ロシア軍がウクライナに侵攻した時、欧米諸国のほとんどが迅速にウクライナへ人道支援、武器供与を実施していった。
ドイツは紛争地への武器供与は禁止されているという理由から慎重な姿勢を堅持し、重武器を提供した他の欧州諸国とは違い、軍用ヘルメット5000個をキーウに供与すると発表し、欧米メディアから冷笑された。その後、ショルツ独政権はZeitenwende(時代の転換)を標榜し、米国と歩調を合わせて、主力戦車レオパルトなど重兵器をウクライナに提供していったことは周知の通りだ。
ところが、パレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」が今月7日、イスラエルとの境界網を破壊、侵入し音楽祭に参加していたゲストや集団農園(キブツ)を襲撃して1300人余りのユダヤ人らを射殺、200人以上の人質をガザ地区に拉致した「ハマス奇襲テロ」が起きると、ドイツ側の反応は素早かった。
バイデン米大統領は戦時中のイスラエルを現職大統領として初めて訪問したが、その数時間前、ショルツ首相はイスラエル入りし、17日、ネタニヤフ首相と会談した。欧米諸国ではハマスのテロ事件後、イスラエルを訪問した最初のリーダーという名誉を獲得している。
ハマスの奇襲テロ事件に対するドイツの立場を最も明確に述べたのはハベック副首相(経済相兼任)の声明だろう。同副首相はハマスのテロを厳しく批判する一方、イスラエルに対して、「ドイツは常にイスラエル側を支援する。その連帯には制限がない」と強調し、「ハマスのテロで多くのイスラエル人が犠牲となった。そのような中でドイツ国内で親ハマスのデモ集会が開催されることは絶対に許されない」と指摘し、ドイツ国内では反イスラエル、親ハマスのデモ集会に参加する者は処罰されるべきだと述べた。ハベック副首相はイスラエル支援を「ドイツの義務」と呼んでいる(「イスラエル軍のガザ攻撃の『正当性』」2023年10月17日参考)。
シュタインマイヤー大統領もショルツ首相も、「ドイツ民族はイスラエル民族の安全に責任がある」という点で同じだ。ドイツは、ナチス・ドイツ政権が第2次世界大戦で600万人のユダヤ人を虐殺したという歴史的事実に対し、謝罪し、2度とそのような蛮行を繰り返さないことを戦後何度も宣言してきた経緯がある。
イスラエル軍はハマス壊滅に乗り出し、空爆を繰り返す一方、ガザ地区への地上軍の導入を準備している。イスラエル軍の空爆でガザ地区のパレスチナ人に多くの犠牲が出てきた。国連児童基金(ユニセフ)によると、2360人の子供が犠牲になったという。そのようなニュースが報じられてくると、アラブ・イスラム国家だけではなく、欧米社会でもイスラエルは空爆を中止、人道的停戦を実施すべきだという声が高まってきた。
例えば、国連のグテーレス事務総長は24日、安保理会合でハマスのテロを批判する一方、ガザ地区のパレスチナ人の困窮にも言及し、イスラエルによる56年間のガザ地区の統治を間接的ながらも批判した。グテーレス事務総長の発言を聞いたイスラエルの国連大使は激怒し、「事務総長は辞任すべきだ」と要求した。国連事務総長は自身の発言が大きな物議を醸し出したことを知って、「私の発言を誤って解釈している」と反論している。
欧州連合(EU)の加盟国が人道的停戦かイスラエル軍の報復攻撃続行かで意見が対立している中、ドイツのベアボック外相は国連安保理で、「テロリストと闘って壊滅してこそイスラエルとパレスチナに平和と安全がもたらされる。ハマスは依然、ロケット弾をイスラエルに向けて発射し続けている」と説明、イスラエル軍のガザ報復攻撃を全面的に支持している。ドイツのイスラエル支持は欧米諸国の中でも少々特出している、という印象すらあるほどだ。
ドイツ政府の無条件のイスラエル寄り政策は問題がないわけではない。ハマスの奇襲テロ事件後、ドイツ国内で反ユダヤ主義的言動が増加し、親パレスチナ派のデモ集会が頻繁に開かれ、一部、治安部隊と衝突している。
もちろん、反ユダヤ主義を標榜し、パレスチナを支援する国民は主にアラブ系、イスラム系の国民が多いが、それだけではない。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は移民反対、外国人排斥を掲げる一方、党指導部には反ユダヤ主義傾向が見られ、ガス室の存在を否定し、ホロコーストを否定する発言をする支持者もいるのだ(「独AfDは本当にネオナチ党か」2017年9月26日参考)。
そのAfDは最新の世論調査によると、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで20%以上の支持率を得ている。すなわち、国民の5人に1人は反ユダヤ主義的傾向のある政党を支持しているという現実があるわけだ。ちなみに、世論調査ではショルツ連立政権の3党、社会民主党(SPD)、「緑の党」、「自由民主党」(FDP)は合わせても40%以下の支持率しかない。
パレスチナではイスラエルとハマスの戦いが続く一方、欧州ではドイツがパレスチナ紛争の第2フロントとなって親パレスチナ派と親イスラエル派が路上で衝突する、といった懸念すら予想され出したのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。