「増税ゼロ」で社会保障の赤字をチャラにするたった一つの方法

池田 信夫

自民党総裁選に名乗りを上げた茂木敏充氏が「増税ゼロ」を公約して、話題を呼んでいる。その公約を読むと、「増税ゼロ」とは書いてあるが、その財源は防衛増税の中止などの非常識な話しか書いてない。

社会保障支出はあと15年で50兆円増える

この「増税」には社会保険料は含まれていないと思われるが、今のままでは社会保障支出は今後15年で50兆円も増える。毎年3兆円以上のペースである。今の140兆円の支出のうち、社会保険料は80兆円しかない。残り60兆円の赤字を国費(消費税+国債)で埋めているが、増税ゼロでこの赤字をどうまかなうのか。

厚労省の資料

今後50兆円の負担増を保険料だけでまかなうと、保険料が所得の48%に達するので、これは政治的に不可能だろう。

これを消費税だけでまかなうと25%ポイント増税する必要があり、税率は35%になる。これは世界にも類のない間接税率で、これも政治的に不可能だ。

では国債を50兆円増発したらどうなるか。黒田日銀なら全部引き受けてくれただろうが、植田日銀は量的引き締め(QT)で国債の買取額を減らしている。これを民間銀行や外資が買うには、長期金利が上がらないといけない。

後期高齢者の9割引医療をやめるとき

こう消去法で考えると、増税ゼロを維持するには社会保障支出の削減しかないことがわかる。今は次の図のように、健保組合などの現役世代から10兆円の仕送り(後期高齢者支援金と前期高齢者調整額)がおこなわれている。

これは河野太郎氏も指摘するように「集められた(現役世代の)資金の4割がグループの外に支出されているのは、もはや「保険」ではなく「課税」なのではないでしょうか」。

後期高齢者の9割引医療をやめるとき

この最大の原因は、後期高齢者の9割引医療である。これでは公的医療保険制度の持続性が危ぶまれるということで、ようやく厚労省も3割負担の拡大を検討し始めた。

これと前期高齢者の8割引医療をやめると赤字は約5兆円減るが、それでも残りの5兆円の穴は埋まらない。そんな中で自民党の幹事長が、社会保障にまったく言及しないで「増税ゼロ」を約束するのは、どういう神経なのか。

5%のインフレ税で社会保障の赤字は減らせる

実は増税ゼロ・歳出削減ゼロで、社会保障の赤字を埋める方法が一つだけある。赤字をすべて国債の増発でまかない、それを日銀に引き受けさせるのだ。安倍政権が黒田日銀にやらせた財政ファイナンスである。

政府債務1300兆円のほとんどは名目ベースなので、インフレで貨幣価値が下がると実質債務が減る。今でも毎年2%のインフレで約25兆円(消費税10%分)のインフレ税がかかっているが、5%のインフレにすれば65兆円で、消費税を35%に上げるのと同じ効果がある。社会保障給付もほとんどは名目ベースなので、大幅に減らすことができる。

もし茂木氏が財政インフレを考えているとすれば、それも一つの戦略である。具体的には首相が「5%のインフレ目標を設定し、それが実現するまで日銀が国債を無制限に買う」と宣言するのだ。金利も上がってインフレ・スパイラルになるかもしれないが、1ドル=200円以上になり、企業収益は上がる。それ以外の国民は貧困化し、格差は拡大するだろう。