ウクライナ戦争開戦から3年:捕虜の顔出し画像、暗殺、AIドローン

北朝鮮の捕虜の顔

ロシアによるウクライナへの全面侵攻で始まったウクライナ戦争開戦から、2月24日で丸3年。戦争の熾烈さを思わせる動きとAIの影響に注目してみたい。

1月11日、ウクライナのゼレンスキー大統領はウクライナ軍が越境攻撃を続けるロシア西部クルスク州で捕虜にした北朝鮮の兵士2人の画像をソーシャルメディアで公開した。顔が明確に映っている複数の写真はロシア軍とともに戦う北朝鮮兵の実像を国際社会に露呈させた。

-ゼレンキー大統領インスタグラムより

ジュネーブ条約、違反?

日本のある新聞記者がXにゼレンスキー氏の投稿をリポストし、筆者は条件反射的にこれをリポストした。

しかし、別の投稿者が指摘するようにこのような画像の公開は捕虜の待遇を定めるジュネーブ条約に違反している可能性があった。同条約は捕虜を「暴行又は脅迫並びに侮辱及び公衆の好奇心から保護」し、「身体及び名誉の尊重」を求めている。

画像公開の翌日となった12日、ゼレンスキー大統領はロシアに捕虜にされたウクライナ兵と引き換えに北朝鮮兵2人を本国に送還する用意があると発表した。

大統領は尋問の様子を収めた動画も投稿しており、「公衆の好奇心から保護」や「名誉の尊重」を遵守するかどうかというレベルを超えた必死さが伝わってくる。

ウクライナ当局による捕虜の身元が分かる画像・動画の公開は今回が初めてでない。

2022年2月末の開戦からまもなくして、ウクライナは捕虜となったロシア兵らの動画をソーシャルメディアやメッセージアプリで拡散し、人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」からジュネーブ条約が定める保護条約違反として公開停止を求められていた。

ロシア側の捕虜となったウクライナ兵に対する拷問に相当する扱いや処刑前後の様子もこれまでに西側メディアなどが報道しており、両国のバトルは複層的に続いている。

要人暗殺、小型武器の活用

昨年、ウクライナ側が米国および北大西洋条約機構(NATO)に対し何度もアピールしていたのがロシア国内の標的を攻撃する長距離兵器の使用許可だった。NATOとしてはこれを承諾すれば、二国間の戦争にNATOが直接関与したとみられる可能性があって足踏み状態となった。

米国のバイデン前大統領が米製長距離ミサイルの使用を許可したのは昨年11月になってからだ。翌月、長距離射程の米地対地ミサイル「ATACMS」がロシア南部ロストフ州タガンログの軍用飛行場を攻撃した。

長距離兵器を巡って政治駆け引きが続く一方で、古典的な手法で敵に一撃を与える事件が発生した。
12月17日朝、ロシア軍の放射線・化学・生物学防護部隊のトップ、イーゴリ・キリロフ中将が集合住宅から出てきたところで、路上に置かれていた電動キックボードに仕掛けられた爆弾が爆発し、死亡した。同中将は、ウクライナの戦場で化学兵器の使用を指示したとして、西側諸国から非難されていた。

ウクライナ側は中将を「正当な標的」だとしている。

ウクライナ戦争は前線にいる兵士は別として、多くの人にとってはテレビやスマートフォンの画面で見る「バーチャル戦争」だった。しかし、キリロフ中将の暗殺現場近くに住む人にとって、もはやバーチャルではなくなった。

「ニュースで読んでいる分には遠くのことのように感じるが、自分の隣で起きるとまったく違って恐ろしい」と近隣に住む女性が語る(BBCニュース、12月17日)。

多数の戦士、あるいは市民を殺害するのではなく、日常生活の空間にいるたった一人の要人を暗殺することで市民社会に大きな恐怖心を抱かせ、敵国に政治圧力をかけることができるのである。

同様の恐怖心を抱かせる事件が昨年9月、中東で発生している。レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの戦闘員らが所有するポケベルが一斉に爆発して3000人以上が死傷。イスラエルのネタニヤフ首相がこの作戦にゴーサインを出したことを認めている。日常の生活圏の中に戦争の熾烈さが忍び込み、人々を震撼させた。

露によるドローン攻撃の実験台となるヘルソン

ウクライナ南部ヘルソンは2022年3月初旬にロシア占領下におかれた最初の主要都市だ。8カ月後に解放されたが、今やロシアによるドローン攻撃の実験台となっているという。

昨年7月中旬から年末までにヘルソン付近にロシアからの小型ドローンが9500回攻撃をかけ、少なくとも37人の民間人が死亡、100人以上が負傷した(地元警察発表、英フィナンシャル・タイムズ、2024年12月4日付)。

雨が降りそうになると、ヘルソンの市民は外に買い物に出かける。少なくとも、ドローン攻撃が止むだろうと思えるからだ。突然やってくるドローンは住居の上で旋回していることもあれば、時には建物にぶつかったり、時には通りを歩いている人を追うように迫ったりする。「まるで獲物になったようだ」と軍関係者の一人がいう。FT記事は、ドローンで攻撃されて片足の先を失った民間人がベッドに座ってこちらを見る写真を掲載した。

ウクライナにとっても有力な武器

実験台にされた人々の悲哀が伝わってくる記事だが、ウクライナ側にとっても、ドローンは有力な武器だ。

12月4日付のFT紙記事は欧州の防衛技術のスタートアップ企業Helsingの有力製品を嬉嬉として紹介している。Helsingによると、同社新開発のAI搭載ドローンはすでにウクライナやNATO加盟国で使われている。3D印刷技術を用いほかのドローンよりはるかに低い価格で提供できるという。

ドローンを活用するウクライナにとって、課題となっていたのがロシアが電磁波を使ってGPSやドローンとオペレーターとの通信を妨害することだった。Helsingのドローン「HX-2」は最長100キロまで飛行可能で、通信が途絶えてもターゲットに届く機能を備えているという。

同日に開催されたロンドン国防会議に出席したジョン・ヒーリー英国防大臣はHelsingが英国に生産拠点を設置予定で、今後5年で3億5000万ポンド(約669億円)の投資を計画していることを発表した。

英国政府は「月単位ではなく週単位でイノベーションが生まれる」ウクライナから学ぶ必要がある、と国防相は述べた。会議で披露した新「防衛産業戦略」は「英国経済の成長と良い雇用を生み出す」ものとして紹介されている。

「『イノベーションが生まれる』ウクライナ」とは、なんと複雑な思いを抱かせる表現だろうか

新聞通信調査会が発行する「メディア展望」に掲載された筆者記事に補足しました。


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年3月10日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。