自民党総務会の合同部会で「部会長一任」されたLGBT法案は、16日にも国会に提出される予定だが、自民党内では反対派が多数なので、まだどうなるかわからない。なぜこんなにもめているのか。最初から経緯を振り返ってみよう。
- 2016年:野党4党が「LGBT差別解消法案」を国会に提出
- 2018年:野党6党が同じ法案を提出
- 2021年:自民党が「LGBT理解増進法案」をまとめたが、国会に提出できず
- 2023年:同じ法案の文言を一部修正して自民党の部会で部会長一任
この法案の特徴は、野党の議員立法で始まり、自民党の稲田朋美議員が「性的指向・性自認に関する特命委員会」をつくったことだ。このため自民党が了承すれば、ただちに国会に提出できる。野党は(参政党を除いて)賛成なので、19日からのG7サミットまでに法案を可決・成立させることも不可能ではない。
LGBT法のメリットがはっきりしない
問題はその中身である。当初からもめていたのは差別禁止という文言で、最終案では「不当な差別はあってはならない」と修正された。性自認という言葉も性同一性と修正され、法律の名前も「性的指向又は性同一性を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案」となる。
しかし法案には、差別の定義が書いてない。これが同性愛者を就職などで排除してはいけないという意味なら、憲法14条で法の下の平等を定めており、そんな差別は発生していない。
聖書では同性愛を罪と規定しているため、キリスト教とイスラム教の文化圏では、LGBTを犯罪とする意識が強い。アメリカではゲイが殺される事件が起こっているが、日本では同性愛を理由に殺人事件が起こったことはない。
それどころか日本では男色は文化の一部で、マツコデラックスとかおすぎとピーコなど、テレビの人気者である。差別が発生していないのに、差別を禁止する法律をつくるメリットは何か。これがはっきりしない。
リスクは「男性が女性の空間に入ること」
このようにメリットはよくわからないが、リスクは明らかだ。経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員が、女子トイレの使用が制限されているのは不当な差別だと国を訴えた裁判で、1審の東京地裁は原告の訴えを認めたが、2審の東京高裁は制限は違法ではないという判決を出し、最高裁で審理している。
もしこの職員の訴えが認められると、同性愛者の男性が「私は女性だ」と言って女子トイレに入ることを役所は拒否できなくなる。今回の法案は、政府が基本計画をつくって毎年その実施状況を公表することを義務づけ、企業や学校にも対策の実施を求めている。
企業でも男性社員が「私は女だから女子トイレを使わせろ」と要求したら、企業はそれを許可しなければならない。許可しないと「不当な差別的取扱い」として訴訟を起こされる可能性がある。過剰コンプラで日本中にLGBT施設ができ、活動家の資金源になるだろう。
さらに2017年にイギリスではカレン・ホワイト事件が起こった。これは性転換した男が「自分は女だ」と主張して女性刑務所に入り、2人の女性受刑者をレイプした事件である。
性転換の前と後(右)のカレン・ホワイト
新宿の歌舞伎町タワーにはジェンダーレスのトイレができたが、女装した男の入ってくる女子トイレは犯罪の温床になるので、行政や企業はLGBTのための空間をつくる必要が出てくる。
日本だけが遅れているわけではない
このように日本ではLGBT法のメリットがほとんどないのに、リスクは大きい。人口の0.5%未満のLGBTのために、全国の役所や企業にジェンダーレストイレを設置する必要はあるのだろうか。
だが岸田首相は、LGBT法案成立に意欲をみせている。今年2月には、同性愛者を「見るのもいやだ」とオフレコで話した荒井秘書官をただちに更迭した。その理由は、5月19日からのG7サミットで「日本はLGBTの権利に鈍感だ」と批判されることを岸田首相が恐れているためだと思われる。
しかしアメリカ連邦議会が同性婚を認める法律を成立させたのは昨年12月。LGBTについては連邦レベルの法律はなく、民主党が提出した「平等法案」は、共和党が反対して成立しなかった。
「G7でLGBT差別を禁止していないのは日本だけだ」というのは逆で、同性愛差別を禁止する法律はG7にはない。差別禁止法の中で同性愛者の差別を禁じている国はあるが、LGBTだけを対象にする差別禁止法は日本が最初である。日本だけが遅れているわけではないのだ。
騒動の原因はエマニュエル大使の錯覚
ところが今年3月に、アメリカのエマニュエル駐日大使など(日本を除く)G6とEUの駐日大使7人がLGBT法案成立を求める書簡を岸田首相に出した。5月12日には、都内の15の駐日大使と一緒に「LGBTQI+の権利を支持する」という動画メッセージを発表した。
私が複数の親友から同じアドバイスを受けたら、それに対して真摯に耳を傾けます。都内15の在日外国公館は、ある共通のメッセージへの支持を表明しました。それは、われわれは全ての人の普遍的人権を擁護し、LGBTQI+コミュニティーを支援し、差別には反対するというものです。 https://t.co/LpXb5dLFKY
— ラーム・エマニュエル駐日米国大使 (@USAmbJapan) May 12, 2023
日本の国内問題にここまで介入する彼の真意はよくわからないが、この動画には大使館のウェブサイトからもリンクが張られている。これは「G7までにLGBT法案を成立させろ」というアメリカ政府の意思表示だろうが、ネット上の反応を見る限り逆効果だった。
エマニュエル大使がマスコミ各社のインタビューで強調しているのは、LGBT法案より同性婚の法制化だ。いま国会で問題になっていない同性婚を求めるのは奇妙である。
確かに日本以外のG7諸国はすべて同性婚を認めているが、日本では憲法24条の「婚姻は両性の合意のみに基いて成立する」という規定があるので、民法では同性婚を認めていない。
これが憲法違反かどうかについては判決がわかれているが、同性カップルを夫婦として戸籍に入れるには民法改正が必要である。憲法と矛盾する民法改正を法制審が答申することはありえないので、これは立法論として成り立たない。
岸田政権は不当な外圧に屈服するな
エマニュエル大使はこれを混同し、日本の法制度をよく知らないまま「日本はLGBTの権利を認めないおくれた国だ」と思い込んでいるのではないか(彼は憲法24条には一度も言及していない)。
いずれにせよアメリカ大使館が日本にここまで露骨に内政干渉するのは異常であり、失礼である。LGBT法案の実害は少ないが、ここで外圧に屈してG7の前に成立させると、日本はアメリカの属国になってしまう。そんな緊急性もない。
12日の合同部会では、反対18人に対して賛成10人だったが、採決しないで部会長一任となった。これも全会一致が原則の自民党総務会では異例であり、このまま強行突破すると、首相の党内基盤もゆらぎかねない。岸田政権は成立を急がず、G7後に改めて議論すべきだ。
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