バチカン刑務所は3つの独房しかない

バチカン裁判所のジョゼッベ・ビ二ャトーネ判事は16日、2013~14年にかけ不動産投資などに絡み横領の罪に問われた枢機卿アンジェロ・ベッチウ被告(75)に対し、禁錮5年6カ月と無期限の公職追放、罰金8000ユーロを言い渡した。ファビオ・ヴィリオーネ弁護士によると、被告は無罪を主張し、上訴する方針だ。

「最後の審判」ミケランジェロ

ベッチウ被告の容疑は、英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での横領だ。同枢機卿自身はこれまでも何度か「不正はしていない」と容疑を否認してきたが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれ、金融情報局のレーネ・ブルハルト局長(当時)も辞任した。バチカンが事件の発覚からバチカン警察の捜査、関係者の処分と素早く対応したのは、それだけ問題が深刻だという認識があったからだ。ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。

フランシスコ教皇は2019年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシ―で不動産購入への投資に利用されたことを認め、「バチカン内部の告発で明らかになった」と述べている。2億ドルが不動産の投資に利用されていたのだ。ちなみに、裁判は2年半、これまで80回の公判が開かれた。

ベッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送った疑いがある。同枢機卿の辞任は当時、それらの疑いが確認された結果、と受け取られた。同枢機卿は記者会見で「フランシスコ教皇は、私に『あなたをもはや信頼することができない』と述べた」と明らかにしている。

「枢機卿の犯罪」として、同有罪判決のニュースは全世界に流れた。枢機卿といえば、通称「ペテロの後継者」と呼ばれているローマ教皇の次に位置する高位聖職者だ。世界で13億人の信者を抱えるカトリック教会で枢機卿は現在200人を超えるが、次期教皇の選挙権を有し、コンクラーベに参加できる80歳未満の枢機卿は137人だ。ベッチウ枢機卿はその1人だったのだ。それだけではない。フランシスコ教皇が2018年6月に枢機卿に任命した聖職者であり、「教皇が最も信頼する枢機卿」の1人と受け取られ、バチカン列聖省長官を務めてきた人物だ(ベッチウ被告は枢機卿時代の2020年9月24日、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇はその辞任申し出を受理した)。同被告は当時、「全ての枢機卿としての権利を放棄する」と述べている。

ところで、判決後、新たな問題が浮上してきた。バチカン裁判所はベッチウ枢機卿を含め被告7人に計37年の禁錮刑を言い渡したが、バチカン刑務所には3つの独房しかないのだ。いずれもバチカン市国憲兵隊の建物内にある。近年使用されているが、短期間のみで、今回の7人の被告を数年間拘留できる施設、生活用具など整っている独房はないのだ。

世界の各教会でこれまで聖職者による未成年者への性的虐待犯罪が発生してきたが、性犯罪を行った聖職者がバチカン刑務所に送られるということは皆無だった。聖職者の犯罪は隠蔽されるか、他の教区に人事されるだけで、バチカン刑務所に拘留されることはなかった。その結果、バチカン刑務所は久しく存在したが、拘留される聖職者・関係者はほとんどいなかった。だから、刑務所の拡張といった考えは出てこなかったわけだ。繰り返すが、バチカン聖職者や関係者がこの世の人間より清く、正しかったからではない。

しかし、ここにきて教会を取り巻く事情は大きく変わってきた。聖職者の未成年者への性犯罪件数が余りにも多いこともあって、メディアでも報道されるようになった。その結果、教会への信頼や名声は地に落ち、教会から脱会する信者が絶えない状況になった。同時に、裁判に訴えるケースも出てきたのだ。

参考までに、最近では、バチカン刑務所に拘留された人物は、教皇ベネディクト16世の執務室から機密文書を盗み出した通称「ヴァティリークス事件」(Vatileaks-Fall)の主犯、元従者パオロ・ガブリエレ氏だ。同氏はベネディクト16世から恩赦を受けて早期釈放された。同氏のバチカン独房生活は59日間だった。

バチカン刑務所ではなく、この世の刑務所で拘留生活を体験した枢機卿も1人いる。フランシスコ教皇に財務省長官に任命されたジョージ・ペル枢機卿は1990年代に2人の教会合唱隊の未成年者に性的虐待を犯したとして2019年3月、禁錮6年の有罪判決を受けて収監されている。同枢機卿は2020年4月、無罪を勝ち取ったが、今年1月10日、ローマの病院での通常の股関節手術後、心臓病の合併症を起こして急死した。81歳だった。同枢機卿は約400日間、独房生活を強いられた最初の高位聖職者だった(「400日『独房』にいた枢機卿」2020年10月16日参考)。

イタリア北東部のトリエステのカトリック教会の神父(当時48)は13歳の少女に性的虐待を行ったことを司教に告白した後、部屋で首を吊って死んでいるところを発見されている。未成年者への性的虐待で12年の刑期を言い渡され米マサチューセッツ州の刑務所に拘留されていた米国のポール・シャンレィ神父(Paul Shanley)は2017年7月末、刑期を終えて出所した。同神父の性犯罪は、米ボストングローブ紙が摘発し、米カトリック教会の聖職者の性犯罪問題を暴露、2002年のピューリッツァー賞を受賞している(「元神父は刑務所で何を考えたのか」2017年8月3日参考)。

罪を犯す聖職者の増加を受け、バチカンの敷地内で新たな刑務所を増設することも一つの案だが、イタリアの刑務所を利用することが現実的な選択肢だ。イタリアとバチカン間の1929年のラテラン条約以来、教皇庁はイタリア領土内の刑務所に受刑者を収容できるようになったからだ。イタリアの刑務所の収容能力はバチカン刑務所の比ではない。

ノルウエーの大量殺人犯アンネシュ・ブレイビクは独房に入った後、インターネットの接続や読みたい本などを次々と刑務所側に要求し、「ノルウエーの刑務所はホテルのようだ」と言われたことがあった。バチカン刑務所であろうが、イタリア刑務所であろうが、拘留された聖職者は自身が犯した罪の悔い改め、そして死後、神の「最後の審判」を受けるための心構えを準備しなければならないはずだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。