が噴出する世界でした。
まず、比較的最近、2018年のブラック・フライデーのモールでの乱闘場面からご覧いただきましょう。

以前にもお伝えしたことがありますが、ブラック・フライデーとは毎年11月の第4木曜日と決まっている感謝祭(Thanksgiving Day)の翌日に当たる金曜日のことです。

「黒山の人だかりができるからブラックだ」という説と、「年初からこのころまで赤字だった店でも、この日から黒字に転換するからブラックだ」という説があります。
ですが、この写真を見るそんな華やいだ気分とは縁遠い、殺伐とした安売り商品の奪い合いの日だとわかります。
次は、もっと古い2013年の、やはりブラック・フライデーの乱闘風景です。
この写真が撮影された年が、ちょうどホリデーシーズンのモールへの来場者数が丸3年で半減した2013年なのは、たんなる偶然でしょうか。
私はそうではないと思います。
せっかくの祝日に「何かいいものを安く売っていたら、買おうかな」といった気分で来店した人たちの祝祭気分がぶち壊されるだけではなく、深い幻滅を味わって「二度とあんなところに行くものか」と思って足が遠のく傾向がじわじわ積み重なったのではないでしょうか。
その結果、3年間で来場者数が半減してしまうほどモールが不人気になったと考えるほうが自然だと思います。

ブラック・フライデーにつきものとなったモールでの乱闘は現代アメリカ社会の縮図

いろいろデータを探していたら、なかなか興味深い分析をしているサイトに出くわしました。『The Hustle』という、アメリカの俗語では麻薬の密売とか、夜の世界でヒモになることとかを指す場合もある危ないサイト名を名乗っています。
ですが、分析の角度はおもしろくて、最近では「アメリカでは国民ばかりじゃなくて、クルマも体重過剰に苦しんでいるのではないか?」といった記事が投稿されています。
そのハッスルが、3年前の2019年11月23日、ブラック・フライデーを約1週間後に控えた時点で、かなり詳しいブラック・フライデー乱闘特集をやっています。
まず私が眼を奪われたのは、次の地図グラフでした。

こう申し上げては失礼ですが、ブラック・フライデーでの乱闘事件が多い2大州の一角をノースカロライナ州が占めていたことは、それほど意外ではありませんでした。

経済的にかなりきびしい境遇にある人たちの多い州だからです。
しかし、もう1州がカリフォルニア州だったことには、ほんとうにびっくりしました。
人口が多いだけに、州内総生産では2位以下を大きく引き離して首位、州民1人当たり州内総生産でも、ニューヨーク、マサチューセッツ、ワシントンに次いで4番目という豊かな州なのです。
しかも、ほかの州ではブラック・フライデーの乱闘で亡くなった方はそれぞれひとりだけなのに、カルフォルニアには4人もいたのです。
つまり、これはたんなる貧困の問題ではないのです。

改めて身に染みるクルマ社会の怖さ

次の事件がどこで起きたかのグラフも、なかなか考えさせられる内容をふくんでいます。

もちろん、件数がいちばん多いのは、直接お目当ての安売り商品を奪い合う店舗内です。次に多いのは、ほかの客より少しでも速く安売り商品に近づこうと押し合いへし合いになるドア周辺です。

でも死傷者全体に占める死亡率でも、犠牲者の数でも、いちばん多いのは駐車場と路上なのです。
駐車場が多いのは、警備も手薄なため、店舗内では一応収まっていた喧嘩が、ここでは銃やナイフを持ち出しての本格的な暴行事件になるからでしょう。
また、路上というのは、たまたま執念深い客が欲しがっていた商品を先に買ってしまったため、付け狙われて煽り運転や意図的な追突の犠牲になったり、それを避けるために無理な運転をしてほかの自動車との事故で亡くなったりということがあるのかもしれません。
とにかく、これだけ興奮しやすく、暴力に訴えがちな人々もまた、モールへの行き帰りにはクルマを運転しているのだと思うと、完全にクルマ社会化してしまったアメリカという国の怖さがしみじみわかります。

文字どおり人を踏みつけにして平然としている人間の多い社会

さらに、次の表にもアメリカ社会の陰惨さが表れています。

アメリカは武器を持つ権利が許容されているどころか、むしろ「人民武装権」こそ大衆が圧政から身をを守るために必要不可欠な基本的権利だとして、賞賛されている国です。

ですから、こういう乱闘がたまたま深刻化したときに相手が銃を持っていたために亡くなってしまったという犠牲が出るのもやむを得ないことかもしれません。
しかし、もっとやりきれない思いになる死因が出ています。
少しでも速く商品の置いてある場所に行こうとダッシュをした人たちの中で、運悪く躓いて転んだ人がいても、その人を助け起こすのではなくて踏みつけにして通って行く人が多くて、その結果亡くなってしまう人が過去にふたりもいたという事実です。
しかも、犠牲者のひとりは61歳の男性でしたが、もうひとりは34歳の男性でした。体力的にはピーク近い状態の人だったでしょう。
さすがに犠牲者はふたりだけですが、負傷者の数がいちばん多いのは、この転んだ人が踏みつけにされることなのです。
他人を踏みつけにしてでも速く商品を確保しようとする当人たちには、殺意はおろか、相手に危害を加える意図さえないのかもしれません
ただ、悪意がなければそのほうがマシだと言えるでしょうか。
どんなに貴重な商品がどんなに安く手に入るとしても、そのために転んだ人を踏みつけにして平然としている人たちが大勢いる社会は、はたしてまっとうな社会でしょうか
少なくとも、害意を持って人を付け狙う人たちの多い社会同様にすさんだ社会だとしか言えないのではないでしょうか。
この問題に取り組んだ社会心理学者の結論は、こうした所業に及ぶ人が多い根本的な原因は「不平等感」だということだったそうです。
アメリカはもう、早朝から何時間も待ってやっとお目当ての商品を手にしたと思ったら、後ろから来たもっと強い人間に押しのけられたり、突き飛ばされたり、ひったくられたりして、その商品を失ってしまう社会になっている」という認識が根底にあるというのです。
たしかにそうかもしれません。
でも、それなら「なるべくそういう不公平が無いように、きちんと並んで自分の順番が来るまで待とう」と考えるのが、ふつうの人間ではないでしょうか。
「それなら自分は強くて他人から商品を奪い取る側の人間になろう」という世の中では、救いがありません
アメリカは、確実にその救われない社会になっていく途上にあります。
そして、その先頭に立っているのは決してここに登場するモールで押し合いへし合いをしている人たちではなく一生混雑するモールで買いものをする必要など感じることもなく、優雅に贅沢さんまいで暮らしているエリートたちなのです。

Taylor Swiftさん Wikipediaより CHUYN/iStock (編集部)


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年2月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。