
FrankRamspott/iStock
本稿は、リアルタイム浸水予測システム「S-uiPS」の開発者である早稲田大学・関根正人教授と、元河川工学研究者としての知見を活かし中野区での実装を主導する加藤拓磨区議会議員の連名により、科学技術が変える水防活動の未来を展望する。
1.はじめに
気候変動、ヒートアイランド現象等に伴い、豪雨の発生頻度が増加している(図1)。

図1 全国の日降水量200mm以上の大雨の年間日数の経年変化(1976~2024年)
気象庁HPより
豪雨災害をなくすためにハード対策を推進するも、それを上回るスピードで豪雨の激甚化が進んでいるといわれている。
東日本大震災以降、防災から減災という概念が根付き始め、行政・研究機関は命・資産を守るハード整備による防災力の向上を堅実に進めるとともに、災害外力がハードで持ちこたえられない場合はソフト整備による避難行動を促す政策に注力をしてきた。
科学技術の進展により、ソフト対策として世界先端であるリアルタイム浸水予測システムS-uiPSが完成し、中野区で実証実験を始めることになったことを報告する。

図2 S-uiPSの画像
国立研究開発法人海洋研究開発機構DIAS事務局HPより
2. 東京都中野区における豪雨への対応
今般、全国的に豪雨災害が頻発している。著者が区議会議員を務めます中野区においても、2023年6月2日台風2号の影響により、区内の妙正寺川において氾濫危険水位に達した。また2025年7月10日気象庁は「記録的短時間大雨情報」を東京都へ発表、午後6時50分までの1時間に、中野区付近で約110ミリ降ったことが気象庁の雨量計観測、もしくは気象レーダー解析で分かった。
中野区においては、東京都が2008年に神田川・環状七号線地下調節池を完成させ、治水安全度は著しく向上したが、気候変動、ヒートアイランド現象により、過去よりも強い雨が降るリスクが高まっている。
現在、東京都は中野区野方五丁目から練馬区高松三丁目まで、環七通り、及び目白通りの地下に整備するトンネル式の調節池である環状七号線地下広域調節池(石神井川区間)工事を進めており、洪水調節機能を向上させ、いずれの豪雨においても機能を発揮した。
ハード対策を進めても流下能力以上の雨が降れば、水は溢れるため、ソフト対策が重要となる。地震は突発的に発生するが、水害は降雨現象が発端であることから、雨の降り方がわかれば、事前に対策を打つことが可能な自然現象である。雨雲レーダーなどはソフト対策のひとつのツールである。
3.S-uiPSによるリアルタイム浸水予測システム
(1)概要
図4にS-uiPS(Sekine’s urban inundation Prediction System,スイプス)の概要を示す。S-uiPSは早稲田大学理工学術院の関根正人教授らが開発したモデルで、日頃、皆さんが閲覧している雨雲レーダー(高解像度ナウキャスト)の降雨予測値をインプットし、約20分先の外水氾濫(河川からの氾濫)、内水氾濫(下水管からの氾濫)を動画にしてお知らせするアプリケーションである。
河川、下水道、道路上の水の流れをシミュレーションし、どこで水があふれるか水深5㎝程度以内の誤差になるまで精度を高めてきた。水害予測技術としてこれ以上の精度は必要ないといっていいほどの完成度である。
あとは予測される降雨データの精度、排水溝にゴミが詰まることでシミュレーションと異なる現象が起きる可能性があるが、システム以外の問題である。ちなみにこのシステムは令和5年6月12日のNHK「クローズアップ現代」で取り上げられている。

図4 リアルタイム浸水予測システムS-uiPSの概念図
(2)降水データ
S-uiPSで使用されている降水データは、気象庁が情報提供する高解像度降水ナウキャスト(気象庁HP、気象業務支援センターHP、図5)である。
高解像度降水ナウキャストは、高解像度化した気象庁の気象レーダーや国土交通省XRAINの観測データ等を利用して作成する250m格子の降水ナウキャストである。降水の予測(移動予測及び盛衰予測)手法についても、現行の降水ナウキャストから高度化し、特に、急な強い雨について予測精度の改善が図られた。皆様がスマホなどで閲覧している、いわゆる「雨雲レーダー」である。
手前みそであるが、著者は上述の国交省XRAIN開発のチャーターメンバーである。

図5 高解像度降水ナウキャストの概要
配信資料に関する技術情報(気象編)第398号-高解像度降水ナウキャストの提供開始について-
(3)システムの性能
降雨データをインプットデータとして、河川、下水管、道路表面等の水の流れを計算し、外水氾濫(河川からの氾濫)、内水氾濫(下水管からの氾濫)をシミュレーションする。過去の降雨データがあれば、その当時の再現が、未来の降雨データであれば、浸水予測ができる。
図6は23区中に大雨を降らしたシミュレーション結果で、中野区は白くハッチングしたエリアで、図7にその拡大図を示す。神田川、妙正寺川、旧桃園川下水幹線の沿川周辺での氾濫が表現されている。

図6 S-uiPSによるシミュレーション結果一例(23区全域)

図7 S-uiPSによるシミュレーション結果一例(中野区拡大)
(4)アウトプットの活用
水害から避難する上で、予測の精度とリードタイム(避難に必要な猶予時間)の確保は極めて重要である。突発的に発生する地震とは異なり、水害は原因となる降雨の予測が可能であり、現代では事前のリードタイム確保が現実のものとなった。雨雲レーダーの社会実装により、短時間の雨を避けて行動することは既に一般的となっている。次のステージは、豪雨の後に時間差で発生する「浸水」から身を守ることであり、S-uiPS(スイプス)にはそれを実現する能力がある。
しかしながら、気象業務法第9条(観測値の精度や検定に関する規定)などの制約により、現時点では本システムの利用は不特定多数への公開ではなく、特定少数による活用に留まっている。
著者は河川工学を専門とする博士(工学)であり、現在は中野区議会議員として「科学技術の社会実装」を推進している。その一環として、中野区の防災担当部署に対し、2023年(令和5年)からの試験的な導入を提案し、実際の運用に至った。区の担当者からも「非常に有用なツールである」との評価を得ている。
今後は、災害対策の最前線を担う消防団に本システムを活用していただくことで、区民の迅速な避難誘導や、水没が予測される道路の事前通行止めといった、より実効性の高い防災活動が展開されることを期待する。








コメント