混乱続くスペイン政治:サンチェス氏が新首相になれたトンデモ事情

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独立派政党とテロリスト政党に操られた首相の誕生

スペイン下院は総選挙から4か月後の11月16日、暫定首相として政権を預かっていたサンチェス氏が首班指名で過半数の議席を獲得。首相としての任を継続することになった。

サンチェス・スペイン首相
出典:ok diario

7月の総選挙で与党と野党第1党は、首班指名を得るのにそれぞれ4議席の票がたらなかった。最初は獲得した議席数で一番多かった野党第1党のフェイホー党首が首班指名に臨んだが、過半数の賛成票を得ることができなかった。そこで今度は暫定首相のサンチェス氏が臨んで、過半数の議席を獲得。首相として継続することが決まった。

この両者の唯一の違いは、後者は独立派政党4党と元テロリスタ・エタ政党からの支持を得て過半数の支持票を獲得したということだ。

政治逃亡者に恩赦

その中で最も注目を集めたのは、プッチェモン氏が率いる政党の7議席が、サンチェス氏を支持したということが決定打になったことである。

プッチェモン氏は2017年にカタルーニャで独立の為の住民投票を実施した主犯者である。彼は反逆罪と横領罪で逮捕される前にベルギーに逃亡。皮肉なもので、その逃亡者がサンチェス氏が首相になる決定を下したキーマンとなったのであった。

その為の交換条件は、プチェモン氏を含め2012年からカタルーニャで始まったプロセスに加わって法廷から刑を処せられた被告人多数を恩赦するということである。勿論、この恩赦が実行されればプッチェモン氏はスペインに帰国できるようになる。

この恩赦に対して、警察や治安警察は強い不満を表明している。なせなら両警察はプロセスの課程の中で発生した暴力デモを取り締まるのに負傷者も出て、数人の警官は怪我で職場に復帰できなくなった者もいる。暴力を振るった者も恩赦の対象になるということで治安維持の組織体でもサンチェス氏に対し強い不満を表明している。

また司法でも不満を表明。これは裁判での判決を覆して政治的に恩赦を与えようとするもので、司法の正当性を無視する行為に繋がるものであり、憲法で認められていないことだ。それを敢えてサンチェス氏はプッチェモン氏に約束した。この司法権を無視したサンチェス氏のこの判断にスペイン全国で800人の判事らが各地で抗議をした。

サンチェス氏のさらなる譲渡

サンチェス氏は、カタルーニャ州政府の政権を担っている別の独立派政党からも支持票を得るために、カタルーニャ州に今後150億ユーロの投資を約束し、これまでの負債の棒引き、近距離電車の運営を同州に一任するなどを約束した。

またバスク地方の独立派政党に対しても自治政府が中央政府に依存せず、あたかも独立国家であるように振舞える社会保障機構の変更やバスク警察の統括権の拡大などを許可した。

元テロリスタ・エタの政党も同じく賛成票を投じた背景には交換条件がある。が、まだその詳細は不明だ。

以上の権利の譲渡の目的はただひとつ。サンチェス氏が独立政党や元テロリスタ政党から首班指名で支持票を得るためだ。これによって、独立派政党とテロリスタ政党はスペインの首相を遠隔操作できる下地をつくったのである。

独立派政党とテロリスト政党の前に国家権威の喪失

スペインがその為に払う金銭面の負担、更に独立派政党に対し国家としての権威の喪失は甚大だ。それも、サンチェス氏が自らが首相のポストを継続したいという自我欲のためである。

彼の政党である社会労働党の議員の中にも、特に逃亡者プッチェモン氏を恩赦を与えるなど許し難いことであると考えている議員は多くいる。しかし、スペインで議員になるためには党の執行部がそれを決めるので、執行部の決定には逆らえない。そのトップにいるのがサンチェス氏なのだ。

今回首班指名で反対票を投じると党則に従わなかったとして議席を剥奪される可能性もある。議席を剥奪されればただの人になってしまい、明日から職場を探さなくてはならない羽目になる可能性が高い。だから反対票は投じられないのである。

矛盾しているのは、これまでサンチェス氏そして閣僚の中にいる二人の判事を含め、大半の閣僚は「恩赦は憲法に違反するもので、それは全く容認できる余地はない」と、これまでジャーナリストから質問されるたびにそのように断言していた。それが今では逆に180度転換したものになっている。全くの詭弁でしかない。その詭弁で誕生したのがサンチェス首相である。

新政権は長くは続かない

このようなサンチェス氏の首相のポストに何が何でもしがみ付こうとする姿勢の前に、この新政権がいつまで続くことができるのか未定である。

しかし、長続きはしないはずだ。何しろ、サンチェス首相は支持票を得るために自分の政党以外に7政党を味方につけたのである。そこには必ず交換条件がある。しかも、7政党は個々に異なった目的を持ち、或いはライバル関係にもある。例えば、カタルーニャ州とバスク州ではそれぞれライバルの2つの政党がサンチェス氏の支持に回ったのである。それぞれライバルの政党を政府が満足させるのは容易ではない。

独立派政党の望むことを叶えてやって、スペイン国家全体の未来を犠牲にしてまで首相のポストにしがみ付くサンチェス氏の我儘には、彼の政党のOBの多くまでが不満を表明し、離党した者もいる。

スペインで首相として14年政権を担った同じ政党のフェリペ・ゴンサレス氏は独立派政党に譲歩する前に、あらためて総選挙に臨むべきだと語っていた。サンチェス氏がなぜ再度総選挙をすることを敬遠しているのか? 理由は明らかだ。総選挙に臨めは負けることは自明であるからである。

これからいつまで彼の政権が継続するかわからないが、彼の政権が続く限りスペイン社会は不安定な状態が続くであろう。彼が首相に選出された同じ日にマドリードで1800人の企業家が集まった集会があったが、その中でスペインで最大規模のスーパーマーケットの経営者ロッチ氏は「同じようなことがポルトガルで起きていれば、わが社のポルトガルでの投資は控えめにしていたはずだ」と語った。

サンチェス氏のこれまでの政権下では、企業に対し税率を上げたりして企業経営を容易にする対策を講じてこなかった。また今回の首班指名でのサンチェス氏は演説の中で利益を上げている企業へは今後も課税の対象にしていくことを表明した。これがスペイン企業連合で同氏への支持が低い要因となっている。

これからも終末には恩赦に反対する抗議デモが続けられることであろう。11月18日には全国での抗議デモがあったが、マドリードでの参加者は17万人と警察当局は発表した。

11月17日に行われた恩赦に反対するマドリードでの抗議デモ
出典:EL PAÍS