アキレスの少し先に、亀が歩いている。アキレスが亀の位置まで到達するには、一定の時間を要する。その時間経過中に、亀は何がしか前進する、次にアキレスが再び亀に追いつこうとするためには、また一定の時間が経過する。その間に、更に亀は前進する。故に、どこまでいってもアキレスは亀を抜けない。これがゼノンの詭弁である。
しかし、亀の現在の位置よりも先に、ある基準地点を設定し、逆説と同じ議論を展開すれば、アキレスは亀を抜く。アキレスにして、亀を見ていなければ、主観的にはアキレスの前に亀はなく、亀を抜いたときに振り返ることで、客観的な亀の存在に気付くのである。

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スポーツの選手は、記録の更新を目指しているのであって、先人の記録に並ぶことは通過点にすぎない。そのようにして、多くの選手が競っているので、記録は更新されていく。スポーツの選手は、記録の更新を目指して競っている限り、実は、他の選手と戦っているわけではなく、自分自身と戦っているのだと考えられる。
アキレスにとって、亀と競争して勝つことなど、全く意味もないことである。ゼノンの詭弁は、論理的に鋭いものだが、設題の前提において、愚劣なものだといわざるを得ない。アキレスの相手は、亀ではなく、アキレス自身だったのである。
しかし、公式記録の整備されていなかった古代において、アキレスは、便宜的に競争相手を求めたかもしれない。もちろん、それは最も遅そうな亀ではあり得ず、最も速そうな豹とかチータだったに違いないが、豹に勝とうとしたときにも、亀に勝てなかったのと全く同じ理由で、豹に勝てなかったはずである。
アキレスは、自分の前だけを真直ぐに見つめて走れば、いとも軽やかに亀を抜き去るのだが、亀を視野に捕らえた瞬間、亀を意識してしまうと、体が硬直し、身体運動の連続は絶たれてしまうわけである。相手を亀から豹に変更したところで、全く同じ現象が起きるに違いないのである。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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