漫画家による生成AI活用の最前線①

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4/11デジタルコンテンツ協会(DCAJ)ビジネスセミナー「漫画制作における生成AI活用の現状~2025年春~」(以下、「DCAJ講演」)で漫画家 小沢高広氏の講演をきいた。

セミナー資料は公開されていないが、2024年春には経済産業省の経済産業研究所(RIETI)で、「漫画制作における生成AI活用の現状~2024年春~」(以下、「RIETI講演」)について講演。2023年10月にも 文化審議会著作権分科会法制度小委員会(以下、「文化庁小委」)で発表している。

いずれもプレゼン資料と議事録が公開されているが、RIETI講演は動画配信もされているので、以下、RIETI講演の議事録をベースに紹介する。その後、2025年3月にオープンAIがジブリ風画像生成サービスを開始したため、これについては2025年4月のDCAJ講演で補足する。また、2023年10月に遡るが、文化庁小委でも興味深いQ&Aがあるので、それについても紹介する。

RIETI講演では103枚のスライドを用いて、43分にわたって話をした。以下、議事録を筆者なりに要約し、解説を加える。

生成AIで何ができるか

・自分はデジタル入稿やSNS、NFT、生成AIなどを早期に導入した。漫画家は約2万人。1995年以降下降傾向だった「紙+電子コミック」の売上は、電子書籍が始まりスマホで漫画が読めるようになったことで、2012年以降回復し現在は電子が紙を上回る(下図)。

・生成AIはストーリーや作画を補助できるが、漫画の核であるネームには当面不向き。編集者のように素材を引き出す使い方が有効。

・生成AIがもっともらしいうそをつくハルシネーションについて、自分は、「講釈師、見てきたようなうそをつき」という江戸時代の川柳が好きで、エンタメのクリエイターとしてこうでありたいと思っているので、ハルシネーションを生む生成AIは創作に向いていると思う。

・生成AIでできることは、①苦手なものを代わりにお願いする ②壁打ちの相手をしてもらう ③やたらめったらパターンを作る ④やっぱり背景は描いてほしい の4つ。

・生成AIは短中期的には仕事を奪わないが、長期的には不透明。ただし漫画制作は難しく、漫画家より先にいろいろなものがAIに代替されると思う。

・生成AIにより漫画制作の効率が上がれば作品数が増え、描ける人の裾野も広がると指摘、奪われる前に、生成AIの普及が、日本の漫画文化のさらなる多様性の向上につながる段階がありそう。

裾野が広がるほど山は高くなることに関連して、今夏、公開される映画 LIBERTYDANCEの原作となった拙著「音楽を取りもどせ! コミック版 ユーザー vs JASRAC」の「はじめに」は、漫画家の赤松健参議院議員の以下のコメントで始まっている。

『ラブひな』『ネギま!』などの作品で超人気の漫画家 赤松健氏は、「スポーツでも何でもアマチュアの裾野が広いほど、プロは強くなります。・・・裾野を狭めるとマンガの質が落ちて、面白くなくなる」と指摘しています。

(サンデー毎日 2013年4月7日号)

生成AIの利用は権利侵害になるのか

・生成AIの利用は権利侵害になるのかについては学習と生成に段階が分かれる(下図)。

学習については、最初のポツのとおり、著作権法30条の4で「著作物に表現された思想または感情の享受を目的としない利用」は原則OK。30条の4については、拙稿「経団連の提言するコンテンツ省(庁)の新設が必要なこれだけの理由②」で適用範囲についての文化庁の見解も含めて解説した。

学習の2番目の「学習されることに対する忌避感のある人は一定数いる」とあるが、忌避感のある著者の代表例として、前回投稿「「チャットGPTが巻き起こした「ジブリ旋風」の光と影」で紹介した宮崎駿氏があげられる。

同氏は2016年のテレビ番組で、人工知能で作られたグロテスクな映像を見せられて、「極めて不愉快(中略)、僕はこれを自分たちの仕事とつなげたいとは全然思いません。極めて何か生命に対する侮辱を感じます」と酷評している。

同じく学習の2番目の「他人の絵柄の追加学習」については文化庁小委でも以下のような質疑があった。

【澤田委員】大変興味深いお話ありがとうございました。クリエイター側の懸念として、自分の描いた絵の画風とかを追加学習されて、自分の画風で全く別の絵を描かれてしまうということについて懸念を持たれている方がおられます。それが著作権法上どう評価されるのかという問題は別にあるとは思うんですけれども、そういった懸念について、先生御自身の御意見としてはどのように考えておられるか、教えていただければと思います。

【うめ 小沢高広先生】そうですね。法律の部分とは別のところの気持ちとしてそれをどう受け入れるか、受け入れられないかというところはすごく難しいところで、ここは本当に人にはよると思うんですけれども、絶対やめてくれという人もいれば、いや、気にしないよ。確かに日本には2次創作というふうな文化もあって、それが創作者の揺り籠にもなっている部分もあるというところを考えると、十把一からげに駄目ということもできないけれども、それを嫌だという気持ちも大変よく分かるところであります。なので、そこのところというのは何か軟らかいマナーみたいな形でうまい落としどころに行くといいかなとは思っています。

「柔らかいマナーみたいな形」といえば、ソフトローが思い浮かぶ。ソフトローとは、「民間で自主的に定められているガイドラインのほか、行政府が示す法解釈等も含む広い概念」で、「作成や改変の容易さ、個別状況に合わせた作成・運用ができるなど、法改正によらずに、時代の変化に対応した柔軟な規範の変更が可能という利点がある」とされる。

著作権法の分野でも、上記30条の4の柔軟な権利制限規定を導入した2018年の改正で、ガイドラインの策定など必要な対策を講ずることとする附帯決議が付けられた。

学習の3番目に「他人の絵柄を追加学習したデータを販売するあたりがグレーゾーン?」とあるが、非享受利用を認めた30条の4のただし書きは、「著作権者の利益を不当に害する場合はこのかぎりではない」としている。このただし書き該当するおそれがあるからである。

図の右側の生成については、2番目の赤字のとおり、「生成AIを使わずともやってはいけないことはやらないことが大事」。

生成の3番目に「数少ない懸念すべき可能性は『他人の作品と意図せず偶然一致してしまう』場合」とある。著作権侵害となるには、二つの作品が似ているかどうかの類似性と作品が別の作品にもとづいて作成されたかどうかの依拠性が必要。

偶然一致した場合は侵害にならないが、侵害の疑いを持たれないために現状でできる対策として、小沢氏は「画像検索などで類似の画像がないかを検索するという類似性対策と、プロンプトや元画像や生成環境などを保存しておくという依拠性対策」を挙げる。偶然であることの立証は難しいが、プロンプトに入ってなければ偶然であると反論しやすいので、保存を勧めるわけである。

権利侵害についてのQ&A

権利侵害の問題については、DCAJ講演でも質問があり、小沢氏に先立って講演したジャーナリスト/専修大特任教授の松本淳氏も加わって以下の質疑があった。

Q:プロンプトをもとにAIで生成したキャラクターイラストをトレスして漫画を作るのは著作権的に問題ないか?

小沢:基本的には類似性と依拠性、この二つにおいて問題なければ問題ない。

松本:たとえば、ジブリフィケーションの例でいえば、プロンプトでジブリ風にしてと言ってしまうと、その段階で類似性、依拠性があるのか?

小沢:少なくとも依拠性はある。ただそれでも具体的にジブリのどの作品のどの場面というのがなければ、そこは争点にはなると思う。

松本:「〇〇風」だけではAIにかぎらず著作権の侵害にはならない?

小沢:そうですね。そこは著作権うんぬんというより創作者に対するリスペクトの問題になるのかなと思う。

拙稿「チャットGPTが巻き起こした『ジブリ旋風』の光と影」のとおり、著作権法は創作的な表現に至らない作風やアイデアを保護するものではないので、「作風」が「アイデア」である場合、そのような「作風」が共通したとしても、著作権侵害とはならない。

松本:いくら著作権的にOKでも全然リスペクトないということになると批判も浴びるし、売れることもない。

小沢:イスラエル軍を美化するような投稿(下図)については、一ジブリファンとしては嫌だなと思いますね。

松本:この議論というのは、割と著作権の話に重点が置かれすぎているが、著作権的にOKであれば何やってもよいかというと決してそうではなくて、むしろ、人間は感情の生き物なので、ちゃんとリスペクトありますかというところこそ問われるべきかなと思う。

小沢氏はこの後、生成AIの利用で権利侵害をしないための各種ガイドラインとして、文化庁の「AIと著作権Ⅱ」および経済産業省の「コンテンツ制作のための 生成 AI 利活用ガイドブック」を紹介、いずれも具体的な事例が多くわかりやすいので、一読を勧めた。

RIETE講演に戻って、プレゼンの結び「今後の展望」を以下に要約する。

  • アシスタント、スクリーントーン、コピー機、3DCG、デジタル作画、これらは出た当初ずるいと言われたが、今ではもう当たり前に使われている。ワープロを最初に使った小説家 安倍公房氏は、そんなものでは魂がこもらないとの批判に対し、「馬鹿な。万年筆から出てくる『魂』なんて、ずいぶん軽薄な『魂』もあったもんだよ」と反論した。
  • AIの時代に創作で最後に残るものは、選択と責任だと思う。漫画家はアシスタントが描いた背景も自分の作品として世に出し、それに対するネガティブな評価も受け止めている。選択して、選び取る責任という基本的な構造は、アナログの時代から何も変わっていない。
  • 漫画家は究極において、漫画だけ描いていたいので、AIは漫画を描く以外の雑務をサポートするツールになってもらいたい。

この後に続く、RIETI講演のコメンテイターによるコメントとQ&Aについては②で紹介する。