『万世一系』をめぐる百田尚樹・池田信夫両氏への異論

百田尚樹氏の『日本国紀』では、おそらく王朝交替が何度かあって現在の皇室は神武天皇の子孫ではないとしている。普通はそういう考え方を『万世一系否定』というのだが、史実でなくともそう信じてきたことが大事とかいう趣旨のようだ。

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そんなものは、詭弁だと思うが、日本保守党とやらに賛意を示す人は、論理的で整合性が合う主張など興味がない人の集まりなのだろう。

池田信夫氏がアゴラの記事で、

科学的に嘘だと実証された話を(代表自身が嘘と認めながら)理念に掲げる心情右翼は危険である。それは科学的に成り立たない「汚染水は危険だ」という話を「お気持ち」で語る心情左翼と同じだ。

日本の野党がだめな理由は、自公政権に対して事実や論理で対抗できず、大衆の「お気持ち」を連呼するだけだからだ。そこにもう一つ右翼的な「お気持ち」を語る政党が出てきても、政治は何も変わらない。

と仰っているのは慧眼である。

ただし、私は皇室が、日本国家成立以来、男系男子の同一家系に属していると考えており、ダイヤモンド・オンラインで『「皇室のルーツ」どこまで知ってる?教科書では学べない“万世一系”の真偽』を書いたので、ここではその要旨と、深掘りした解説を書く。

「皇室のルーツ」どこまで知ってる?教科書では学べない“万世一系”の真偽
世界を相手に活躍するビジネスマンなら、自分の国の歴史とか文化についてうんちくくらい語れないと少し恥ずかしい。しかも、単に知識があるというだけでなく、外国人から「一目置くべき人だ」と評価されるような内容を語るべきだ。ところが、戦後の歴史教育は、日本人に戦前を反省させ、国民に「日本は他の国より優れてる」とは考えさせないこと...

万世一系が真実かどうかということは、紀元前後の同時代文字資料などないのだから、100パーセント確実だとはいえないが、『日本書紀』は偽書でも何でもないし、7~8世紀に読み書き能力が支配層において一般化した時期において、多くの人が納得するコンセンサスだったとみるべきだと思う。

また、中国の史書とか好太王碑のような考古資料とも長すぎる帝王たちの寿命という一点を除き非常に良く整合性がとれており、信頼性は高いと考えている。

とくに、私が重視しているのは、378年に雄略天皇とみられる倭王武から南朝の宋の皇帝に出された上表文のなかで、この王者の先祖が、近畿地方から出発して、東日本と西日本、さらには海峡を渡って朝鮮半島に領土を広げたと書いてあり、『日本書紀』の記述と一致することである。

『日本書紀』によれば、日本を統一したのは、仲哀天皇と神功皇后であり、その孫の仁徳天皇のころから、中国との外交が始まったことが書かれている。この仁徳天皇は倭の五王の最初の倭王讃の可能性が高く、倭の五王の最後の倭王武は孫である。

つまり、日本の建国統一の過程についての記憶が生々しい時代に、雄略天皇が公式文書で歴史認識を語っているのであって、そんな史実に反するデタラメを書いたならば、すぐにばれるから大筋は間違いないとみるのが普通だろう。そこには、倭の五王の血縁関係も書かれており、男系男子による継承が原則だったことも確実である。また、倭王武に対する南朝の扱いも疑いなく統一国家の帝王に対する扱いで、連邦国家だった気配などない。

それとか、4世紀に半島で日本と高句麗が激しく半島南部の支配をめぐって争ったことを高句麗側が碑文にしているのだから、朝鮮進出も確定的に史実である。

そういう意味で、『日本書紀』の建国物語とか、皇統継承についての記述は大筋、正しいとみるべきである。

池田信夫氏による「女帝がそれほど例外的でなかったのでは」という指摘は正しいと思うが、男系天皇にほどほどの年齢の継承者がいなかった場合に、過去の天皇の男系子孫である女性が何らかの形で政務を見たことが度々あったかもしれないという意味では正しいが、女系継承などの可能性を示唆するものはない。

また、天皇の称号が漢字表記として七世紀に使われ始めたのは事実だが、もともと、呼び方は『記紀』以前の時代から平安時代あたりまでスメラミコトとかオオキミであって(そののちはミカドなど)、テンノウという呼び方は明治になってからのものだ。その意味で『日本書紀』が嘘を書いているわけでない。中国語への訳語の選択の問題だ。

また、帝王の血統は世界のたいていの国で尊重されており、そんなに簡単には交替しない。フランスやドイツのようなフランク王国の系統を引く国では、サリカ法典で男系男子嫡系が原則だ。

その周辺の国では、その家系ごとに、男系で適任者がいなかったら女系でもいいとか(ノルマンディー家の原則を継承した英国)、非嫡子でも場合によってはいい(スペイン)などバリエーションがあるだけで、だいたいは建国以来、原則は変わらないのがむしろ普通だ。

中国は夏殷周はそれぞれ1000年以上続いたが、あまりにひどい帝王が出たり、国家の統一がいったん解消されて、戦国時代となって秦の始皇帝が出て、それが自滅した後、漢が長く続いたが、それ以降は、魏が考えた禅譲という新しい習慣で王朝がいくらでも交替する例外的な国になった。

ほかの東洋の国では、頻繁な王朝交替とか、複数の家系による継承等、ないわけでないが、たとえば、チンギスハンの子孫であることは、モンゴル人にとって絶対的な王者の条件であり続けた。

だからこそ、チムールだって、ハーンを最後まで名乗れなかったし、チンギスハンの血統が重視された結果、その子孫は1600万人にも達したりするのだ。

その意味でも、日本の皇室がいわゆる万世一系であることは、そこまで不自然でもないのである。

「日本国紀」は世紀の名著かトンデモ本か