5月末にトランプが口止め料裁判で有罪評決を受けてからというもの、そのひと月後にバイデンが討論会で大統領就任の時から糊塗し続けて来た耄碌ぶりを露呈したことや、先般のトランプ銃撃など、米大統領選を巡る動きは急激かつ劇的だ。
そこで本稿では、民主・共和両党内外の動きを含めて、来年1月の新大統領就任までに予想される出来事を整理してみようと思う。
トランプと共和党
共和党の候補者選びはニッキー・ヘイリーが3月6日に撤退を表明した時点で事実上終わった。そのヘイリーも5月22日にトランプに投票すると述べたし、衝撃的な7月13日の銃撃とそこからの劇的な生還もあって、7月15日~18日の党大会ではトランプが多くの登壇者の支持を得て候補を受諾した。
銃撃事件では双方から陰謀論が飛び交うが、事前に会場をドローンで空撮するなどかなり頭は良い一方、ネット用語にいう「無敵の人」(社会的に孤立し、失うもののない人物)らしい容疑者の単独犯行だろう。名前が「Crooks」だったことがトランプを恨む直接の動機ではないか、と筆者は冗談抜きに思っている。
トランプは、ヘイリーのbird brain(小鳥脳)など綽名付けの名人だが、バイデンのそれは「crooked(ひねくれた)」。「crook」は「ひねくれ者」の意味だから、親は何を考えて「Crooks」と名付けたのかと首をひねる。差し詰め「みっちゃん 道々○○こ たれて・・」の類のイジメに遭い、心がcrookしたのではなかろうか。
とはいえシークレットサービスの手落ちも随所にあるようで、チートル長官の辞任は必至だろう。当日の不手際もさることながら、長官になった彼女が予算を減らす一方、体力で劣る女性の数を増やしたことが間接的に影響した可能性もある。国境問題で首が危ない上司のマヨルカス国土安保長官がきっと尻尾切りに出るだろう。
党大会ではJDヴァンスが副大統領候補(VP)に指名された。ヴァンスの生まれ育ったオハイオなどの製造業が衰退したいわゆるラストベルトの接戦州(ペンシルベニア・ウィスコンシン・ミシガンetc.)の票をトランプが当てにしたとすれば、それよりも「団結」を優先すべきではないか、と拙稿に書いた。
39歳のヴァンスは若く、議員経験も1年半とまだ浅い。ネバートランパーだったがトランプ支持に転じた辺りも安定感に欠けはしまいか。トランプの政策的後ろ盾と目されているヘリテージ財団のロバーツ会長がヴァンスを高く評価し、VP候補にするよう内々トランプに働き掛けていたとも報じられた。
そのトランプは15日、同財団の「プロジェクト25」を「極めて保守的なグループによって書かれたものだが、自分は彼らに同意できない」と難じている。背景には、その「行き過ぎ」た中絶政策の他にも、同財団からの働き掛け説を打ち消して、出る杭(財団とヴァンス)を打っておくことを狙ったのではなかろうか。
ヘリテージ財団とトランプの仲は変らず強固だと筆者は思うし、同財団が否定する気候変動原理主義やLGBTに見られるような過度な人権政策にも同調してもらいたい。そうした意味では、EVに否定的なトランプに毎月4500万ドルもの巨額献金をするというイーロン・マスクの企みは不気味である。
筆者は従前から米国社会の宥和には広く敬愛されているベン・カーソン博士がVPに適任だと論じて来た。銃撃事件を受けてメラニア夫人も「仲直りしましょう(let us reunite)」とのメッセージを発し、トランプも受諾演説を書き替えたと報じられた。が、「米国の半分の大統領ではなく、全体の大統領を目指す」と述べた「団結」基調は、90分に及ぶ演説の3分に1辺りまでで、後はトランプ・レトリックに戻ってしまった。
他方、応援演説ではトランプ政権でホワイトハウス報道官を務めたサラ・サンダース(アーカンソー州知事)、モデルのアンバー・ローズ、孫娘カイ・トランプらが、普段とは違うトランプの優しい一面を語った。ベン・カーソンの演説も、前後がクルーズ(テキサス)とルビオ(フロリダ)という国境問題を抱える州選出の激しい上院議員だったからか、その穏やかな口調が安定感を感じさせた。
トランプが抱える4件の訴訟については別の拙稿をご覧願うとして、大統領が裁判官を任命し、州の司法長官は選挙で選ぶという米国の司法制度そのものが、バイデン政権をトランプが「司法の武器化」と難じる土壌になっていることは否めない。
が、7月1日の大統領免責に関する6対3の最高裁判決と、そこでのトーマス判事の意見に基づくキャノン判事のスミス任命違法論を見れば、それはお互い様であって、偶さかそのタイミングが11月5日以降に結果が持ち越され、もしトラならそれらが却下されると言うに過ぎない。つまり、訴訟はその程度の罪状ということだ。
次期政権の人事について私見を述べれば、ミニトランプのヴァンスがVPになった以上、国際社会に影響の大きい安保担当大統領補佐官にはポンペオを、国務長官にはヘイリーを据えてバランスを取って欲しい。ボルトンの回顧録を読んでもポンペオはトランプの扱いに長けているし、物議を醸しそうな台湾政策も安心だ。元国連大使のヘイリーも外交で実績がある。
バイデンと民主党
冒頭で「バイデンが大統領就任時から糊塗し続けて来た耄碌ぶり」と書いたのは、20年8月の拙稿「カマラ・ハリスは“スリーピー・ジョー”の伴走者として適任か?」で、ハリスに触れた『ロイター』に絡めて「ランニングメイトというらしいから『伴走』と題したが、バイデンの耄碌ぶり報じる記事を見るにつけ『言い得て妙』」と書いたからだ。
そのロイター記事は、8月の世論調査ではハリスのVP起用を民主党員の9割が支持(ヴァンス支持の保守派は52%)しており、「大半はハリスがバイデンよりも好ましいかまたは優れていると見ている」ともしていた。だのに耄碌バイデンをVPにしなかったのは、ハリスに大統領が務まるとは誰も考えていなかったからに相違なく、単にマイノリティーの女性だから副に据えたと、当時筆者は思ったものだった。
明けて21年2月27日、筆者は「民主党議員がバイデンに『核のボタン』の大統領専権放棄を求める」と題した拙稿を書いた。「核のボタン」に関連して民主党議員30人がバイデンに「核兵器を発射する彼の唯一の権限を放棄するように求めた」と、その数日前に『Politico』が報じていたのだ。
求めたのは、「議会指導者の常設評議会を創設し、彼らに重要な国家安全保障問題に関する行政府との審議への定期的参加と、核兵器の先制使用の前に議会の一部に相談することを義務付ける」ことであり、その理由は「前任の大統領は核兵器で他国を攻撃すると脅迫したり、当局者がその判断に懸念を表明したりするような行動を示した」からだ。
この記事を追った24日の『Epoch Times』は、ペロシが、選挙人の合同会議前日の21年1月5日にミリー統合参謀本部議長と「不安定な大統領が軍事的敵対行為を開始したり、発射コードにアクセスして核攻撃を命じたりするのを防ぐための利用可能な予防策について話し合う」と書いていた。
その真偽のほどは判らないが、当時のバイデンがコロナを怖がる余り地下室だかどこだかに雲隠れして、4月下旬の菅訪米辺りまで姿を現さなかったのは世界中が知っている事実だ。爾来3年半が経ち、バイデン降ろしの嵐が吹き荒れる中、今またコロナに感染したとかでどこかに引籠ってしまった。
もし今バイデン辞任となればVPのハリスが大統領に繰り上がり、その場合、バイデンの任期が終わるまで副大統領は置かない。よってその間にハリスに何かあれば下院議長の共和党マイク・ジョンソンが大統領に就く。但し、11月の大統領選挙には正副候補ペアで臨むので、民主党も正副候補を揃えることになる。
そこでネックとなるのはカリフォルニア州選出の黒人女性であり、人気がなくて無能なカマラ・ハリスの存在だ。副大統領がハリスでなければ、すんなり副大統領候補を決めて11月5日臨めば済む。が、有力候補と目されるギャビン・ニューサムは同じカリフォルニア州知事だから憲法上NG、ミシガン州の女性知事グレッチェン・ウィトマーも正副女性では拙い。黒人女性同士のミッシェル・オバマのケースは更に反発が出よう。
とはいえバイデンとハリスの二人の首に誰が鈴を付けるのかはかなりの難題だ。その一つの解が、民主党全国委員会(DNC)が発表した大統領候補を選ぶバーチャル・ロール(候補名簿)、即ち「ミニ予備選」であり、そこにハリスも含めるところが味噌だ。DNC会規則委員会は19日、「ミニ予備選」の概要を説明するバーチャル会合を開き、遅くとも26日までに規則を決定すると発表した。
DNCのエレイン・カマルクは、バイデンが指名候補から外れた場合、党がどのように対処するかについての一つの仮定のシナリオを、①立候補希望者を確認、②投票対象者の決定、であると説明した。 立候補は代議員300~600の署名を集める必要があるという。
20日の『Newsmax』は、ペロシ元下院議長が非公開の会合でバイデンが勝つとは思わないと述べたのと併せ、バイデンとの個人的な会話でも同様の見解を直接伝えたとの『ニューヨーク・タイムズ』の報道を紹介している。また情報筋の話として、ペロシがハリスと同じカリフォルニアの同僚であるにも関わらずオープンな予備選を支持しているとも書いている。ペロシと言えどもハリスに面と向かっては言いづらいのだろう。
それもこれも、最初から万一の場合でも大統領にする気など毛頭なかった無能なハリスを、マイノリティーの女性であることだけを以て4年前にVPに据えた報いである。カリフォルニア州民主党のロフグレン下院議員も19日、 MSNBCに出演してオバマやビル・クリントンが主導する「ミニ予備選挙」を開催して民主党の次期大統領候補を決めるべきだと示唆した。
同じ日に同じカリフォルニア州のペロシとロフグレンの話が揃って記事になることで、バイデンとハリスに圧力を加えているのは明らかだ。斯くてバイデン降ろし、ハリス降ろしが3年半経ってようやく実現しそうな状況だが、こうして見るとこの3年半のバイデン政権は一体何だったのか、という気がして来る。
民主党の党大会は一ヵ月後の8月19日~22日に予定されている。が、もし筆者が民主党の有力者だったら党大会を期日前投票ギリギリの9月下旬辺りまで延ばすだろう。「ミニ予備選」自体が民主党正副候補のキャンペーンそのものだからだ。その盛り上がりのまま11月5日の投票に雪崩れ込むのである。いずれにせよ今週中には答えが出るだろうが、共和党に比べて人材不足と後ろ向き感の強さは否めない。
(追記)
今朝(22日)起きたら、夜中の内にバイデンが撤退を表明していた。これに法学者のジョナサン・ターリーは、選挙戦を撤退するバイデンが大統領職にとどまれるのか、という憲法修正第25条の問題を提起した。