Nature誌に「GDF15 linked to maternal risk of nausea and vomiting during pregnancy」というタイトルの論文が掲載されている。また、News&Views欄で「Pregnancy sickness linked to hormone from fetus」と紹介されている。GDF15(growth differentiation factor 15)はいといろな病気との関連が報告されているホルモンだが、食欲を抑える機能も指摘されていた。
2018年にはゲノムワイド相関解析によって、GDF15が妊婦の吐き気や嘔吐に強い関連を持つことが示されている。脳幹に作用して吐き気を起こすことやがんの悪液質(食欲がなくなって、体重減少を引き起こすなどの進行がんの症状)にも関わっているらしい。
このGDF15遺伝子の個人間の遺伝子の違いによって、202番目のアミノ酸がヒスチジンからアスパラギン代わるH202D多型が存在する。コロナ感染症流行前にはH202Dを説明するのが難しかったが、コロナ感染症でE484K変異株などの言葉が頻回に使われていたので、一般の方も漠然と理解されているように思う。
このHタイプとDタイプを妊娠していない人で比較すると、Dタイプでは血液中のGDF15の濃度がかなり低い。また、つわりのない妊婦とつわり症状が強い妊婦で比較すると、症状の強い人では、つわりのない人よりも、妊娠6ー12週のGDF15の値が上回っている。
なぜ、News欄のように胎児(+胎盤)から作り出されるホルモンが・・・・と言えるのか?それも、やはりアミノ酸の違いを検出した結果だ。母親がHH型(ゲノムの二つの遺伝子が共にH型)で胎児がHD型(母親からH型、父親からD型)の場合、タンパク質のタイプを調べることによって、GDF15が胎児由来かどうかを識別できるからだ。
妊婦がHH型の場合、妊娠前からGDF15が高いので、受容体が慣れていて、GDFが妊娠初期に上昇しても強い反応を引き起こさないが、D型で妊娠前に低い場合にGDF15が増えると、過剰に反応して強い吐き気・嘔吐を引き起こすようだ。何だか、難しい話だ。
βサラセミア(遺伝的に引き起こされる先天性小球性溶結性貧血症)患者では血中のGDF15が定常的に高値であり、この病気を持つ妊婦はつわり症状を示すことが稀だそうだ。胎児がGDF15を作り出しても、高い値に慣れていると吐き気や嘔吐が起こらないという仮説に合致している。
妊婦によっては強いつわり症状が長く続くため、体重減少がひどくなって、胎児の生命に関わる場合もある。高いGDF15が、吐き気・嘔吐・食欲減退の原因であれば(論文を読む限りにおいては因果関係がありそうだ)、これを抑える新な治療薬の開発も期待できる。つわり症状の背景は、もっと複雑だとは思うが、重要な第1歩だ。
遺伝子多型は重要だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。