パレスチナ人はアラブの危険な番犬?

アラブ諸国にとって「パレスチナ問題」はアラブの結束を内外に誇示する貴重なテーマだった。その背後には、イスラエルへの対抗という政治情勢があった。だから、アラブ諸国はパレスチナ難民を人道的、経済的に支援してきたが、アラブ諸国の中でイスラエルと国交を正常化する国も出てきたこともあって、パレスチナ問題はもはやアラブの結束を促すテーマから徐々に脇に追やられていった。

踊りだしたパレスチナの人々
(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)

ただし、アラブ諸国は公式の場では依然、パレスチナ人の支援を表明する。パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激派テロ組織「ハマス」がイスラエルに侵入してテロを行い、イスラエル軍がガザ地区に報復攻撃を始め、ハマス壊滅に乗り出すと、アラブ諸国はハマスの奇襲テロには一定の距離を置きながらも、イスラエル軍の報復攻撃を受けるパレスチナ人に同情と連帯感を表明している。

興味深い点は、パレスチナ人に同情心を有するエジプト、レバノン、ヨルダンもイスラエル軍の攻撃から逃れ彷徨うパレスチナ人難民を収容しようとする動きはないことだ。アラブ諸国は過去、パレスチナ難民の収容を拒否してきたが、現在も同じように拒んでいるのだ。

パレスチナ自治区ガザ地区からエジプトに入国できる唯一の検問所ラファは国連や国際社会からの圧力もあって人道的支援物質をガザに運び入れるためにオープンされた。その後、外国人旅券を有する住民はエジプトに入国が許可されたが、パレスチナ人は重傷患者以外はエジプトに入国許可されない。10月7日前もパレスチナ人は合法的にエジプトに入国するチャンスはほとんどなかった。

(ガザのパレスチナ人にとって、ヨルダン川西岸に移動することも、レバノンに行く道も、北東のシリアに行く道も塞がれている。イスラエルはパレスチナ難民がガザを出て自国を旅行することも認めていない)

エジプトがパレスチナ難民を受け入れない理由としては、経済的な負担があるだろう。数万人のパレスチナ人がエジプトに殺到すれば、彼らを収容するために難民キャンプを設置し、人道的支援を実行しなければならない。巨額の経済的負担であることは間違いない。

それだけではない。エジプトがパレスチナ人の入国を拒否するのは、難民の中にハマスが入り込み、その過激な思想が国内に広がることを恐れているからだ。エジプトはイスラム原理主義者の政治組織「ムスリム同胞団」の発祥地であり、ハマスは「ムスリム同胞団」の系列に入る。

エジプトではアブドル・ファタハ・エルシーシ大統領がエジプトを統治する前、「ムスリム同胞団」出身のムハンマド・ムルシ氏が2012年から13年まで大統領を務めた。後継者のエルシーシ氏は同組織に対して強硬な措置を講じ、テロ組織として分類し、ムルシ氏を逮捕した。

ハマスがパレスチナ難民の中に入り、シナイ半島を拠点とするイスラム過激派グループと合流するようなことがあれば、エジプトの治安は再び混乱することは避けられない。近年、シナイ半島はイスラム過激派の潜在地となっているからだ。

ヨルダンもガザ難民の受け入れを拒否している。同国は過去、多くのパレスチナ人の入国を許可した。その結果、人口の3分の1はガザまたはヨルダン川西岸の出身者だ。ガザからヨルダン川西岸までの回廊を設置する案について、ヨルダンの現国王アブドゥッラー2世は直ちに拒否し、「ヨルダンには難民はいらない」と語っている。同時に、ヨルダンはパレスチナ人に対して「あなた方が一旦、パレスチナ以外に出国すれば、再び入国できなくなるだろう」と指摘し、自身が住んできたパレスチナから出ることを避けるように呼び掛けている。

シリアは10年以上の内戦下にあった。アサド政権にとって国の立て直しが先決だ。一方、レバノンはシリアからの難民で溢れている。人口約600万人のうち約150万人がシリアからの内戦避難民だ。パレスチナ難民を受け入れる余地がない。

カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦は難民の宿泊施設に資金を提供できるが、西側からの裕福な外国人以外の外国人、難民の入国を認めていない。イランはハマスの最大の支持者だ。ガザからパレスチナ人の大量出国はイランの利益とはならない、といった具合だ。

ドイツ民間ニュース専門局ntvのケビン・シュルテ記者は11月4日、「なぜアラブ諸国はパレスチナ人を恐れるか」という記事で、「アラブ世界はパレスチナ人に同情しているが、潜在的には彼らを危険な番犬と見なし、自分たちの寝室や子供たちから遠ざけたいと考えている。番犬は寝室ではなく庭につながれ、敵(イスラエル)に対して吠えるべきだと思っている」と書いている。

アラブ諸国はパレスチナ問題を自国の安全装置のように考えているのだろう。パレスチナ人にとって不運といわざるを得ないわけだ(「『パレスチナ問題』をもう一度考えよう」2020年11月20日参考)。

ガザでの惨劇は続いている PRCS(パレスチナ赤三日月社) HPより (編集部)


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。