通俗日本論の研究④:渡部昇一『日本史から見た日本人 昭和篇』

呉座 勇一

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百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎、2018年)は日本礼賛、「大東亜戦争」肯定の書と評価されることが多い。ただ意外なことに、昭和前期の日本の外交・軍事などを批判している箇所も少なくない。この点に関しては、既に保守派から「戦争をきちんと批判している」という反論が出されている。

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百田尚樹氏による『日本国紀』が文庫化され、ベストセラーになっている。その一方で、単行本の刊行直後から、左派を中心とする論者から、「日本の帝国主義と侵略、戦争犯罪を否定ないしは美化」「大東亜戦争を肯定」という批判が浴びせられている。果たして、その非難は正しいのか。つまびらかに読めば、筆者の戦争に対する思いが静かに浮かび上...

けれども、こうした保守派による戦前日本批判は、百田氏の独創ではない。結論を先取りすれば、渡部昇一『日本史から見た日本人 昭和篇』(祥伝社、1989年)でほぼ全ての論点は出尽くしていると言える(なお同書の最も重要な主張は「南京大虐殺」否定論であるが、否定論の誤りは今や明白であるので、本稿では紹介を略す)。

たとえば『日本国紀』は、「統帥権干犯問題」以降、「内閣が軍部に干渉できない空気が生まれ、軍部の一部が統帥権を利用して、暴走していくことになる」と指摘している。渡部氏の本は1章で統帥権干犯問題を詳しく論じ、「統帥権干犯問題は、伊藤博文に始まった日本の政党政治の息の根を止めることになった」と述べている。

もっとも渡部氏が行政府についての明確な規定を持たなかった明治憲法の欠陥を重視するのに対し、百田氏は、野党の政友会が統帥権干犯をふりかざして浜口内閣のロンドン軍縮条約調印を非難し、「野党の政府攻撃が日本を変えていく」ことを強調している。暗に野党の自民党批判を揶揄するものであろう。

一方、渡部氏が統帥権干犯問題にこだわったのは、欠陥のある明治憲法が実質的に改正不可の「不磨の大典」だったという問題を通じて、日本国憲法の改正(九条改正)の必要性を訴えるためであった。この点は左派と問題意識が異なる。逆に、憲法改正論者の百田氏が統帥権干犯問題にさほどの関心を払わないのは不思議である。

さて日中戦争についても、「出先の、しかも末端の軍隊の行為を東京の政府が抑えることができない」(渡部)、「この戦いは現地の軍の主導で行なわれ、政府がそれを止めることができないでいるという異常なもの」(百田)と、二人の評価は同じである。

太平洋戦争中の日本軍の無能を批判する姿勢に関しても、両書は共通する。特に陸軍と海軍の不毛な対立を厳しく指弾している。ただしエピソード列挙の百田氏と違って、渡部氏は統帥権の独立によって陸軍と海軍の意見を統合する存在がいなくなったことを根本要因とみなしており、構造的に問題点を把握している。

上記のように、両書には、左派と認識がおおむね重なる教科書的な戦前日本批判が見られる。一方で、右派ならではの戦前日本批判も存在する。アメリカ陰謀論に基づく幣原外交批判である。百田氏はワシントン会議における「日英同盟」の破棄に注目し、次のように述べる。

この同盟の破棄を強引に主導したのはアメリカだった。中国大陸の市場に乗り込もうと考えていたアメリカは、日本とイギリスの分断を目論んだのだ。そしてもう一つ、いずれ日本と戦う時のためにも、イギリスとは切り離しておきたいという意図もあった。

アメリカは日英同盟を破棄する代わりに、フランスとアメリカを交えた「四ヵ国条約」を結んではどうかと日本に提案した。これは名目だけのもので実質的な同盟ではなかった。イギリスは同盟の破棄を望んでいなかったが、日本の全権大使、幣原喜重郎は「四ヵ国条約」を締結すれば国際平和につながるだろうと安易に考え、これを呑んで、日英同盟を破棄してしまった。(『日本国紀』単行本第1刷、346p)

このような解釈は、既に渡部氏に見られる。氏は「日英同盟を解消させることこそ、当時のアメリカ外交の眼目になっていた」と断じ、「日英二ヵ国の条約を多国間条約にすりかえること」でアメリカは目的を達成したと論じている。そしてアメリカの策謀に気づかず、国際平和に資すると信じて条約を結んだ日本の政府を「純情」と批判している。

渡部氏が戦前のアメリカ外交を、ことさらに日本敵視と決めつけたのは、同書が刊行された1989年当時、日本はバブル経済の絶頂にあり、日米貿易摩擦が最高潮に達していたからだろう。現下の日米対立を過去に投影したのである。アメリカでの排日移民法の成立を太平洋戦争の遠因と捉える氏の歴史観も、昭和末期~平成初期の日本社会における反米感情・対米自立論と無縁ではない。

周知のように、上述のアメリカ陰謀論は、「ルーズベルト大統領が日本を戦争に引き込んだ」といった荒唐無稽な陰謀論へと発展し、日本の右派論壇で定着していく。言うまでもなく『日本国紀』はその延長上にある。

 

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