プーチン「もしトラ」待望論

1月23日、トルコがスウェーデンのNATO加盟を承認した。同じ日、やはり未承認国だったハンガリーも、「最後の承認国になりたくない」らしいオルバン首相が、スウェーデンのクリスターソン首相をNATO加盟交渉のためブダペストに招くと表明した。承認に向かう可能性が高い。

それまでNATOに距離を置いてきたフィンランドとスウェーデンが加盟申請したのは、22年2月24日に始まったプーチンによるウクライナ侵略から3ヵ月経った5月のことだ。フィンランドは1年後の23年4月、ようやく31番目の加盟国として承認されたが、スウェーデンは遅れていた。

トルコが両国のNATO加盟に反対していたのは、トルコがテロリストと指定したクルド人グループを両国が保護している、とトルコが見做したから。スウェーデンについては、23年に極右のデモ参加者がストックホルムのトルコ大使館前でコーランを燃やしたことも後を引いていた。

ハンガリーが反対する理由は、オルバン首相が右派なのに親プーチンだからだ。彼はEUの対ロシア制裁に協調してウクライナ難民を36万人以上受け入れたが、ハンガリー領土内での武器の輸送は拒否し、ロシアのエネルギーに対する制裁を排除するという綱渡りを演じて来た。

筆者は露ウ戦争によっても、フィンランドはNATOに加盟しまい、と考えていた。根拠は同国が米英や北欧諸国との強固な二カ国間協定でNATO以上の便益を受けていること、そしてソ連との「冬戦争」「継続戦争」を戦い抜いた「シス」、即ち忍耐強いフィンランド国民の不屈の精神を思ってのことだ。が、この見立ては外れた。

スウェーデンについても、ナポレオン戦争以降一切の戦争に加担せず、「軍事非同盟」を軸とした多国間・二国間の安保協力政策をとってきたこの中立国にNATOは不要と考えていた。が、露ウ戦争はアンデルソン首相をして「バルト海地域で唯一NATO加盟国でないなら、我々は非常に弱い立場に置かれるだろう」と言わしめた。だがNATO加盟には、他の加盟国の戦争に巻き込まれるリスクもある。

ブカレスト9のメンバー国
Wikipediaより

22年1月の「台湾とEU東部」に係る論考で「ブカレスト・ナイン(B99」)」に言及した。それはEU東部のNATO加盟国ポーランド・ルーマニア・ハンガリー・ブルガリア・チェコ・スロバキアとソ連崩壊後NATOに加わったバルト三国(リトアニア・エストニア・ラトビア)の9ヵ国を指す。

この「B9」にフィンランドとスウェーデンが加われば、ベラルーシ・ウクライナ・モルドバをEUとの境界とする、黒海からノルウェー海まで続くNATOの壁ができる。また表向きは非軍事的交流を謳うB9」だが、ホワイトハウスのブリーフィングを見ると、必ずしも非軍事ではないようだ。

実際にNATOは昨年12月、多国的戦闘群を強化し、バルト三国とポーランドをホスト国とするこれまでの4戦闘群に加えて、ブルガリア・ハンガリー・ルーマニア・スロバキアを夫々ホスト国とする4戦闘群を増やし、8戦闘群とすることに合意した(「NATO」HP)。これにフィンランドとスウェーデンも加わるだろう。

プーチンは、特別軍事作戦と称してウクライナを侵略した理由のひとつに、NATOが「東方不拡大の密約」を反故にしてきたことを挙げていた。筆者は、吉留公太神奈川大学教授の詳細な論考を引いて、「密約」が存在したとの主張に限ってはプーチンが正しいと論じた

それから2年が経ち、NATOは北へも拡大することとなった。EUとロシアを隔てるベラルーシはすでにロシアの属国だ。このうえ更にウクライナを侵略してロシアにするなら、NATOの東方拡大によってではなく、ロシアの西方拡大によって、NATOとロシアが国境を接する事態を招くことに他ならない。

そもそもウクライナのNATO加盟を阻止すべく始めた戦争が、自国の安全保障に無益どころか、むしろ悪化させつつあることをプーチンはきっと判っている。が、「判っちゃいるけどやめられない」のではなかろうか。とすれば、就任したら1日で戦争を終わらせると豪語する「もしトラ」を待望しているようにも思う。

プーチン大統領とトランプ前大統領 クレムリンHPより(2018年)

そのトランプがサウスカロライナの演説で、かつて加盟国首脳にNATOに貢献しないならロシアをけしかけると警告したと明かしたことを、バイデン民主党やヘイリーまでが大げさに難じている。当時、トランプが、米国はNATOを抜けると仄めかした途端、加盟各国はGDPの2%以上の拠出に転じたが、「ロシアけしかけ」もその時の発言だろう。トランプ流のレトリックに過ぎない。

ロシアに関しては、露ウ戦争での死傷者が31万5000人に上ると12月に報じられた。10月には北朝鮮から弾薬を購入しているとの情報が流され、1月にはプーチンが北朝鮮を訪問すると朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が伝えた。北朝鮮に頼るとはまさに恥も外聞もない。タッカー・カールソンのインタビューでは余裕を見せたプーチンだが、内情は火の車ではなかろうか。

その上に、必ず公約を守るトランプが、NATO加盟国の拠出金を増やすは、モスクワに届くミサイルをウクライナに供与するは、シェールガスを大増産して国内価格を半減のみならずインドがロシア産を転売するEUに大量輸出するは(トランプはこうしたレトリックをプーチンにも使うだろう)となれば、それこそ泣き面に蜂だ。

トランプが待望される理由:エネルギー政策を例に
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筆者にはやはり、プーチンが「もしトラ」で露ウ戦争を上手に終結させてくれないかなあ、と念じている様に思えてならない。