アキレスは未来に背を向けて後退するとき亀を抜く

ゼノンの詭弁では、アキレスは亀を抜けない。アキレスが亀の位置まで到達するには、一定の時間を要する。その時間経過中に、亀は何がしか前進する、次にアキレスが再び亀に追いつこうとするためには、また一定の時間が経過する。その間に、更に亀は前進する。故に、どこまでいってもアキレスは亀を抜けないのである。しかし、亀の現在位置を基準に時間分割しなければ、当然に、アキレスは亀を抜く。

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スポーツの選手は、記録の更新を目指しているのであって、先人の記録に並ぶことは通過点にすぎない。そのようにして、多くの選手が競っているので、記録は更新されていく。スポーツの選手は、記録の更新を目指して競っている限り、実は、他の選手と戦っているわけではなく、自分自身と戦っているのだと考えられる。

アキレスにとって、亀と競争して勝つことなど、全く意味もないことである。アキレスは、自分の前だけを真直ぐに見つめて走れば、いとも軽やかに亀を抜き去るのだが、亀を視野に捕らえた瞬間、亀を意識してしまうと、体が硬直し、身体運動の連続は絶たれてしまうわけである。

スポーツ選手にとって、記録は全て過去のものであって、未来には、記録の更新しかない。記録が更新されたときに、新しい記録が生まれ、新しい記録は、生まれた瞬間に過去のものとなり、再び更新されるのを待つだけとなる。未来は、未踏の領野であって、見ることも知ることもできない。見ることも知ることもできるのは過去だけである。

未来に亀はいない。亀は過去を振り返ったとき、のろのろ歩くものとして、そこに見出されるだけである。アキレスは未来に向かって前進しているのではない。なぜなら、未来を見ることができない以上、未来に向かうこともできないからである。アキレスは、過去に遠ざかる亀を見て、背を前にして後退しているのである。そして、未来に背を向けて過去を見ているからこそ、未来を恐れずに後退できるのである。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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