岸田首相の突然の不出馬で、自民党総裁選が動き始めた。現役閣僚や党三役も手を上げ、最近まれに見る混戦である。
社会保障改革から逃げる候補たち
この中で推薦人を20人集めたと表明したのは小林鷹之氏だけで、あとはまだ立候補できるかどうかもわからないが、石破氏と河野氏は出馬の方針を明らかにしている。茂木氏と高市氏と斎藤氏も出馬の方向だ。
この日経新聞の論点整理にはいろいろな政策があがっているが、解せないのは最大の問題である社会保障改革がないことだ。これについては河野氏が3年前の総裁選で最低保障年金を提案したが、他の候補から集中砲火を浴び、引っ込めてしまった。
多くの候補が言及しているのがエネルギー政策である。これについては河野氏が軌道修正とも受け取れる発言をし、小泉氏も電力の安定供給を重視すると言っている。他の候補も原発重視だが、新設・リプレースを認めるかどうかが一つの争点だろう。
アベノミクスで日本はG7最下位になった
最大の争点は、アベノミクスを転換できるのかである。アベノミクスの継続を主張している高市氏は論外だが、財政タカ派では総裁選は戦えない。かつて石破氏は財政健全化を掲げて安倍氏と対決したが敗れた。見通せる将来に財政が破綻する兆候はないからだ。
むしろアベノミクスの最大の問題は、安倍氏が約束した「日本経済の成長」がまったく実現しなかったことだ。実質賃金はG7の最下位をイタリアと争っており、アベノミクスになってから差が大きくなった。
この原因は物価が下落する「デフレ」ではない。それは低成長の結果であり、物価を上げても何も起こらない。それを「異次元緩和」という無意味な政策で打開しようとしたのが、アベノミクスの失敗だった。
その原因は何か。一つの明らかな原因は高齢化である。GDPを生産年齢人口(15~64歳)で割ると、日本の成長率はG7の平均以上である。高齢化で生産年齢人口が減っているため、全人口で割るとGDPが低くなるのだ。
しかし日本の就業率は、G7で最高である。定年後に働く高齢者や主婦のパートが増えたので、実際の労働人口で割ると、やはりGDPはG7で最下位である。これは非正規労働者が増えて平均労働時間が減った影響も大きいが、労働時間あたりでも同じく最下位(OECDで27位)である。
アベノミクスが産業空洞化を促進した
なぜこうなるのか。その最大の原因は、非製造業の労働生産性の低さである。製造業の生産性は高いが、サービス業の生産性はG7最低で、しかも下がっている。
その原因は、皮肉なことにアベノミクスの促進した産業空洞化だった。黒田日銀が2013年から大量にばらまいたマネーのほとんどは海外投資され、その収益は半分しか国内に還元されていないのだ。
同じような現象は1980年代以降のアメリカでも起こり、日米貿易摩擦の原因になった。だがアメリカの雇用が失われた最大の原因は日本企業の不公正貿易ではなく、アメリカ企業が中国やメキシコにオフショアリング(海外生産)したことだった。
これによって1990年代以降、アメリカ経済は高い成長を実現したが、グローバル企業と労働者の所得格差が拡大して分断が起こり、トランプ政権が登場した。
いま日本で起こっている円安は、高齢化と産業空洞化によって日本の国際競争力が低下した結果である。これを解決する安易な方法はトランプの主張する保護主義だが、それは問題を悪化させるだけだ。
本質的な解決策は、雇用を流動化して労働生産性を高め、企業の新陳代謝によってイノベーションを促進することだ。これこそ安倍政権が逃げてきた規制改革であり、やるべきことはわかっている。必要なのは自民党内をまとめる政治力と政策の実行力である。