単身者本位社会と「世帯単位」

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人口と世帯の将来推計

2024年4月12日に総務省は、2023年10月1日現在の「日本の総人口推計(外国人を含む)」を発表した。そしてほぼ同時に国立社会保障・人口問題研究所が「日本の世帯数の将来推計」を公表した。

両者は1年前になされた首相発言「異次元の少子化対策」にも密接な関連を持ち、昨年12月の政府『こども未来戦略』や本年1月の民間『人口ビジョン2100』で示された「戦略」にも少なからぬ影響をもつデータ集といえる。

国会では「人口と世帯の将来推計」の議論が不十分

3月から4月にかけて国会は、「政治とカネ」に直結する「政治倫理審査会」などに膨大な時間を奪われ、同時に子育て支援予算1兆円の財源として、国民一人当たり月500円前後をめぐる攻防が激しかった。

しかしそれ以外では、日本社会の行く末に直結する重要な「少子化する高齢社会」データを基にした「年金改革」などを含めた建設的な議論が行われていない現状に対して、国民の不安感と政治への不信感と怒りが高まっていると思われる。

日本の総人口の推移

まずは表1により戦後70年間の総人口の推移を簡単にたどってみる。取り上げたのは、日本の人口構造において何らかのかたちで記憶しておきたい年次である。

表1 戦後70年間の総人口の推移(%)
出典:総務省統計局「日本の総人口推計」(2024年4月12日発表)
(注)総人口数の単位は千人

エポックメイキングな年

1950年はいわば戦後のスタートになる年であり、団塊世代の全員が誕生した直後でもある。次の1967年は日本人総数が史上初めて1億人を超えた年である。そして1970年は高齢化率が国連基準の7.0%を超えて、日本が「高齢化社会」元年を迎えた年になった。

そして1985年は、日本の高齢化率が10%を突破して、いよいよ高齢化が進行を開始した年である。1993年には「生産年齢人口」率69.8%が日本史上で最高率を記録した。

1974年に高校進学率が90%を超えてからはこの進学率は毎年漸増して、93年にはすでに95%前後だったので、その当時から日本での「15~18歳」の人口は「現役世代」とはいえなくなっていた。ただ18歳までが「現役世代」ではなくても、「生産年齢人口」率が69.8%にまで高くなったのは、合計で800万人もいた団塊世代が「現役世代」の中心(40歳代前半)を占めていたからである。

2008年は総人口数が128,081千人となり、日本史上でもっとも日本人口が多かった年である。直近は2023年であり、7.1%で始まった日本社会の高齢化がその4倍以上の29.1%にまで膨れ上がり、文字通り超高齢社会が現出した年になった。さらに日本人のみのデータから分かるように、日本では高齢化率がまもなく30%に達する時代になったのである。

「生産年齢人口」(現役世代)は20歳から64歳

93年以降現在まで日本の18歳は高校生・大学生であり、大学進学率と高卒後の専門学校進学率合計が60%程度に増え続けていたので、19歳までは「生産年齢人口」に入れずに、20歳から64歳までを「現役世代」と見なす時代が続いている。

さて、1950年の「年少人口(0~14歳)率」は実に35.4%もあり、戦後のベビーブームを象徴する数字となっている。反面で「高齢化(65歳以上)率」はわずかに4.9%に止まった。これを「年少人口率」と合計すれば「非生産年齢人口率」は40.3%になる。これはもう一方の「生産年齢人口(15~64歳)率」59.7%と対応する。

1950年代前期は国民の半数以上(57.5%)が高校には進学せずに、中学校を終えて自営業や職人としての見習いなどの業務についていた(文科省「戦後における高等学校入学者選抜制度の経緯」文科省ホームページより)。だから当時は15歳から本当に「生産年齢」なのであった。

「0歳~19歳」の合計が15%前後

仮に2023年10月1日確定値を使えば、日本での19歳までの合計が1966.7千人となるから、総人口の12435.2千人で割ると、15.8%を得る。すなわち日本の若い方の「非生産年齢」の比率は15.8%と見なせる。

その一方で65歳以上の高齢化率が29.1%なのだから、両者合計での「非生産年齢人口率」は44.9%になる。そうすると自動的に「20~64歳」までが「生産年齢人口」になり、55.1%を得る。

「働く比率55%で働かない比率45%を支える」社会法則

すなわち1950年でも2023年でも、「生産年齢」基準を時代に合わせて動かせば、「生産年齢」55%、「非生産年齢」(年少人口+高齢人口)45%が可能になる。つまりはもっと一般化して、「働く人口55%で働かない人口45%をふくむ100%の社会全体を支える」という「社会法則」が得られるのである。

厳密にいえば、いつの時代でも生産を通して所得を稼ぐ人々は国民のうち55%であり、これにより国民総生産が得られて、それらからの税金や保険金や掛け金などが出されて、国防、教育、福祉、医療、都市生活インフラ、防災など全分野に必要な予算や資源が捻出されてきた。

この「55対45の社会法則」により、21世紀中期へ向かう未曽有の「少子化する高齢社会」への着地点を探求することがいちばん現実的な方法になる。

「日本の世帯数の将来推計」に関連した新聞「社説」は皆無

総務省と社人研が公表したデータを4月13日に報じた朝刊各紙(朝日、読売、日経、毎日、北海道)では、「日本の総人口推計」や「日本の世帯数の将来推計」に関連した「社説」が皆無であった。

従来から、5月5日の「子どもの日」と9月の「敬老の日」関連データでもその紹介のみが中心で、政策的対応については政府の責任とする記事が量産されてきた。

記者会見で配布された「プレスリリース」ないしは公表された「全体資料」を、紙面に要約する以上の記事は今回も乏しく、読者は「要約」とそれに添えられたグラフを斜め読みするだけであった。

「胴上げ型」「騎馬戦型」「肩車型」

ところで内閣府『高齢社会白書』(2023年版)では、「現役世代1.3人で1人の65歳以上の者を支える社会の到来」が書き込まれている。

また、厚生労働省のホームページ「社会保障・税一体改革とは」をはじめ、様々な政府のホームページでは、高齢者を支える現役世代の人口が減少している日本のイメージを分かりやすくするために、

  • 1965年ごろ「胴上げ型」:65歳以上1人に対して20~64歳は9.1人
  • 2012年ごろ「騎馬戦型」:65歳以上1人に対して20~64歳は2.4人
  • 2050年ごろ「肩車型」:65歳以上1人に対して20~64歳は1.2人

が繰り返し使われてきた。

1人で1人の『肩車社会』の到来

4月13日に点検した五紙の中で、「北海道新聞」だけが解説記事で「1人の現役世代が1人の高齢者を支える『肩車社会』の到来は目前に迫っており、持続可能な社会保障制度の構築が急務だ」とまとめていた。

歴史的な推移として、「日本の社会保障は、かつては多数の現役世代が高齢者1人を支える『胴上げ型』だったが、今回の推計の生産年齢と高齢者の人口比は2.04対1。2人で1人の高齢者を支える『騎馬戦型』が維持できなくなり、1人が1人を支える『肩車型』への移行は目前に迫っている」とも書かれている。

しかし、「胴上げ型」「騎馬戦型」「肩車型」などの3類型は、0歳から19歳までの「非生産年齢人口」45%の存在を忘れた議論である。

なぜなら、義務教育の全費用をはじめ「子ども手当」や教科書代やiPad代それに給食代など数多くの「年少人口」向けに投入される資金もまた、55%の「生産年齢人口」が稼ぎ出しているからである。もちろん過去数年間の「少子化対策」年間予算6兆円も防衛費6兆円もまた、55%の「生産年齢人口」に依存したことになる。

現役世代が支えるのは「非生産年齢人口」(高齢者と年少世代)

福祉系では時にこのような議論、すなわち「5人の現役世代が1人の高齢者を支える」社会から、「現役世代1人が高齢者1人を支える」社会への移行が危惧されることがある。

しかし、現役世代が支えているのは高齢者だけではない。「年少人口」のすべても支えていることを忘れた一方的な議論では、正しい将来像が描けない。

「生活保護費」も現役世代が稼ぎ出す

もちろんたとえば全額税金である「生活保護費」もまた、生産年齢層である現役世代が受け持っている。なお、社人研が毎年公表する『令和3年度 社会保障費用統計』(2023年)によれば、部門別社会保障給付費(年金、医療、福祉その他)のうち、生活保護は「福祉その他に」該当していて、2021年度では総額約3兆7000億円ほどである(同上:10)。

MR. 弁護士保険」のホームページでは、以下の3通りの「生活保護費」のモデルが具体的に紹介されている(閲覧日2024年4月19日)。

 (A)秋田県大館市に在住で、離婚して一人暮らしになった女性の場合

就職しようとしていますが、なかなか就職がうまく行かずに生活に困り生活保護を申請しました。両親がおらず親族からの支援も受けられません。

生活扶助基準額:68,430円
障害者加算:0円
母子加算:0円
児童養育加算:0円
住宅扶助基準額 35,000円
生活保護費:103,430円

秋田県大館市は3級地ですので、生活扶助基準額は比較的に低い設定です。ですが、一人暮らしをするだけでも、生活保護費は10万円以上貰えることがわかります。パート収入程度には生活保護費が貰えるのです。合計すれば206,860円になる。

(B)東京23区内で3歳と29歳の母子家庭の場合

東京23区内に住んでいる3歳の子持ちで、離婚した29歳女性の世帯に対する生活保護費用を算出します。母親は障害には認定されていないものの、身体的な病気で就業が難しい状態であり、生活保護を申請しました。

生活扶助基準額:121,110円
障害者加算:0円
母子加算:18,800円
児童養育加算:10,190円
住宅扶助基準額:64,000円
生活保護費:214,100円

都内在住の場合、子どもと二人の生活でも高額な生活保護費貰えることがわかります。贅沢しなければ、十分子どもと二人で生活できる費用でしょう。合計すれば月額で428,200円になる。

 (C)山梨県在住で1歳と5歳の障害のある30代母親との母子家庭の場合

山梨県甲府市に在住で二人の幼児を抱えながら精神疾患があり、働けない女性との母子家庭の場合を算出してみましょう。母親は、離婚のショックから精神疾患となり、障害基礎年金2級に認定されています。

生活扶助基準額:135,320円
障害者加算:16,620円
母子加算:21,800円
児童養育加算:20,380円
住宅扶助基準額:38,000円
生活保護費:232,120円

山梨県甲府市在住の場合は、級地は2級ですが、意外に高額な支給です。住宅扶助基準額こそ東京23区の半額近くにはなってしまいますが、生活に困らない程度には生活保護費は支給されることがわかります。合計すれば464,240円になる。これらはすべて「現役世代」の稼ぎによる税金からの支出になる。

以上の(A)(B)(C)はいずれも「MR. 弁護士保険」のホームページに掲げられた事例であるが、(A)にはパート収入程度、(B)には贅沢しなければ十分生活できる費用、(C)生活に困らない程度という評価が付けられている。

日本の「世帯数推計」要約

さて、社人研が公表した日本の「世帯数推計」のうち、今後の日本にとってとりわけ重要なデータは表2のようにまとめられる。

表2 日本の「世帯数推計」
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計」(2024年4月12日発表)

まず、2020年の「1世帯の平均人数」(以下、平均世帯人員と略称)が2.21人であったが、2050年には1.92人へと減少するとされた。ただし、2020年でも東京都のそれは1.92人であり、北海道でも2.04人であり、大阪府でも2.10人だったので、30年後の1.92人はそれほど驚くことでもない(総務省統計局、2024)。

4月にアゴラで3回連載した「単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因」(上・下・補遺編)では、コンビニに象徴される都市型店舗がその「単身者本位の粉末社会」を支えていると論じた。

単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(上)
1. 人口論的少子化研究の限界 「異次元の少子化対策」 大著『勤勉革命』において歴史家ド・フリースは、出生率による人口変動に焦点を当てなかった理由を、「世帯の意思決定に関わる新たな世帯を形成する手段としての婚姻や消費と世帯収入の側面...
単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(下)
(前回:単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(上)) 3.相関係数の結果の分析 (1)人口10万人当たりコンビニ数 × TFR※ 最初に「人口10万人当たりコンビニ数」を取り上げるのは、コンビニ活用の消費スタイルこそ「単身者...
単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(補遺編)
(前回:単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(下)) 10.金銭的データとTFRとの相関 (1)都道府県GDP × TFR 4月10日の(上)と4月14日の(下)で「単身者本位」と社会的に関連する8指標を取り上げて、合計特殊...

単身者世帯の急増

第2点は、人口減少下ではあるが世帯総数はもうしばらくは増加する。しかし、いずれは減少に転じて2050年には5261万世帯まで落ちてくるという予想がなされた。

これも織り込み済みだが、「単身世帯」が2020年の2115万世帯(38.0%)から2050年には2330万世帯(44.3%)へと急増することは大きな変動だから、政財界やマスコミ界それに学界など各方面で正対したい。

ただこれもまた「平均世帯人員」と同じく、2020年の東京都ではすでに50.2%が「単身世帯」なのであり、大阪府(41.9%)や京都府(41.2%)そして福岡県(40.7%)と北海道(40.5%)の合計5つの自治体ではすでに40%を超えている現実がある(同上:21)。そのため、30年後に「単身世帯」が44%という事態も未経験の世界ではない。

パラダイム変更が必要

とはいっても、2020年の「単身世帯率」で47位の山形県(28.4%)や46位の奈良県(29.3%)などでも「核家族率」や「三世代同居率」が下がるのだから、1世代30年をかけて2050年向けの「単身者本位」社会へのシフトを開始する時期ではある。

なお、2330万の「単身世帯」うち、社人研の予測では「高齢男性の単身率」が2020年の16.4%から2050年には26.1%へと上昇するし、「高齢女性の単身率」は現在の23.6%から50年には29.3%へと伸長することも推計された。

これらには未婚のままの「高齢単身者」とともに、結婚はしたが人生のサイクルの途中で死別や離別により、高齢期になり「単身」となった男女が含まれている。

『おひとりさまの老後』はどうなる

「単身世帯」や「単身率」急増で浮かんでくるのが、上野『おひとりさまの老後』(2007)『男おひとりさま道』(2009)である。

この2冊を代表としていくつもの類書が出されているが、この高齢期のライフスタイルを上野が「おすすめした」作品には、社会保障制度を始めとした数多くの社会制度の存続を前提にできた時代背景があったことを忘れてはならない。

老後は「おひとりさま」でも苦しくなる

一般論としても、このような高齢期ライフスタイルとしての「おひとりさま」は、長期的には単年度出生数が死亡者よりも多い「人口増加」時代で、しかもわずかの高齢者のみが可能である。

上野作品のうち、前者は出生数109.0万人で死亡者が110.8万人の2007年に刊行され、後者は出生数107.1万人で死亡者が114.2万人の2009年に出されている(国立社会保障・人口問題研究所、2012:41)。

両者ともにいわば人口増減が拮抗している幸せな時代の刊行物なのであり、現世代と次世代・次々世代との間の支えあいが均衡していた。

人口の増減がなく、諸制度が安定

そこでは「高齢のおひとりさま」を支えるすべての介護施設、医療機関、医師、看護師、介護担当者、ケアマネジャー、かかりつけ医、訪問看護師、薬剤師などが次世代・次々世代から途切れることなく供給され、縦横無尽に使われることが暗黙の前提になっていた。

さらに社会制度としては医療、年金、福祉、介護、生活保護、家族制度、失業対策制度、住宅制度など、日本の経済社会システムを支える諸制度が健全に動いていた。

しかし、出生数109万人の時代ではなく、出生数が74万人まで低下し、総人口減少が年間80万人を超え、その急激な減少が予想される時代では、そのような「高齢のおひとりさま」も苦労するはずである。

人口減少と単身者が激増では不可能なパラダイム

なぜなら、17年前に上野が提唱した「おひとりさまの老後」のライフスタイルもまた人口減少時代以前の申し子であり、高齢者よりも次世代や次々世代が増えて、その中から「老後」の支えにまわる少なからぬ若者の存在が前提にされていた。同時に、上述の諸制度がしっかりと機能していたからこそ現実味を帯びていたのである。

しかし、令和時代になって、次世代や次次世代が確実に減少する中、しかも30年後には現在の総人口よりも2500万人が消え去り1億人を割り込むという未曽有の人口減少、および高齢男性単身者が高齢者全体の26.1%、そして高齢女性単身者は29.3%にまで激増するのならば、もはやその種の「おひとりさま」パラダイムが時代にはそぐわなくなるのは明らかである。

なぜなら、依然として増え続ける高齢世代が依拠する医療保険も介護保険も各種在宅サービスもそして年金制度すらも、急速に減少する次世代や次々世代が支えるのだから。

生活水準は社会全体の「生産水準」で決まる

一般的にいえば、消費を維持して個人の「生活水準」を安定させるには、それを可能とする所得、資本からすれば労働者への還元が一定以上保証されることがまずは必要になるからである。

さらに社会全体の生活水準を維持するには、上下水道、医療、教育、道路、交通などの社会的共通資本を継続的に建設・維持・管理・補修していくGDP水準の維持も必要になる。

これらは個人の「生活水準」を支え、同時に社会の「生産水準」や「生活水準」も左右する。GDPそのものが、総数としてはかなり減少する55%の「現役世代」の生産と総人口の消費に依存せざるをえないのだから。

社会保障制度を世帯単位から個人単位に変えても問題は解決しない

「おひとりさまの老後」を提唱した上野は、『毎日新聞』(4月13日)で、「社人研」による「世帯割合推計」に関して、「社会保障 個人単位に」という「談話」を出した。

そこでは「孤立と貧困を防ぐための税と社会保障制度の脱家族主義化が必要」として、「世帯単位から個人単位にする」ことを主張した。そして「生活保護の申請が増えるだろう」と推定した。

「生活保護」を「個人単位」にできるのか

一つの意見ではあろうが、たとえば現在の「世帯単位」での「生活保護」を「個人単位」にできるのだろうか。すでに「MR. 弁護士保険」のホームページで紹介した事例などはすべて「世帯単位」であるが、これを「個人単位」にするにはどれほどの費用増加が見込まれるか。

その他にも「増えている空き家を自治体が借り上げ、シェアハウスのように低家賃で貸していけばいい」や「ケアマネジャーを付ければ、孤立死は防ぐことができる」などの提言もあった。

低家賃での供給ならば、自治体が通常価格の差額を補填することになるが、その原資もまた減少する「現役世代」が稼ぎ出すわけだし、ケマネージャーの配置にしても、「現役世代」が生み育てるのだから、ますます増大する高齢者の介護ニーズを少なくなる「現役世代」の活動が満たせなくなることは明らかだろう。

「介護保険」は「個人単位」での7段階の介護認定

2000年から社会保障制度の根幹を支えてきた「介護保険」は、基本的には「個人単位」での7段階の介護認定を実践してきた。なぜなら、要介護認定を希望する高齢者の世帯事情は千差万別なのであるから。介護資源が無限ではない以上、「世帯単位」のなかで可能な限りの「個人単位」の介護認定を行ってきたことになる。

単身高齢者への介護と同じ質と量の資源を、三世代同居の高齢者介護や高齢者夫婦世帯の介護に回せるほどの余裕は、これからの日本では期待できない。それは医療保険でも同じであり、基本的には「世帯単位」の保険証により「個人単位」の病状に応じた医療サービスが続くであろう。

新聞談話ではあるが、「社会保障 個人単位に」と主張する上野の詳しい説明がもっとほしいところではある。

「政治は無為無策だった」については同感

上野が結論部でまとめた「人口統計はかなりの精度で当たるのに、もう何十年も政治は無為無策だった」については私もまったく同感であるが、単身高齢者が急増する時代に「社会保障を個人単位」にする策は、社会資源面からみても現実的な有効性をもつとは思われない。

「勤勉革命」は「世帯単位」で

仮に社会全体で単身者が44%になっても、半数程度は「核家族世帯」は残っているので、単身世帯経済とともに「核家族世帯経済」を基盤としたド・フリースの「勤勉革命」(industrious revolution)の可能性を残しておきたいと考える(ド・フリース、2008=2021)。

その理由は、婚外子率が2%台の日本では、次世代次々世代の育成の大半が「個人単位」では困難であり、「世帯単位」でしか行われないからである。

その実践のなかから、単年度の出生数がたとえ60万人になったとしても、「人間文化資本」(ブリュデュー、1979=2020)をしっかり身につけた子供たちが育っていくことに期待するしかない。

森嶋通夫の「日本の没落」憂いに正対しよう

そのことにより、20世紀末から21世紀初頭に森嶋通夫が予見した「日本の没落」への回避が始まるはずである(森嶋、1999;2000=2004)。21世紀半ばの日本人の「価値判断の能力が低下」し、日本が「労働倫理に縛られていない」国になると予想した森嶋は、「土台となる人口の質」が悪化して、「活動力がなくなる」ことを繰り返し憂いていたからである。

「土台となる人口の質」は、親が子どもの「社会化」過程で「人間文化資本」をいかに身につけさせるかにかかっている。

「子どもへの投資が社会的価値をもつのだという正しいシグナル」(ド・フリース、前掲書:302)を「世帯単位」で共有して、国家が最大限の投資を行う。「なぜなら、世帯こそがメンバーたちの消費・教育・健康資本・およびその他の人的資本の大部分を生みだしてきた」(ド・フリース、前掲書:287、ただし実際はBecker, Treatise on the Familyからの引用)からである。

「日本没落」回避のチャンスは2050年まで

少子化対策のラストチャンスが2030年までならば、「日本没落」回避のチャンスは2050年までであろう(金子、2023a;2023b)。子育てを担う「世帯単位」で、新しく「世帯を担う人々が次第に『勤勉さ』を身にまとう」(ド・フリース、前掲書:139)までの期間として30年が必要になるからだ。

その意味で、2024年4月に出された人口減少、世帯減少、単身者増大という30年後の予測データへの対応は、日本人の高齢期の生き方だけではなく、先送りを最優先する日本政治の再生のきっかけにもなるはずである(金子、2024)。

【参照文献】

  • Bourdieu,P.,1979,La distinction:critique social de judgement, Éditions de Minuit.(=2020 石井洋二郎訳『ディスタンクシオン1』[普及版] 藤原書店).
  • Jan de Vries,2008,The Industrious Revolution,Cambridge University Press.(=2021吉田敦・東風谷太一訳『勤勉革命』筑摩書房).
  • 金子勇,2023a,「社会資本主義への途」アゴラ言論プラットフォーム(6月22日).
  • 金子勇,2023b,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2024a,「単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(上)」アゴラ言論プラットフォーム 4月10日
  • 金子勇,2024b,「単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(下)」アゴラ言論プラットフォーム 4月13日
  • 金子勇,2024c,「単身者本位の粉末社会:少子化の根本原因(補遺編)」アゴラ言論プラットフォーム 4月18日
  • 金子勇編,2024,『世代と人口』ミネルヴァ書房(近刊).
  • 国立社会保障・人口問題研究所編,2012,『人口の動向 日本と世界 2012』厚生労働統計協会.
  • 国立社会保障・人口問題研究所編,2023,『令和3年度 社会保障費用統計』同研究所.
  • Michio,M,2000,Japan at a Deadlock,Macmillan Publishers Limited.(=2004 村田安雄・森嶋瑤子訳『なぜ日本は行き詰まったか』岩波書店.
  • 森嶋通夫,1990,『なぜ日本は没落するか』岩波書店.
  • 総務省統計局『2024 社会生活統計指標-都道府県の指標』同統計局。
  • 上野千鶴子,2007,『おひとりさまの老後』法研.
  • 上野千鶴子,2009,『男おひとりさまの道』法研.
  • 上野千鶴子,2024,「社会保障 個人単位に」『毎日新聞』(4月13日).