2017年2月、JASRACは音楽教室から著作権使用料を徴収する方針を発表、これに対してヤマハなどの音楽教室事業者(以下、「音楽教室」)がJASRACに徴収権限がないとして訴えた。2022年10月、最高裁は生徒の演奏からは著作権使用料徴収を認めず、先生の演奏からの徴収のみ認める判決を下した。

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判決から2年以上かかった使用料交渉
それ以来、実際の著作権使用料をいくらにするかの交渉がJASRACと音楽教室との間で行われていた。交渉の結果、両者は2月28日、年間で中学生以下の子どもは1人100円、高校生以上などは1人750円などとすることで合意に達した。
2022年10月の最高裁判決から2年以上かかった理由について、「音楽教室規定に関する音楽教育を守る会とJASRACの合意について」は「協議当初は、最高裁判決の解釈に多くの時間を要したため、判決から2年をかけて合意に至りました」と説明している。
今回、最高裁が支持した知財高裁判決は66ページに上る。それに比べ、最高裁判決は争点も絞られたこともあるが、わずか2ページで論旨も明快。しかし、それでも解釈に差があったのだろうか。
JASRACは使用料として音楽教室の年間受講料収入の2.5%を要求した。「中学生以下の子どもは1人100円、個人経営の教室からは徴収しない」などとする今回の合意はかなり音楽教室寄りの内容。筆者は知財高裁判決を「JASRAC訴訟、画期的判決で実質勝訴した音楽教室」と紹介した。

当然、JASRACは上告受理申立てをしたが、最高裁はこれを受理した。知財高裁判決を支持するのであれば、上告申立てを受理しない選択肢もあるので、受理したからには最高裁が知財高裁判決を覆し、JASRAC全面勝訴の東京地裁判決がよみがえることも考えられた。しかし、最高裁は受理した上で、知財高裁判決を支持する判決を下した。
最高裁判決については拙稿「JASRAC訴訟:音楽教室の主張を認めた最高裁判決の意義」で紹介したが、今回の合意内容が音楽教室に有利な内容になっているのも、この最高裁判決が影響していると思われるため、以下、図表などを省略して本文のみ紹介する。

実質勝訴した音楽教室
JASRACの音楽教室からの使用料徴収方針に対して、ヤマハなどの音楽教室事業者(以下、「音楽教室」)がJASRACに徴収権限がないとして訴えた事件。10月24日、最高裁は生徒の演奏については、使用料の支払い義務はないとした知財高裁判決を支持する判決を下した。
ちなみに音楽教室は、教師の演奏については使用料支払い義務があるとした知財高裁判決を不服として上告受理申立てをしていたが、こちらは最高裁が上告を受理しなかった。このため、全面勝訴とはいえないが、生徒の演奏については主張が認められたので、音楽教室の実質勝訴と言ってもよい判決となった。
筆者は「音楽教室 vs JASRAC事件 最高裁の判断は?」で「最高裁が高裁判決を覆し、地裁判決のように今の時代の社会通念から乖離した、昔の判決を踏襲するかは予断を許さない」と結んだ。

「予断を許さない」としたが、知財高裁判決を覆す可能性が高いと思った。上告受理申立てを受理しなければ、結果的に知財高裁判決が維持されるので、受理したからには覆す可能性は高いからである。
では、なぜ最高裁は上告受理申立てを受理した上で、知財高裁と同じ結論の判決を下したのか?東京地裁判決は「音楽教室 vs JASRAC事件判決文の4つの争点について」のとおり、今の時代の社会通念から乖離した、昔の判決をいくつか踏襲したが、そのうち最も重要な判決が今回、最高裁でも唯一の争点となった著作権侵害の主体について判断したクラブキャッツアイ判決である。

カラオケ法理の呪縛
1988年、最高裁は当時、多くのカラオケ店が著作権使用料を払わずに営業していた事態に対応する必要に迫られた。カラオケ店で歌っているのは客だが、客は歌う=演奏することによってお金を儲けているわけではないので著作権侵害とはいえない(著作権法第38条)。
このため、最高裁はカラオケ店主が ①客の歌唱を管理し、②利益を得ている、ことを理由に著作権を侵害しているとみなした。その後、この判決はカラオケ法理とよばれるようになり、カラオケ関連サービスだけでなく、インタネット関連サービスにも広く適用されるようになった。ネット関連新サービスを提供するベンチャーの起業の芽を摘み取り、日本のIT化・デジタル化を遅らせる原因にもなった
最高裁がカラオケ法理を再検討する機会が訪れたのが、2011年のまねきTV事件とロクラクII事件。インターネット経由で海外に住む日本人も日本のテレビ番組を視聴できるようにするサービスに対し、知財高裁はいずれも事業者の著作権侵害を否定する判決を下した。
このため、カラオケ法理の呪縛から解き放たれる日も近いのではとの期待がかかったが、最高裁は両事件とも知財高裁判決を覆し、事業者の侵害を認める判決を下した。
最高裁判決のミスリード?
こうした状況に歯止めをかけたのが、今回の知財高裁判決だが、最高裁も2ページの判決文(知財高裁判決は66ページ)を書いた理由として参考になるのが、早稲田大学の上野達弘教授の論考である。教授は講演録「著作権法に関する最高裁判決の射程――最高裁判決のミスリード?ーー」『コピライト』(2018年6月号)で二人の元最高裁判事の著書、伊藤正巳『裁判官と学者の間』(有斐閣、1993年)および藤田宙靖『学者判事の七年半』(有斐閣、2012年)を引用しつつ、以下のように総括した。
このように、伊藤先生は、わが国の裁判所は判例法国にもまがうほど判例尊重の程度が極めて高く、ときには過度に広範囲な拘束力が与えられていることを指摘しており、藤田先生は、目前の事件に速やかに判断を下さなければならない裁判官が、過去の判例の是非について「判断停止」してそのまま追認する可能性に言及すると共に、必ずしも先例とはならない過去の最高裁判例を数多く「参照」して自己の判断を権威付けようとする傾向を指摘しておられます。
「音楽教室 vs JASRAC事件判決文の4つの争点について」のとおり、今回の東京地裁判決もクラブキャッツアイ判決を引用しているので、ミスリード判決の一例ともいえる。最高裁は、下級審がこうした判決を繰り返さないために最高裁の判決として残しておきたかったのかもしれない。
小括
以上、使用料の話に戻ると、JASRACは年間受講料収入の2.5%の徴収に応じた音楽教室からは2017年4月から徴収を開始していることからも、大幅値下げは避けたかったと思われるが、最高裁が上記の判決を下したことも今回の合意に影響したかもしれない。
なお、この事件を題材とした拙著「音楽を取りもどせ! コミック版 ユーザー vs JASRAC」を実写映画化するLIBERTY DANCEが夏に公開される予定なので、ご参考まで。
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