スーダン内戦3年:データで見る「世界最悪の紛争」

アフリカ北東部のスーダンで内戦が始まってから、4月15日で丸3年が経った。国連が「世界最悪の人道危機」と呼ぶこの紛争は、ウクライナ、ガザ、イランと並ぶ国際的な関心を集めることなく、しかし数字の上ではそのどれよりも深刻な惨状を呈している。

死者は推定40万人超。2900万人が食料不安に苦しみ、1360万人が家を追われた。今、スーダンで何が起きているのかを整理してみた。

終わらないスーダン内戦 ヒューマンライツウォッチHPより

スーダンとはどんな国か

(外務省のウェブサイトからキャプチャー)

アフリカ大陸北東部に位置するスーダン共和国は、日本の約5倍の面積を持つ。人口は約4940万人。首都はハルツーム。ナイル川が流れ、広大な肥沃な耕地と石油・金などの地下資源を持つ。かつて「アフリカの穀倉地帯」と呼ばれたこの国で、いま2900万人が食料不安に苦しんでいる。

民族構成はアラブ人、ヌビア人、ヌバ人、フール人、ベジャ人など200以上の部族が混在する(外務省データ)。言語はアラビア語が公用語だが、各地に無数の部族語が存在する。宗教はイスラム教が主流で、キリスト教や伝統宗教も信仰されている。

複雑な独立の歴史

歴史的には、19世紀にオスマン・トルコ帝国支配下のエジプトの侵攻を受け、1820年から北部スーダンがその支配下に置かれた。1899年から英国・エジプトの共同統治が始まり、1956年1月にスーダン共和国として独立を果たした。しかしその後も政情は不安定で、軍事クーデターが繰り返された。

独立後最大の転換点は、南部スーダンとの分離だ。

北部(アラブ・イスラム系)と南部(アフリカ系・キリスト教・伝統宗教系)の間では1955年から第一次内戦が勃発し、1972年に一度終結したが、1983年に第二次内戦で再燃した。2005年の包括的和平合意を経て、2011年、南部は南スーダン共和国として独立した。しかしこの分離によって、現在のスーダンは石油輸出収入の約75%を失い、経済は大きな打撃を受けた。

さらに2003年頃から、西部のダルフール地方でも民族間の武力衝突が激化した。国際刑事裁判所(ICC)は2009年、当時のバシール大統領に対してジェノサイドなどの容疑で逮捕状を発行した。スーダンは「紛争の歴史」そのものの上に成り立つ国である。

ジョージ・クルーニーとダルフール

「ダルフール」という地名を世界に知らしめた一人が、米国の映画スター、ジョージ・クルーニーだ。

2003年頃からスーダン西部のダルフール地方で民族間の虐殺が始まると、米政府は2004年にこれを「ジェノサイド(民族虐殺)」と認定した。クルーニーはその直後から声を上げ始め、2006年4月には父ニック・クルーニーとともにダルフールを訪問し、この地で起きている虐殺に光を当てた。

2006年9月には国連安全保障理事会の会合で演説し、ダルフールへの政治的行動を訴えた。その後も米議会・上院外交委員会・オバマ米大統領との会談など、あらゆる場でスーダンへの関与を求め続けた。

その活動は一定の成果をもたらした。2011年1月、南スーダンの住民投票で98.8%が独立に賛成票を投じ、「南スーダン共和国」(人口約1194万人、首都ジュバ)が誕生した。

しかし歴史は苦い教訓を刻む。南スーダンは独立後まもなく内戦に突入し、ダルフールでも暴力は止まらなかった。そして2023年、今度はスーダン本国で現在の内戦が勃発したというわけである。クルーニーらの活動でダルフールは国際的な「大義ある戦い」になったが、米国や欧州が大量殺害を実際に止めるための行動をほとんど取らなかったという厳しい評価も残っている。ダルフールは「過去の問題」ではなかった。いまや現在進行形の厳しい環境下にある。

現状 司令官二人の戦い

さて、スーダン共和国の話に戻ろう。

現在の内戦は、2021年の軍事クーデター後、軍から民間への権力移譲をめぐる対立が引き金となった。

2023年4月15日、正規軍(スーダン国軍)トップのアブデルファッタハ・ブルハン司令官と、かつての盟友で準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」を率いるモハメド・ハムダン(通称「ヘメディ」)司令官の間で武力衝突が勃発。あっという間に首都ハルツームを巻き込む全面戦争へと発展した。

アブデルファッタハ・ブルハン司令官 Wikipediaより 

モハメド・ハムダン司令官 Wikipediaより

現在、正規軍は首都ハルツームと東部・北部を掌握し、RSFは西部のダルフール地方を支配。中南部では両者の交戦が続く。

米NGO「武力紛争地域事件データプロジェクト(ACLED)」は、どちらの側も病院や学校など民間施設を意図的に攻撃していると記録している。

なぜ停戦が実現しないのか

2023年4月に勃発した内戦は終結しておらず、3年間を通じて一度も包括的な停戦合意が成立したことがない。米国、サウジアラビア、エジプト、UAEが提案した「人道停戦」もスーダン政府に拒否された。

停戦が難しい背景には、大きく3つの理由がある。

資源利権の問題

スーダンには豊富な金鉱山があり、正規軍もRSFもその支配権を譲れない。RSFからUAEへの金の密輸が指摘されているように、戦争そのものが一部の勢力にとって経済的な「旨み」になっている。

外部勢力の複雑な介入

正規軍にはエジプト、ロシア、トルコ、イランがドローン(無人機)を供与。RSFにはUAEがドローンを提供し、金の密輸にも関与しているとされる。エチオピアはRSFのための秘密訓練キャンプを運営し、自国領土からのドローン発射も認めていたと報じられた。中国は両陣営にドローンを販売して利益を得ている。どちらの側も「外からの支え」がある限り、妥協の必要を感じにくい構造になっている。

雨季という「戦略的タイムリミット」

スーダンでは毎年6〜9月頃の雨季に道路がぬかるみ、軍事行動が難しくなる。両陣営はその前に少しでも有利な地点を確保しようと、停戦交渉よりも戦場での前進を優先し続けている。

スーダンのシャリフ元外相は「国際社会はスーダンの停戦仲介に本気でない」と憤り、故郷からハルツーム近郊へ命からがら逃れた医師は「人権をうたう国際社会はどこにある」と嘆く。

被害の実態 データで見る惨状

死者数「本当の数字は誰も知らない」

「世界最悪の人道危機」と繰り返し表現されながら、スーダンの悲劇は十分に伝わってこなかった。最大の理由の一つが、死者数の把握すら極めて困難だという事実だ。

多くの援助団体や国連関係者は死者数をおよそ15万人とする。

しかし元米国スーダン特使トム・ペリエロ氏は2025年8月の時点で40万人超と推計した。この推計値には昨年末の西部ダルフール地方の州都エル・ファシェルでの大規模虐殺を含んでいない。衛星画像で確認された血に染まった砂地や宇宙からも見える遺体の山を分析した国連の事実調査団は今年初め、エル・ファシェルでの暴力が「ジェノサイドの特徴を持つ」と結論付けた。

民間人への被害という観点でも、スーダンは突出している。爆発物を使った攻撃1件あたりの民間人死者数でスーダンは他の主要紛争を大きく上回り続けており、2024年は1件あたり平均25人が死亡した(英国の監視団体「Action on Armed Violence」調べ)。ドローン攻撃だけで見ても、開戦以降少なくとも4800件が確認され8800人以上が死亡(米NGOのACLED調べ)。2025年の無人機攻撃は前年の約2倍に増加している。

飢饉「届けることがほぼ不可能」

スーダンは現在、援助機関が「世界最深刻」と評する飢饉に見舞われている。国連の2026年人道支援計画によれば、人口の推定62%、約2900万人が深刻な食料不安状態にある。

国連が後援する世界飢饉監視機関IPCは、西部ダルフール地方エル・ファシェルと、中南部南コルドファン州の州都カドゥグリでは飢饉が確認されているという。5月までにこの地域で14万5000人が壊滅的な飢餓に直面すると予測する。

北ダルフールの2地域では急性栄養不良が飢饉と判定される基準を超え、さらに20の地域が食料が最も底をつく6月を前に、飢饉に陥る恐れがある。

戦争前の2021年、深刻な食料不安に直面していた人口はわずか15.7%だった。それが2023年に2倍以上へ急増し、2024年には45.14%まで跳ね上がった。2025年は全体の数字がわずかに下がったものの、飢饉状態の人々の数は2倍以上に増加している。

「支援を時間内に届けることはほぼ不可能になった。この国には食料はある。何百万ヘクタールもの耕作可能な土地がある。包囲下の人々にそれを届けることが難しい」(ユニセフ・スーダン代表シェルドン・イェット氏)。包囲や道路の破壊、援助車列への攻撃により、食料があっても必要な人々のもとに届けられない状況が続いているという。

避難民 シリア14年分を3年で

専門家が「前例がない」と口をそろえる規模と速度で、スーダンの人々が故郷を追われた。かつて900万人が暮らしたハルツームで戦闘が始まると、30日以内に50万人が逃げ出し、3ヶ月で数百万人が故郷を離れた。

現在、人口の約4分の1にあたる1360万人以上が家を追われ帰宅できない状態にある(WHO)。約900万人が変動する前線の中に閉じ込められた国内避難民で、430万人以上が国境を越えた。比較すると、シリアから600万人が逃れるのに14年かかった。スーダンはそれを3年で上回ろうとしている。

2025年初頭に正規軍が首都を奪還した際、約100万人が帰還を試みた。しかし彼らを迎えたのは、略奪・破壊された家屋と、水道・電気が止まった廃墟だった。「残りわずかな貯蓄を使って帰宅しても、そこでは生きていけないことに気づく。最初より傷つき脆弱になった状態で、再び逃げ出すことになる。この「二次的避難」が新たな問題として浮上している。

医療への攻撃 病院を狙うドローン

両陣営による医療施設への組織的な攻撃も、この戦争の特徴だ。

WHOのデータによれば、2023年4月から2026年3月までの間に217件の攻撃が確認され、2052人が死亡、810人が負傷した。スーダンの医療施設の半数以下しか機能していない。

さらに深刻なのは攻撃の「質」の変化だ。2025年だけで少なくとも1620人が病院への攻撃で命を落とした。これは前2年間の合計の680%増に相当する。今年すでに194人が死亡している。

医療システムの崩壊は感染症の蔓延も招き、現在マラリア、デング熱、はしか、ポリオ、E型肝炎、ジフテリアが複数の州で同時流行している。昨年は数十年来最大のコレラ流行が発生し、12万4000件以上の感染と3355人の死者が出た。

最大のしわ寄せは子どもたちに

戦争が始まってから、国連はスーダン全土で5700件を超える子どもに対する重大な権利侵害を確認している。そのうち4300人以上が命を落とすか重傷を負った。今年最初の3ヶ月だけで少なくとも245人の子どもが死亡または負傷しており、昨年同期比で著しく増加。報告された子どもの死傷者の約80%はドローン攻撃によるものだ(ユニセフ調べ)。

今年だけで約420万人の子どもが急性栄養不良に陥ると見込まれ、うち82万5000人以上は緊急治療なしには命に関わる重度の状態だ。

教育も壊滅状態にある。学校の半数近くが閉鎖・避難所化・武装勢力による占拠などで機能しておらず、少なくとも800万人の子どもが学校に通えていない。

何ができるか――「最後のチャンス」

なぜ国際社会は動かないのか。

理由は複合的だ。介入すべき大国がそれぞれ紛争当事者の一方を支援しているという利益相反の構造、ウクライナ・ガザへの関心の集中、そして率直に言えば「アフリカだから」という優先順位の低さ――これらが重なり、誰も本気で割って入ろうとしない状況が3年間続いている。

スーダンの内戦3周年にあたる今年4月15日、国際ドナーと国連関係者がベルリンで会合を開き、深刻な資金不足について話し合った。昨年の資金調達は目標をおよそ22億ユーロ(約3500億円)下回った。複数の援助関係者がこのサミットを「スーダンの完全な国家崩壊を回避する最後のチャンス」と表現した。

資金不足は命に直結する。「子ども1人あたり約120ドル(約1万9000円)。スーダンでは、その金額が子どもの命を左右する」とユニセフは訴える。世界食糧計画(WFP)は即時の資金注入がなければ、数百万人への支援が凍結すると警告している。

スーダンの前回の内戦は30年かかってようやく終結した。それだけの外交努力が今回注がれているかといえば、ほど遠い――専門家たちはそう警告する。

英デイリー・テレグラフ紙の取材に応じたイェール大学人道研究所所長のナサニエル・レイモンド氏はこう語る。「実際の国際的介入がない中では、最善の希望は、どちらかの側が燃え尽きることだ」。

資金支援ももちろん重要だ。しかし一人の市民として、これほどの犠牲が出ているにもかかわらず、誰も止めに入ろうとしないままに人が飢餓に陥り、国を追われ、命を失っているーーこの事実こそが、最大の悲劇ではないだろうか。

【主な参照資料】
時事通信(4月15日付)/外務省「スーダン共和国基礎データ」/デイリー・テレグラフ記事(4月15日付、有料購読制)/ユニセフ「スーダン紛争3年声明」(4月14日付)/ACLED・WHO・IPC・UNHCR各種データ


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年4月16日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント