「国境の壁」建設再開と「移送」に見る不法移民問題の難しさ

マヨルカス国土安全保障(DHS)長官は7月28日、アリゾナ州ユマ郡の「国境の壁」の隙間を埋めることを許可し、ダグ・デューシー知事(共和党)は8月12日、工事再開の行政命令を発行した。昨年1月の就任直後にバイデンが乱発した、トランプの政策を否定する大統領令の一つが撤回された格好だ。

ユマ郡は21年10月から22年6月までに236千人余りの不法移民を拘束したという。郡の国境監督官は、バイデンが招いた国境危機は日々悪化し、壁のギャップから入り込む大量の不法移民や模造品が我々を苦しめ、彼らが持ち込む麻薬が若者を蝕んでいると、この事態を嘆じる。

一方、DHSは「斜面を滑り落ちたり、コロラド川の低い部分を歩いて溺れたりする移民を保護するため」と人権重視の理由を挙げ、左派メディア「Intercept」も「ネイティブアメリカンの神聖な埋葬地や希少な野生生物の生息地の大部分を爆破した」トランプの壁建設が再開されると嘆じる。

どちらの言い分も一面ではその通りであり、今日の国際社会の対立や分断を象徴している。

ユマ当局によれば、今年1-6月に阻止した移民流入16万回は前年同期の4倍に上り、これより多いのはテキサス州南部の2市だけ。当局はコロンビア人やベネズエラ人などがメキシコのメヒカリまで飛行機で飛び、ユマに隣接する東端のアルゴドネスまではバスやタクシー、国境は歩いて越えているという。

私事にわたるが、筆者はフィリピンの後、98年にメキシコに1週間出張した。米国と接するティファナとメヒカリのマキラドーラ(保税区)を視察し、国境の金網の塀や封の開いたホテルのペットボトルも体験した。外国企業の幹部の多くは米国側のサンディエゴとカレクシコ (Calexico)から通勤していたが、筆者も歩いてイミグレに通った。

閑話休題。壁の建設再開を知ってか知らずか、トランプは17日夜にオハイオ州ヤングスタウンで行われた「セーブ・アメリカ」集会で行った演説で、バイデンの失政をいくつも論う中で、不法移民について次の様に述べた。

第三世界の国であろうと、我々の国境で今起こっているようなことを許さないだろう。200万人とか300万人とかいう数字は信じない。私は1,000万人と思っている。200万人とか300万人は大概の都市(の人口)よりずっと多いが、正しい数字じゃない。それよりずっと多い。

彼は他にも、弾劾に遭った「ロシアゲート事件」を「堕落した民主党議員がFBIの有償情報提供者と協力してでっち上げた」「我々がロシアと協力しているとされていたのに、協力していたのはFBIと民主党だった」とし、経済やアフガン・ウクライナでの失敗を難じ、下院を奪還したら「ディープ・ステートにお前はクビだ」と言うための改革を行い、左翼の検閲を止め、言論の自由を取り戻すと息巻いたが、詳細は措く。

中間選挙を7週間後に控えて共和党は、有力な大統領候補で不法移民流入の激しいフロリダ州のデサンティス、メキシコに接して不法移民に悩むテキサス州のアボット、そして前述のダグ・デューシーの3知事がこの4月以来、民主党知事の州に大量の不法移民を送り込んでいる。以下の()は20年の大統領選のバイデンvsトランプの得票率。

【ワシントン D.C.(94%vs6%)】

アボットは4月に初めて移民バスを出して以来、190台以上のバスで8000人以上を送り込んだ。ドゥシーも追随し、5月以来、50台のバスで1,800人余りを送った。バウザー市長(民主党)は9月初め、非常事態を宣言し、D.C.州兵の発動を要請したが、国防省は応じていない。

アボットは先週も、D.C.にあるハリス副大統領の海軍天文台邸にバス2台を横付けした。アボットは1日、「ハリス副大統領は我々の国境は“安全”だと主張し、危機を否定している。バイデン政権に仕事と国境の安全を求めるため、彼女の裏庭に移民を送る」とツイートした。

【ニューヨーク州(62%vs38%)ニューヨーク市(78%vs22%:ブルックリン)】

アボットは8月5日以来、45台以上のバスで2500人余りの移民を送り込んでいる。エリック・アダムス市長(民主党)は、今年の中間選挙でテキサス州の有権者にアボットの追放を呼び掛け、反撃している。

【イリノイ州(59%vs41%)シカゴ市(76%vs24%)】

プリツカー知事(民主党)は、8月31日に初めてテキサスから移民バスに到着し、今も毎日来ていると述べている。アボットは、その後数週間にバス10台以上で600人以上の移民を送り込んだとする。ライトフット市長(民主党)はアボットを「非米国人」と批判している。

【マサチューセッツ州(67%vs33%)マーサズ・ヴィンヤード】

デサンティスは14日、約50人の移民を乗せた飛行機2機を、オバマの別荘のあるケープコッドの南の島、マーサズ・ヴィンヤードに送った。飛行機はデサンティスがチャーターしたが、テキサス州から到着したらしい。

バイデンの住むデラウェア州(60%vs40%)への移送にも言及するデサンティスは15日、「国境の町が毎日対処していることのほんの一部が玄関に持ち込まれた途端、彼らは突然凶暴になり、起きていることにとても動揺している」「マーサズ・ヴィンヤードの飛行機は始まりに過ぎない」と述べた。

筆者はこの共和党3知事の洒落の効いた戦略、つまり、不法移民の対応を「国境の町」だけに担わせず、全米で等しく対応するという、が何かに似ていると感じた。それは福島第一原発の処理水の始末。その風評を福島漁民だけに担わせず、全国の内水に放出して、日本全体で担うという拙案だ。

これに24年の大統領選出馬を狙うカリフォルニア州のニューサム知事(民主党)らの一部識者や民主党政治家は、差別や詐欺や誘拐、あるいはいわゆるRICO法違反だとして、司法省による犯罪捜査を要求している。大統領選に色気のあるヒラリーも「文字通り人身売買にあたる」と首を突っ込む。

移送が違法かどうかは、ジョージ・ワシントン大学法科大学院のジョナサン・ターリー教授が17日の「Hill」に寄稿している。曰く、彼らの主張は「移送の政治性を証明するかも知れないが、犯罪は証明しない。もしガーランド司法長官がこの圧力に屈したら、彼は政府の枝そのもの(司法省)を切り落とすことになる」。

と言うのも、バイデン政権は共和党から秘密の「ゴースト・フライト」と非難された深夜便を含め、これまで何千人もの移民を全米に移送しており、過去からの慣行として民主党やその他の人々に擁護されてきた。よって、ニューサムらがそうした移送を起訴するよう要求することは、バイデン政権にとって逆効果となりかねないという訳だ。

マルコ・ルビオ上院議員(共和党フロリダ州)は、「人々はマーサズ・ヴィニヤードについて騒ぎたがるが、私が言いたいのは、問題は50人がそこに送られたことでなく、日々何千人もの人々が不法入国していることこそより大きな問題だ」と述べた(9月17日「Politico」)。不法移民の流入阻止こそ核心であり、「議論のすり替え」が行われているとの正論だ。

だが、中南米からメキシコへ飛んでくる米国への不法移民も、船で地中海を渡って来る欧州の不法移民も、その資金を然る大金持ちのグローバリストが出しているとの話が実しやかに囁かれている。欧州の場合、貧困のみならず民族問題も絡むだけに一層根が深い。

またルビオの正論も、移民の発生自体をどうすればなくせるかという更に深い問題には踏み込めていない。これの処方箋が、バイデン流の「皆で一緒に横断歩道を渡る式」か、あるいはトランプ流の「先ずは自国が強くなることだ式」かも、11月の中間選挙や24年への向けての重要な争点となろう。