大規模金融緩和を修正しても経済停滞は止まらない

中村 仁

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アベノミクスでぬるま湯に浸かった

日銀は18、19日に金融政策決定会合を開き、10年以上続く大規模金融緩和(異次元緩和)政策の方向転換をさらにどう進めるか議論します。植田総裁が「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と発言(12月7日)した直後の会合です。「本当に本気なの」と注目されています。

安倍派の裏金疑惑で政局が大混乱しているので、金融政策も様子をみることになるのかどうか。逆に政府は日銀に圧力をかけるどころではなくなっているので、日銀の独立性を取り戻す機会がきたと思うべきです。

安倍氏が故人になってから、旧統一教会と自民党との因縁に満ちた関係、安倍派の政治資金の還流疑惑(息を吹き返した地検特捜部)が明るみになり、さらに修正に向った大規模金融緩和など、潮目が大きく変わり始めています。これらを含めて、安倍政治の再検証が必要です。日銀も大きな枠組みで考えたほうがいいと思います。

政局の混乱は長期化します。政局の様子を伺っていたら、いつまでたっても金融政策の正常化が進まない。中国経済が不調に陥り「デフレ輸出」(過剰在庫の値下げ)が広がっているようです。日本の物価が下げに転じ、「2%目標」が怪しくなり、ぼやぼやしていると、身動きがとれなくなる。

市場関係の専門家は、来年を含めた今後の円相場について「135円-149円」とかの円高、株価については「3万5000円-4万2000円」とかの株高を予想しています。私はそんな目先の予想より、もっと大きく目を見開いて、価格機能を喪失した市場はどう再生させるかについて発言してほしい。

専門家は視野の狭い虫の視点ではなく、上空からの鳥の目で観察すべきです。日本経済の長期トレンドと10年以上に及ぶ大規模金融緩和と財政拡張策がもららしてきた負けの遺産に、市場の専門家はもっと目を向け、言及すべきです。専門家は市場のディーラーとは違うのです。

プア・ジャパン/気がつけば貧困大国」(朝日新書)というタイトルで、経済学者の野口悠紀雄氏が近著で警鐘を鳴らしています。「かつて『ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれたこの国は大きく退潮し、貧困大国に変貌しつつある」と主張しています。

1980年代、日本は世界のトップに立った。そのころから世界経済の構造が大きく変わり始めた。それに対応して日本の産業構造と社会構造を変えることが必要だった。日本はそれを怠り、古い構造を固定化してしまった。日本衰退の基本的な原因はここにある。

さらに「円安と補助金が古い経済構造を固定化した」と、アベノミクス(2013年から)とそれを継承した岸田政権を批判しています。

アベノミクスが行われたこの10年の日本の凋落に目を奪われる。2012年、一人当たりのGDPは米国と同水準で世界13位。それが今や27位で、この10年で凋落した。2000年にはG7の最上位だったのに、今や最下位を争う。

企業に対する最も大きな補助金は円安という形で行われた。これが2000年ころからの経済政策の基本になり、アベノミクスに継承された。円安で上場企業は空前の利益を上げるようになった。

脱デフレを実は円安誘導で実現しようとしたに違いありません。

円安で円ベースの輸出額が増えました。円安で高騰した原材料は、中小企業は消費者に転嫁され、国内物価が上がりました。23年の春闘では、賃上げ率が3・6%と、これまでに比べ格段に高い率になりました。その一方で、物価が3ー4%も上がりましたから、実質賃金はマイナスです。

とにかく物価は日銀の「2%目標」を超えていますので、賃上げが順調ならば、金融政策の方向性を変える(利上げ、緩和規模の縮小)というのが植田総裁のスタンスです。

ここで問題になるのが「賃金が上がらなかった基本的な理由は生産性が上昇しなかったからだ」という点です。生産性とは一人当たりの付加価値(売上高から原価を引いた粗利に近い)です。付加価値が上がらなければ、政府主導の賃上げ(官製春闘)は一過性で終わります。野口氏の見立てです。

野口氏は「米国はAI、生成AI、ビックデータ、データサイエンスなど強力なエンジンで駆動されている。日本の経済構造は1980年代のままだ」と指摘します。日本は情報通信産業、デジタル化産業が成長していない。

日本のデフレの原因は、経済構造の転換の遅れ、成長の停滞にあるのに、日銀が「デフレは金融的な現象」と頑固に信じてきました。異次元金融緩和、財政拡張が長期にわたり、円安で企業収益は労せずして増えました。日銀のETF(上場投資信託)購入で株価が高値に維持され、企業経営者は安閑としていられたのです。ぬるま湯です。

こういう実態に対して、「マイナス金利をいつ廃止するか」、「YCC(長短金利操作)をいやめるか」といった問題にとどまっていたら、日本経済が停滞から抜け出すことはできません。かりに出口(異次元緩和の方向転換)に差し掛かったとしても、これは「出口といっても、出口の入口」にたどり着いたのに過ぎないのです。何年もかかる。

こんな状態を招いたのは、大規模金融緩和と財政膨張策があまりにも長く続いた結果であり、大胆に政策転換しようとすれば、市場が大きく動揺するのでためらってしまう。その大きな原因は長すぎたアベノミクスと、それを継承せざるを得なかった岸田政権にあります。

旧統一教会と自民党との深い関係、特に安倍派のパーティー券収入の不透明な資金還流、息を吹き返した地検特捜部、大規模金融緩和の方向転換など、政治を巡る潮流が変わってきたように思います。

安倍政治とはいかなるものだったのかの再評価が必要になりました。「安倍晋三回想録」(中央公論新社、オーラルヒストリー)「安倍晋三実録」(元NHK記者)、右翼系の月刊誌の安倍神格化特集など、もっぱら肯定的評価、礼賛を底流とした安倍晋三論が目立ちました。大規模金融に「出口」が必要なら、安倍政治の「出口」も模索しなければなりません。

 


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年12月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。