変革主体論③:富はどこで生まれ誰に渡るのか―貿易と超過利潤の構造

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(前回:変革主体論②:多層化する搾取と階級分裂の構造

本連載ではこれまで、現代社会における階級構造と搾取の変容を検討してきた。第1回では対立の不可視化と変革主体の不在を指摘し、第2回では搾取の多層化と階級分裂の構造を明らかにした。

では、その前提として、そもそも富はどこで生まれ、どのように分配されているのか。本稿では、略奪・資源開発・外国貿易という三つの経路に着目し、とりわけ外国貿易と超過利潤の構造を通じて、成長と分配の断絶を検討する。

大金持ち

歴史上には数多くの大金持ちが登場する。なぜ大金持ちになったのか。親の遺産というありきたりの要因のほかに何があるか。

ひとつは“略奪”である。大方は暴力を伴った、まさに血だらけの中で大金持ちは形成された。もっとも大がかりなのは、強国が弱小国に襲いかかるケースだ。これは、たいてい国王とその周辺の利益となり、それから時間をかけて分配されたが、最底辺の人々にまで行き渡ることはなかった。略奪は、それ単独で展開することもあるが、多くの場合はその他の形態と融合して展開した。時にはイギリスの海賊のように物語にもなった。

第二番目の要因は、“鉱山の開発”であろう。金銀の貴金属、そして工業原料として欠かせない鋼、そして鉄鉱石等の鉱山、そして石炭、後に石油。開発に着手し、運よく鉱脈を発見した人々はだいたい大金持ちになった。

鉱山、それはどこの国でも資本家が最初に手がけた事業のひとつである。そこでは労働者への過酷な扱いが目立ち、歴史に悪名を残した。発明や発見があり、その成果が首尾よく独占され、それが長く維持されれば、鉱山と同じように大金持ちを誕生させた。要するに技術の独占である。

そして三番目。これが本稿で扱うものだが、それは“外国貿易”である。貿易商という言葉を聞いて貧しい者をイメージする人はいない。逆に一財を成した人々の話をすれば、たいていは物品の取引であり、その取引先はたいてい外国に及んでいる。貿易が大きな利益をもたらすというのは、貿易の理論など全然知らなくとも感覚で理解できたのだ。

あまりに大きな利益をもたらすので、それはなぜかということが逆にいわゆる貿易理論を生み出すのだが、リカード(David Ricardo、イギリスの経済学者。当時の人々はその天才ぶりをMr. Ricardo comes from another planetと評した。)という天才が出現するまで定説はなかった。大航海時代に次々と航路は開かれ、ロンドンのコーヒーハウスでささやかれた儲け話はやがてリアルなビジネスに成長していった。

しかし、貿易理論が忘れていたものがあった。リカードから今日の新型といわれる貿易理論の目的は、既に述べたように、なぜそんなに儲かるのかを説明することだった。

最初は安く買って(詐欺まがいの価格)、高く売るという単純な貿易差額説、そして、当事者のどちらにも利益になるというリカードの比較生産費説。これは当時の先進国ポルトガルとやや遅れをとっていたイギリスの間の貿易を例証として使い、やや遅れた方にも充分利益があることを証明した。いわば経済発展のレベルの違いのある二国間だが、同質の国どうし、つまり先進国間でも同様に利益が生ずるという新貿易理論※1)が展開した。

※1)2008年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者クルーグマン(Paul Robin Krugman)が、1970-80年代に開発した国家間の比較優位によらない貿易を説明するモデルである。


出典:田中鮎夢、国際貿易と貿易政策研究メモ、第2回「新貿易理論」(2010年、独立行政法人産業経済研究所。参照2026年4月12日)

しかし、どの理論も国レベルの利益の理由を説明することに留まり、その大きな富が国内の様々な人々にどう分配されるかを説明するものではなかった。リカードの貿易理論は自由貿易が参加国みんなの利益になるから、国の政策としてそれを推進すべしという主張の後ろ盾となった。つまり、保護貿易理論を打ち破るためにあった。だから、国内の分配論にまで手が回らなかったのだ。

手が回らなかったのには極めて現実的な理由もありそうだ。それは貿易による大きな利益がGDPの成長に貢献することは、つまりマクロ的には統計上突き止められても、それが人々の所得にどう浸透していったかはなかなか突き止められないからである。個別に、ある貿易会社の利益が高く、そこで働く人、つまり経営者から労働者に至るまでが高い収入に恵まれたことは、個々の例証では示せても全体として示すのは難しいのである。

これは実は私たちの問題でもある。C点の右方移動にどれだけ外国貿易が貢献したかは、まだ正確に計測されていない。いま言えるのは以下のような状況と、そこからの類推的判断である。

1990年の世界貿易額は10兆ドル。それが2019年には38.8兆ドルに伸長している。コロナ禍でブレーキがかかったが近年また伸長した例を示す(図1)。そして、注目すべきは、世界貿易額の世界GDPとの比率で、その比率が60%を超えた年もあった(図2)。

図1 世界の貿易額とGDPに占める割合の推移
出典:通商白書2020(経済産業省)

図2 世界貿易額の世界GDPとの比率(1970-2024年)
出典:世界銀行

もはや世界の経済成長は貿易の伸長なしには考えられない。角度を変えて言うと、外国貿易による利益はそれだけ大きいはずである。貿易差額・輸出入の差は国の統計から計算できるが、個々の企業がどれだけ儲かったかは集約できない。ただし、そのあまりの巨額さからC点の移動に貢献していることは推察可能である。

外国貿易が労働者になんらかの関わりを持っていること、近年その関わりが大きくなっていることは別の面から示すことができる。それは各国の結ぶ貿易協定の中に労働条項が持ち込まれるようになったことだ。

つまり、低賃金の防止、劣悪な労働環境の改善などである。10年前には労働条項が組み込まれる比率は20%だったが、現状では約半数になっている。先進国では当たり前になった労働者の権利を貿易取引国にも波及するように、その逆流が生じないようにする工夫がなされている。労働者を意識しない訳にはいかないのだ。

小括

外国貿易は世界GDPの60%を超えた。もちろん取引額にすぎず、利益ではない。しかし、外国貿易は人々が求めていた儲かるビジネスなのだから、この巨大な額から国内のビジネスの平均を遥かに上回る利潤(率)が生み出されていると想像してよいだろう。

それが貿易当事国でどう分配されるかが最初の問題だが、先進国と途上国間なら先進国に大きいだろうということは比較生産費の説明の前提から明らかだ。自由貿易の旗を掲げ、いかなる国にも保護貿易は許さないようにする。戦後の数々の自由貿易協定、1947年のGATT(関税及び貿易に関する一般協定)から1995年WTO(世界貿易機関)までの流れ、その全てが先進国主導で進んでいる。

では、先進国内での分配は? これはまだ証明していないが推量は可能だ。日本の総合商社がケタ外れの収益をあげ働く人々の平均給与も高く、中堅以上の職位にあれば、橋本(「変革主体論①:『墓掘り人』なき階級社会と対立なき時代の変革論」を参照)が示す分類の“新中間階級”に属することは明らかである。そして外国貿易は広範囲な伝搬力を持つから、その収益も広くビジネス界に行き渡る。

資本主義のグローバル化とともに関係する企業数も多くなり、そこに働く労働者の給与を引き上げる、つまりC点の右移動である。そして、この現象は先に説明した比較生産費の理論から先進国で特に顕著となる。

以上は、生産→輸出面で言えることだが、輸入→消費面でも生活物資の安価を導き、それが資本家には相対的剰余価値を労働者には生活水準の上昇、事実上のC点の移動、をもたらす。

WTOの発足以降、世界貿易は拡大、その利益は主に先進国にもたらされ、そこから様々な波及経路によってC点の移動を実現する。C点の右方移動に貢献する方法のなかで外国貿易は次の超過利潤とともに平和的な方法である。だからそれが封じられたとき再び様々な暴力が世界市場で展開するかもしれない。

超過利潤

価値の創造と横取りが組み合わされた現象、それが超過利潤である。資本主義の時代が歴史上のどの時代よりも技術革新・イノベーションに熱心だったことを否定する人はいない。

イノベーションの件数が多いだけでなくその普及のスピードが速かった。資本主義の利潤をめざす競争が資本家達を追い立てたからである。いち早く優秀な機械を導入すれば超過利潤が得られる。抑制して安く売れば、製品の競争力が上昇し大きなマーケットシェアを獲得できる。

とはいっても超過利潤は劣った設備を持つ他の資本家からの利潤の横取りである。だから、発生時点ではゼロサムなのだが、ある期間(それはイノベーションの種類によって規定されている)をとれば、資本主義経済の生産性を上昇させ、より多くの雇用を生み出し剰余価値量を増加し、やがて賃金を上昇させる。超過利潤は強者を一層強くし、他方で弱者を市場から退場させるから、全体としてみれば一国の競争力を強めることになる。

超過利潤を得るためには投資が必要だから、“投資の促進によって強い国をつくる”というスローガンは資本主義の論理にかなっている。問題はここでもその分配である。

独占利潤や超過利潤が賃金にどの程度影響したかという正確な統計はなさそうである。貿易の場合と同じように推量である。しかし、それが的外れではないことはわかる。

業界トップの企業(ここでは製造業)をみれば例外なく製品づくりに役立つ多くの特許を持っている。

表1 特許出願件数ランキング(2026年出願分)
出典:知財ポータルサイトIP Force

表2 特許取得件数ランキング(2026年特許登録分)
出典:知財ポータルサイトIP Force

表3 特許登録件数と平均給与
出典:登録件数は表1に同じ、平均給与は有価証券報告書(千円、カッコは平均年齢)

表1は特許の出願件数、表2は特許の取得件数、表3は特許登録件数と平均給与を示している。これらの数字と特許からどのくらいの収入があるか、特許にどれだけの価値があるかは別問題だが、両者に一定の相関関係はあるように見える。

私の著書『THE NEXT』に売上1兆円企業のリストを示した(p.220-221)。こうした企業群の給料は一般的に高く、そこに新中間層が存在していることは間違いない。

使用されている特許は、超過利潤の生みの親である。特許という法律に守られて、目に見えるものになっていなくとも、多くの暗黙知的な知識があり、これらが一体となって商品が作られる。効率的な社会分業、経営組織、流通上の工夫などもここに含まれる。

特許とその周辺の競争上の武器を多く持つ企業は、自らの創造した剰余価値に加えて市場を通じて同業他社から横取りし、それで潤うことになる。その潤いはやがて労働者に分配される可能性が高い。というのは、そうすることが競争の次の展開に有利になるからである。高い賃金は質の高い労働力を呼び集めることができるからだ。

日本では現在、多くの大手企業で初任給の引き上げが行われているが、それは人材不足といわれる環境で質の高い労働を求めるからである。新人の給与という目立つところでC点は最初から移動している。それが他の労働者に波及するという受動的な進行になっているが。

価格変動

賃金、価格を論ずるレベルになると、それは上下に(本稿の図では左右に)変動する。そうなると価値はこの運動の後景に退くことになる。

ここに景気変動という要因を加えれば、賃金の変動は私たちが現在見ているものに近いものになる。景気がよくなれば(それは投資の拡大を意味するが)、雇用される労働者は多くなり、他の商品と同様に需給から賃金が上昇する。

現代のロボットのように雇用を減らす機械の導入もあるが、そういう機械は新しく発明されたもので、それに付随する投資があり、そこで雇用は先行して発生している。景気がよくなれば雇用が増え賃金が上昇、逆に不況では低下圧力が生じる、これは一般法則なのである。

補論:超過利潤について

『資本論』は資本一般という理論レベルでの展開が主眼であるため競争を前提にした超過利潤については限定的にしか論じていない。つまり未完成である。第三巻の10章には表題として超過利潤とあるものの本文中の記述は極めて少ない。

「平均価値での、すなわち両極のあいだにある商品総量の中位価値での諸商品の供給が普通の需要を満たす場合には、市場価値よりも低い個別的価値をもつ諸商品は特別剰余価値または超過利潤を実現するが、他方、市場価値よりも高い個別的価値をもつ諸商品はそれに含まれている剰余価値の一部分を実現することはできない。」

『資本論』 p.307~308

そしてこの章の最後に棒線(区分線)が引かれ、そのあとのわずか12行に次の記述がある。

「市場価値は・・・各生産諸部門において最良の諸条件のもとで生産する人々の超過利潤を含む。」

『資本論』 p.341

訳者の解説によれば、第10章を含む第2編は最も早い時期(1864年)に書かれたが、その後マルクスの修正・加筆が加わることはなかった。

草稿では区分線でなく“超過利潤”という小見出しがついていた。章題はそれを反映したのだろうが、区分線以下はあまりに短い。おそらく、マルクスはここに超過利潤に関するまとまった記述を書こうとしていたのだろう。第一巻の出版準備、第二巻の草稿の書き直し等で手が回らなかったのであろう。

以上のような事情でここからは様々な学説史的解釈が生まれるが、それにかかわらないで私たちなりの要約的解釈を示して、先に進もう。

A、B、Cの3人の資本家が甲という商品を等量生産し、合計して需要と一致している。Aは生産設備が優秀なため個別価値が80で、Bは中位で100、Cは劣った設備の故に120とする。市場価格が平均で決まるなら、Aには20の特別利潤が生じ、Cには同じ額のマイナスが生じる。

重要なのは、この例では剰余価値量に変化がないことである。剰余価値=利潤とすれば、Aの超過利潤はCのマイナスで相殺されている。つまり、剰余価値は市場を通じてCからAに移転されたのである。

すぐに気づくようにこの前提は長くは続かない。まっとうな利潤を実現できないCは競争社会では生きていけない。彼にとっての選択はAと同じか、それ以上の生産設備を導入(新規投資)するか、退場するかである。通常は前者であり、かくして新しい生産設備は一般的になり“新しく”なくなり、結果として総資本の近代化が進むのである。超過利潤は過渡的に生じる現象ではあるが同一部門内の資本家間の搾取の結果である。

資本はあらゆる機会を得て様々な収入を得ようとし、それを利潤に転化する。そのことによって搾取関係は対労働者では深化し、そのある部分はアンダークラスに転落しそこに定着する。さらに搾取の対象は他の資本にも及ぶ。

それは超過利潤のように一般的なものもあれば、農業や中小企業からの“買いタタキ”という経済構造で固定された関係を使ったものもある。こうした関係が貿易・資本輸出を通じて国境を越えて展開することも現代の特徴である。その結果、搾取という対立の源は資本家と労働者という二つの階級間にとどまらず、様々な階級相互間に拡散する。その結果は、橋本がその著書で示す図1-1なのである。

この図は日本一国のもので、各国の同じように作られた図が横につらなったグローバルな絵が描かれるはずである。そこで国境を越えた搾取があり対立がある。だから未来を創造しようとするとき、「万国の労働者、団結せよ」という180年近く前のスローガンは依然として有効なのであり、グローバル時代ではなおさらそうなのである。

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