
たぶん誰も覚えてないと思うが、今年の5月10日は「現代フェミニズム研究会」の発足1周年にあたる。2025年の同日に、専修大学で第1回が開催されて、産声を上げたのである。
ぼくもむかし学者をしてたのでわかるが、開かれた大会で多人数が発表するこうした研究会は、年に1~2回の開催が基本である。もしそれ以下だったりすると、会の存続が疑われる。
実際、いまも残る設立時の「趣意書」にも、

今後の活動としては、有志による研究発表や活動報告のための場所(研究会)を年に複数回開催する予定です。
強調は引用者
と、はっきり書いてある。
なので、たぶんそろそろ2回目の大会があるころだと思い、Googleを「現代フェミニズム研究会」で検索してみた(26年5月9日)。トップに表示されたのは、関連する以下のサイトである。

俺の記事やんけ(苦笑)。
詳しくは読んでほしいが、その記事でぼくは、この研究会が2021~22年に炎上し潰走したオープンレターの関係者の衣替えであり、彼らの主張を「別の装いで広める」場になっていることを、名簿と趣旨文に基づき実証した。
これは極左のセクトや、逆に旧統一教会の反共団体が、正体を隠して異なる看板を掲げ、大学で新人を勧誘した「ダミーサークル」の手法だ。知らない世代も増えたから、警鐘を鳴らしたのだ。

鳴り物入りで発足したはずの研究会が、なぜ1年でそんな悲惨な検索結果なのか。理由は単純だ。ていうか、そのぼくの記事でもすでに引用したように、こうなることは開催前に決まっていた。

スターマー氏〔英首相〕は依然として「トランス女性は女性だ」と考えているかとの質問に対し、首相府報道官は「ノー。最高裁の判断は、平等法において女性は生物学的女性であることを明確に示した」と回答した。
最高裁は〔4月〕16日、「2010年平等法における『女性』と『性別』という用語は、生物学的女性と生物学的性別を指す」との判断を判事5人による全員一致で下した。
AFP通信、2025.4.23
第1回の研究会の前月に、英国の最高裁で全員一致の判決が出て、トランス女性は「女性ではなくなった」。報道の続きを読むと、多目的トイレがない場合は「男性用」を使うのが法的な義務だとも、はっきり書かれている。
これは、翌月に第1回が開かれた「現代フェミニズム研究会」が、趣意書において掲げる前提を覆している(無情)。おそらくそれを執筆し、開催を2025年5月に設定した学者たちは、
① 英国の最高裁でも「当然自分たちに有利な、法律に『女性』と書かれていたら、それはぜーんぶ『トランス女性』を含みますという判決が出る!」という超楽観主義に立っていた。
② 単に何も考えてなかった(笑)。
の、いずれかだったのだろう。ぼくもやってたから知ってるけど、文系の大学教員の過半数には「社会常識も事務能力もない」ので、こんなのよくある話っすよ。ほぼ彼らの日常です。
が、その趣意書に「ミソジニーやヘイトに対する対抗運動・対抗言説の形成は急務」、「差別や暴力に加担してきた〔自分たち以外の〕フェミニズムの在りかたを批判し、乗り越える」とまで書いたから、引っ込みがつかない。
なので、その後どうなったかをGoogleで追跡すると、2つ目に出る「包摂的ジェンダー社会学プラットフォーム」なるサイトに、
※「現代フェミニズム研究会」のご厚意により、同日17:30より開催される同研究会のシンポジウムをリアルタイム配信していただき、会場で視聴できる予定です。
「同日」は2026.3.5
との表記が見つかる。これを追いかけると、

というイベントの主催の欄に、開催大学の研究室2つと並んで、「現代フェミニズム研究会」の表記がひっそり見つかる、という次第なのである。
わかりやすくいうと、学生や院生をリクルートする「ダミーサークル」としての機能は、1回きりですでに喪失したので、帳簿上の名義として存在して各種の請負元になる「トンネル団体」に転じて、生き残ってるわけだ。
みじめすぎるだろ!(失笑)
とはいえ、笑いごとではない。こんな国際感覚ゼロで、学問の自由に泥を塗るだけの団体でも、「これが “新たなフェミニズム研究”。あの人もあの人も参加!」とSNSで煽られるあいだは、キラキラして見えちゃうのだ。
実際にGoogleを下っていくと、当時行われた「ドヤ顔参加表明」もセピアにヒットする。
こちらの「現代フェミニズム研究会」、私も賛同人の一人となっています。
よりセイファーな場でフェミニズムの研究や意見交換ができることをとても楽しみにしています。https://t.co/hhWOg6OWKG— レロ/中村香住(PhD)🏳️🌈 (@rero70) April 11, 2025
来月こちらの研究会に寄せていただき、「性別を「その他」と回答する人はみな性的マイノリティなのか?――ジェンダー統計の精緻化に向けたクィア人口学的分析」という報告を行うことになりました。『国際ジェンダー学会誌』で既刊の論文をもとにしつつ、その後の展開についてもお話できればと思います! https://t.co/yYTy1Ax9nY
— だいき (@daiki_soc) April 21, 2025
この中村香住氏は非常勤講師で、平森大規氏は助教だが、ともにオープンレター署名者である(槇野沙央理氏は違う模様)。彼らを「若手」と呼んで甘やかす人もいるが、それは学界ローカルの方言で、とんでもない話だ。
今日の日本でも4割近くが大学には進学せずに働き、博士取得相当の年齢となれば立派な「ベテラン」である。そして非常勤であれ常勤であれ、教え子にとっては「先生」にあたる。言動に責任が伴わなくてよいはずがない。

たとえばこの人たちが正規の大学教員となった場合、学科やゼミで合宿行事を運営することは十分考えられる。そのとき「私はトランスジェンダーで、女性です」と主張する男子学生がいたとして、彼らはどう対応するのか。
その子を女子学生との相部屋に泊まらせないのは “差別” だろうか? 女湯を一緒に利用させなかったらどうだろうか? 特別にシングルルームを確保して泊まってもらったら、それは “アパルトヘイト” に当たるのだろうか?
大学が通う人にとって「セイファー」な場所であるために、国民には知る権利がある。テニュアを持つと居直って答えないなら、その前の持たない段階で問い糾すべきだ。「オープン」な場で行われるなら、より望ましい。

色んなところで書いているが、現在は2020年のコロナ禍で生じた「専門家バブル」の崩壊期——学者たちの “お子さま遊園地” の閉園期にあたっている。そのとき求められることは、なにか。
イキちゃった恥ずかしい(たとえば)Web上の痕跡を黒歴史にするのを許さず、しっかりと突きつけ、広く回覧し、「あれは恥ずかしいね」という社会的な記憶を確かにすることだ。ある種のダークツーリズムと同じである。
そうして初めて、(いまのところ)大会1回こっきりの冗談のような研究会もまた、歴史に刻まれる。「新たなフェミニズム研究」はその廃墟ぶりを晒すところから始まるのであり、逆ではない。
参考記事:



(ヘッダーは、廃墟遊園地の写真サイトより)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。







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