「今すぐ」石破政権がトランプ大統領にすべきこと

赤沢再生相は7回目の訪米から帰国した30日の羽田での会見で、日米間で協議を重ねるごとに「理解が深まっている」とし、今後の協議では7月9日が「交渉の一つの節目であることは間違いない」との見方を示した。当初26日から29日までの4日間だった日程を延長した赤沢氏は、Xにも「来週も協議続行」とポストした。

赤沢氏が「節目」とする7月9日は、4月5日に発動された各国一律10%のベースライン関税に追加して、貿易赤字額が大きい国に対して4月9日に発動した種々の追加関税を猶予する90日間の交渉期間の期限である。「延長は必要ない」とトランプが述べているので、協議が不調に終われば日本のベースライン関税が24%に跳ね上がり、鉄鋼・アルミ・自動車への追加関税も発効する。

ジェトロに拠れば、「1962年通商拡大法232条に基づいて追加関税の対象となっている鉄鋼・アルミニウム製品や自動車・同部品、将来的に232条関税の対象となる可能性のある品目などはベースライン関税または相互関税の対象外」だそうだ。よって、7月9日以降は鉄鋼・アルミ・自動車(現行は2.5%)への追加関税25%(鉄鋼・アルミの派生品の一部は製品に含まれる鉄鋼・アルミの価値に対して50%)が課されることになる。何とも複雑で判り難い。

他方、米国の関税収入に目を転じると、4月は前月比60%増の150億ドル以上、5月は223億ドル余りに上ると報じられていた。更に7月1日の『Axios』は、税関・国境警備局の文書によると1月20日以降の関税、税金、手数料を含む税関収入総額が、6月27日時点で1061億ドルに達し、その内815億ドルは関税によるもの、と報じた。ベッセント財務長官はそれを年間3000億ドル以上と見込んでいる。約43兆円になるが、日本の24年度の税収は75.2兆円だ。

さて、トランプ大統領は赤沢氏が米国に滞在していた29日、『FOX business』のインタビューで以下のように述べた。

我々は日本に手紙を1通送付します。親愛なる日本様、これはあなたの車に25%関税をかける話です。我々は日本に車を一切与えていないが、あなたは我々の車を受け入れない、しかし、あなたの車を何百万台も米国に持ち込んでいる。それは不公平です。私は日本にそのことを説明しました。彼らは、我々が日本に対して大きな赤字を抱えていること、我々には大量の「石油」や「その他のもの(things)」を受け取ることが出来ることを理解しています。私は「今すぐ(right now)」それを実行することに賛成です。

トランプは30日にもSNSにこう投稿した。すなわち、「その他のもの」として「コメ」に言及したのである。

日本は我々からコメを買おうとしない。それなのに日本は深刻なコメ不足になっている。だから我々は日本に手紙を送るつもりだ。米国はこれからも長い間、日本が貿易相手国であることを望んでいる。

トランプのこうした言動は、日本の実情や国益を熟知した上での助け舟ではあるまいか。こと自動車に関しては、日本は米国車に関税を課していない。アメ車が日本で売れないのは、サイズや燃費や左ハンドルのせいだとトランプが知らないはずはない。が、「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできないのでございます」などと慇懃に語る石破構文をトランプは最も嫌う。むしろ「せめて右ハンドルにしてから文句を言え」と朗らかに言う方が、「もっともだ」とするのではなかろうか。

もう一つ、石破氏が欠席した、25日に終えたオランダでのNATO首脳会議は、トランプ氏出席の下、国防費の対GDP比5%への引き上げを決めた。これに日本の防衛力強化の必要性を問われた林官房長官は「大事なのは金額ありきではなく中身であり、まずは国家安全保障戦略などに基づき防衛力の抜本的強化を着実に進めたい」と述べた。が、日本へも防衛費増額の圧力がかかることは必至だ。

斯くてトランプの具体的な要求が明らかになった。それはコメと石油の輸入拡大であり、自動車への追加関税の受け入れであり、防衛費の増額だ。が、それらは、米国の貿易と財政の赤字解消に貢献でき、かつ目下の日本の国益に適うもの、を真剣に考えれば自ずと絞られる事項ではなかったか。手前味噌になるが筆者は4月1日、「トランプ関税:この90日間に日本が採るべき政策」で次の4項目を挙げた

  1. コメの輸入拡大・・向こう3年間、日本政府は備蓄用のコメ100万トンを関税ゼロで米国から買う、と提案せよ
  2. 石油・天然ガスの輸入拡大・・トランプの「Drill, baby, drill!」を満足させる案。米国には、ロシア産を買って欧州などに転売している中国とインドを牽制するための玉も必要だろうから、日本にはこれ以上回せないと言って来るかも知れないが、ならば余計に強く申し入れるべき
  3. 武器の輸入拡大・・究極のWin Win策。更に踏み込んで核ミサイル付の原子力潜水艦を10隻ほど買いたい、と申し入れよ
  4. 自動車の輸出戦略・・関税率ゼロは無理でも、日本の国益は国内生産台数の維持し、雇用確保ができるレベルまで引き下げるよう粘れ

2の絡みでトランプは先月下旬、本年12月販売を目指して英国よりも広い約8000万エーカーに及ぶアメリカ湾での石油・ガス生産権のリース販売を解禁した。同湾の埋蔵量は480億バレル、目下は日量180万バレル(米国の13%)を生産中だ。これはバイデン政権による国有地での新規石油生産の停止、沖合鉱区のリース販売の中止、生産者へのロイヤルティ料の引き上げ政策の転換である。

4に関連し、茂木元自民党幹事長がTV番組で、米国生産の日本車の輸出を提案すべき、と述べていた。が、茂木案は、米国と在米の日本車メーカーおよび日本の貿易外収支に資するだろうが、日本のGDPや雇用の確保には何も貢献しない。それよりもトランプが持ち出して遅きに失した感があっても、コメと石油を、来週といわず「今すぐ」に赤沢氏得意の電話でラトニック商務長官に提案すべきだ。

加えて、トランプが望んだ「黄金株」と「国家安全保障協定」を受け入れた日鉄によるUSスチール買収の件もある。トータル3.6兆円の巨額投資だ。日鉄の技術を用いた新USスチールの鋼板は、メキシコから40億ドルかけて米国移転するGMや米国に新たに210億ドルを投資するヒュンダイ、米国生産を増やすホンダ・日産などを含む米国生産車に資するはずだ。これを強調して、し過ぎることはない。

トランプにとって、既に815億ドルもの減税財源をもたらした関税は、7月9日の追加関税発効により更に増収が見込め、「延長は必要ない」のである。内政・外交で無様な姿を国民に晒す石破氏は、今さらカッコ付けずにトランプに土下座してでも頼むべきだ。トランプの協議終了投稿に、間髪入れずデジタル課税を引っ込めたカナダのカーニー首相を見習え。国益のためなら恥も外聞もないのだ。

トランプ肝煎りの「One big beautiful bill」は現地時間7月1日、ヴァンスVPの賛成票を加え51対50で上院を通過し、3日に予定される下院での再議決を経てトランプの机に届くことになる。否決なら、年収40万ドル未満の世帯は2.6兆ドル、中小企業は6000億ドルの増税を被るところだった。この減税恒久化の原資は、景気浮揚による税収増、関税収入、DOGEによるコストカット、そして国債だ。9日以降更に上振れするはずの関税収入は、巨大財政赤字の一部削減に資することだろう。

【追記】
本稿執筆後にトランプ大統領から、日本との関税協議で合意に達するのは「疑わしい」「我々が決める30%、35%といった関税を払ってもらう」との、日本の本気度を疑う発言が飛び出した。公式な申し入れではないので本稿の趣旨は変えないが、押っ取り刀で石破氏が駆け付けないときっと禍根を残す、と付け加えたい。