コロナワクチンの重症化予防効果をめぐる議論

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コロナワクチンには、感染予防効果はみられないが重症化を防ぐことができるという理由で、政府や専門家は、高齢者に対する定期接種を強く勧めている。

昨年12月17日に開催された参議院予算委員会でも、川田龍平議員の、「わが国が高齢者にコロナワクチンの接種を勧めるのは、ワクチンに重症化予防効果があるからなのか」という質問に対して、石破総理大臣は「コロナワクチンには重症化予防効果があると認識している。審議会からも、安全性に重大な懸念はないと報告を受けている」と答弁している。

本稿では、わが国において、コロナワクチンの重症化予防効果を示す根拠とされている研究についてその正否を論じる。

厚労省のホームページには、ワクチンの有効性を示す根拠として、長崎大学が行ったVERSUS11報が紹介されている(表1)。この研究では、オミクロン対応1価ワクチンには、60歳以上での入院予防効果が44.7%あることが示された。原口一博衆議院議員が、厚労省にワクチンの重症化予防効果を問い合わせたところ、VERSUS11報が紹介されたことからも、現時点で、コロナワクチンの重症化予防を示す最も重要な研究とみなされている。

表1
出典:長崎大学熱帯医学研究所

この研究には、2023年10月1日から2024年3月31日までの期間に、長崎大学を中心に全国の12の病院が参加した。呼吸器感染症を疑う症状や肺炎と診断されて入院した1,110例を対象に検査陰性デザインを用いた症例対照研究という手法を用いて入院予防効果が検討された。

症例対照研究では、入院患者に新型コロナウイルス検査を行い、検査陽性例と陰性例にわけ、陽性例と陰性例のワクチン接種歴を調べる。ワクチン未接種群と接種群の陽性例と陰性例の比率(オッズ)を計算し、次に、未接種群と接種群のオッズ比を計算する。入院予防効果は、1マイナスオッズ比で示される。

筆者は、以前、ワクチンの効果を検討する場合に症例対照研究を用いる場合の問題点について論じたことがある。検査陽性率が低ければ、症例対照研究の結果は、標準的なコホート研究の結果と一致するが、陽性率が高ければ大きく乖離する。実際、検査陽性率が50%を超える受診者を対象に、国立感染症研究所が、症例対照研究の手法を用いて行った研究では、BA.5に対する感染予防効果が65%と比較的高い予防効果が報告された。

しかし、筆者が厚労省の公開データを用いてBA.5に対する感染予防効果を検討した結果では15%にすぎなかった。

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44.7%という数字は相対的予防効果であり、絶対的には、どの程度の予防効果が得られたのであろうか。VERSUS11報で報告された数値を用いて計算すると、ワクチン未接種群のコロナ陽性率が22%であるのに対し、ワクチンを接種することで陽性率が15%に低下する程度の効果である。

VERSUS11報では、入院予防効果と同時に感染予防効果も検討している。ワクチン接種後3ヶ月までは29.6%の感染予防効果が得られたが、3ヶ月を過ぎるとマイナス26.9%に低下した。

マイナスとは、ワクチンを接種することでかえって感染しやすくなったことを意味する。「感染は防ぐことはできないが、入院を減らすことができる」ことをどのように考えたらよいのだろうか。

コロナが重症化するのは免疫が暴走するからと言われている。重症例や中等症例は免疫抑制を目的にステロイドが投与される。ワクチンには免疫抑制効果があるが、入院予防効果は、ワクチンの持つ免疫抑制効果によると考えられる。免疫を抑制すると一時的には重症化を予防するが、他の合併症が増加して長期的には死亡が増える可能性も考慮しなければならない。

これまで、コロナワクチンの有効性の評価に感染予防効果や重症化予防効果が検討されてきたが、ワクチン接種後の死亡を考慮して、研究者の間では、全ての死因を含む死亡数の評価を重要視すべきだという意見がある。

観察期間が2ヶ月の時点で、ファイザーの治験では、全死因死亡数は、ワクチン群が2例、プラセボ群が4例、モデルナの治験では、ワクチン群が2例、プラセボ群が3例とワクチン群の方が少なかった。ところが、6ヶ月の時点では、ワクチン群の心血管系疾患による死亡数が、プラセボ群を上回ったため両群間の死亡数の差は見られなくなった(表2)。

6ヶ月以降の全死因死亡数を両群間で比較した結果を知りたいところであるが、両治験とも、半年の時点で、プラセボ群にワクチンが接種され盲検が中止されたので長期間観察した比較はできていない。

表2 ファイザー/モデルナmRNAワクチンによる無作為割付試験:全死因死亡率の比較

ワクチン未接種群と接種群の全死因死亡数を比較するには、ワクチン接種後の死亡数の推移を知ることが必要である。これまでも、厚生科学審議会の資料として、コロナワクチン接種後の死亡事例が公表されているが、全数報告でなく、死亡例の一部が報告されているに過ぎない。審議会の報告では、ワクチン接種後の死亡は、接種直後の10日間に集積している。

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今回、浜松市が情報公開したことから、同市のコロナワクチン接種後に死亡した全事例のデータを入手することが可能となった。

浜松市は、人口80万人の政令指定都市である。図1には80歳代高齢者の、2021年11月から2023年5月にかけての、未接種、ワクチンを2回、3回、4回接種後の全死因死亡数の推移を示す。浜松市では、2021年9月までに、90%以上の高齢者がワクチンを接種済みであり、2022年11月以降、未接種者の全死因死亡数は、毎月ほぼ一定で大きな変動は見られない。

一方、ワクチン接種者の死亡数は、接種回数にかかわらず、接種後半年をピークに増加し、1年後には収束している。70歳代、90歳代でも同じ傾向である。浜松市におけるワクチン接種後の死亡数の変動は、全国におけるコロナ感染者数と感染死亡数の推移と連動していない。もっとも、コロナ流行の影響を受けやすいワクチン未接種者においても、死亡数の変動は見られておらず、ワクチン接種者の死亡数の変動は、コロナの流行ではなくワクチン接種の影響によると考えられる。

死因のデータが入手できていないので、ワクチン接種後死亡例のどれくらいがワクチン接種と関連あるか推定はできていないが、このデータから、少なくとも、ワクチンの有効性を評価するには、接種後1年間の全死因死亡数を調査することが必要であることが判明した。

図1 浜松市におけるコロナワクチンの接種回数と全死因死亡数の推移

オミクロン対応1価ワクチンの接種が始まったのは、2023年9月20日からであり、VERSUS11報における入院予防効果の評価は、2023年10月1日から2024年3月31日の期間で、ワクチン接種から6ヶ月以内である。ワクチンの有効率の評価は、全死因死亡率を用いて、少なくともワクチン接種後1年間は観察すべきである。

以上のことから、VERSUS11報は、コロナワクチンの定期接種を勧める根拠としては薄弱と考える。コロナワクチンの評価には、英国の統計局が公表しているように、リアルワールドのデータを用いて、未接種群と接種群の人年当たりの全死因死亡率の比較が必要である。

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