中国「金正恩氏のロシアへの傾斜」懸念

北朝鮮最高指導者・金正恩総書記は2019年2月、ベトナムのハノイでトランプ米大統領(当時)と首脳会談を行ったが、その外交は成果なく終わった。北朝鮮の最大の外交課題は当時、米国との関係改善、対北制裁の解除だった。金正恩氏にとって米朝交渉の失敗は大きな痛手となって残ったという。金正恩総書記はその後、核戦力の強化に乗り出す一方、中国、ロシアとの関係拡大に腐心してきた。ハノイの米朝首脳会談の暗礁後、北は非核化交渉を放棄し、韓国を最大の敵対国とし、核保有国のステイタス獲得を目指してきた。北側の国家戦略が大変化したわけだ。

ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイドから)

その北朝鮮が大きく転換したのはロシア軍のウクライナ侵攻だった。ウクライナ戦争が長期化していった事を受け、プーチン大統領は武器不足を解決しなければならなくなった。プーチン氏から金正恩総書記に声がかかった。昨年9月、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で行われたプーチン大統領と金正恩総書記の首脳会談は米朝首脳会談とは180度異なり、多くの成果を北側にもたらした。

露朝首脳会談後の両国の関係は急速に深まっていった。目に見える実績は、①北朝鮮は7000個のコンテナに弾薬(約250万発と推定)をモスクワに輸送、②それに引き換え、ロシアからは軍事衛星関連技術の支援、食糧などの物質援助が行われた。

プーチン大統領と金正恩総書記は昨年9月、首脳会談でロシアと北朝鮮間の軍事協力の強化などで合意したといわれている。その最初の成果は北朝鮮の軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げ成功だろう。過去2回、打ち上げに失敗してきた北朝鮮はロシアから偵察衛星関連技術の支援を受けた結果、昨年11月21日の3回目の打ち上げに成功した。ちなみに、北側がロシア側に期待している軍事分野での支援は衛星関連技術、原子力潜水艦、核開発の向上などだ。ただしロシアと言えども、核関連ノウハウを北側に譲渡することは現時点では考えにくい。

米国情報当局者らによると、ロシアは、ロシアの金融機関に預けられている北朝鮮の凍結資産3000万ドルのうち900万ドルの放出を許可した。また、ロシアは北朝鮮にロシアの地方銀行に口座を開くことを承認するなど、金融分野でも北側を支援している。その結果、北側はロシア国内で開いた銀行口座を利用して貿易取引が可能となる道が開かれた、と受け取られている。

露朝間の関係はそれだけではない。韓国統一研究院のオ・ギョンソプ氏はロシアで働く北朝鮮労働者の実態を報告している。それを読むと、ロシアは国連の制裁にもかかわらず、多数の北朝鮮の労働者を受け入れている。北労働者から入る外貨で金正恩総書記は核・ミサイル開発を進めているという。一方、ロシアはウクライナの戦争による労働力不足を補うために北朝鮮労働者を受け入れる必要があるわけだ(「ロシアで働く北朝鮮労働者の実態」2024年2月29日参考)。

メディアではあまり報道されていないが、北朝鮮の観光業へのロシア側の支援だ。ドイツ民間ニュース専門局ntvが24日報じたところによると、ロシアから多くのスキー観光客が北朝鮮を訪問しているという。ロシア軍のウクライナ侵攻の結果、ロシア国民は外国旅行が難しくなった。そこで未開発の北朝鮮の観光が脚光を浴びてきたというわけだ。それもクレムリン直々の推薦付きだ。

北朝鮮には金正恩氏が誇る馬息嶺(Masikryong)スキー場がある。平壌から東へ175km、元山市に近いところにある。2014年1月にオープンしたばかりだ。11本のコースが造成され、ゲレンデの下には、プール、カラオケバーなどが完備された高級ホテルがある。平壌国際空港の近代化とともに、海外から旅行者を誘ったが、新型コロナウイルスの感染拡大、国境閉鎖で観光プロジェクトは閉鎖状況だった。

しかし、ここにきてスキー場も少し活気を帯びてきた。ロシアからのスキー客が訪れ出したからだ。ロシア人カップルがあまり人がいないゲレンデでスキーを楽しんでいる姿が放映されていた(「金正恩氏の公約と『現実』との深い溝」2016年5月27日参考)。

国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)は昨年3月、戦争犯罪の疑いでプーチン氏に逮捕状を出すなど、プーチン氏を取り巻く国際状況は益々孤立化の度を増している。同じように、国際社会から孤立している北朝鮮の金正恩総書記との友好関係はそれ故に貴重だ。そこで制裁に苦しむ北朝鮮の国民経済を少しでも緩和するために援助を積極的に申し出てきたわけだ。プーチン大統領は1月16日、クレムリンで北朝鮮の崔善姫外相を歓迎したばかりだ。プーチン氏の訪朝も既に計画中だ。両国の外交交流もここにきて活発化している。両国にとって現時点ではウィンウィンの関係だ。

北朝鮮とロシアとの両国関係関連のニュースが多い中、中朝関係は静かだ。金正恩氏のロシア傾斜を懸念する中国共産党政府は北京を訪問した北朝鮮の金成男・朝鮮労働党国際部長に王毅・共産党政治局員兼外相が23日、会談するなど、北側のゲストを手厚くもてなしている。中国外務省の発表によると、両氏は「中朝友好の維持」などで合意したという。

ウクライナのクレバ外相はユーモアと少しの皮肉を込めて、「ロシアとウクライナ戦争の行方はここにきて北朝鮮が握っている」と発言した。関係者にとっては想定外の展開だからだ(「ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮」2024年1月26日参考)。

金正恩氏はロシアと中国の2大国から声をかけられるなど、これまで経験したことがない異例の政治情勢の中、「核保有国の認知」という野望の実現に向かって邁進してきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。