「歴史は繰り返される」(History repeats itself)という格言をご存知だろう。古代ローマの歴史家クルティウス・ルーフスが最初の語ったといわれている。「資本論」を書いたカール・マルクスは後日、「一度目は悲劇として、二度目は喜劇として繰り返される」という有名な皮肉を付け加えている。英国の歴史家アーノルド・トインビー(1889年~1975年)は著書「歴史の研究」の中で、文明の興亡のパターンとして「民族滅亡3原則」を指摘し、歴史が繰り返される現象を分析している。

「民族滅亡3原則」を指摘したイギリスの歴史家アーノルド・トインビー Wikipediaより
「歴史は繰り返される」という格言が突然、当方の小さな灰色の脳細胞(海馬)から浮上してきたのにはそれなりの理由はある。欧州の最貧国モルドバを巡り、歴史が繰り返されそうな雲域だからだ。具体的には、ロシア軍のモルドバ侵攻の気配が出てきたのだ。
モルドバの東部トランスニストリア地方は親ロシア勢力が実質的支配する「沿ドニエストル共和国」が存在する。ドニエストル川とウクライナに挟まれた細長い地域で、モルドバ全体の約12%の領土を有する。同地方にはモルドバ人(ルーマニア人)、ロシア系、そしてウクライナ系住民の3民族が住んでいる。
同時に、同地方には1200人から1500人のロシア兵士が駐在し、1万人から1万5000人のロシア系民兵がいる。ロシア系分離主義者は「沿ドニエストル共和国」を宣言し、首都をティラスポリに設置し、独自の政治、経済体制を敷いている。沿ドニエストル共和国は1990年代初頭の戦争でルーマニア語圏のモルドバ共和国から分離独立したが、国際的には認知されていない。
ところで、ロシアのプーチン大統領は15日、モルドバの沿ドニエストル共和国でロシアパスポートの取得を容易にする政令を発布した。クレムリンによると、沿ドニエストル共和国の18歳以上の住民は、通常必要とされる5年間のロシア居住期間を満たしていなくても、ロシア国籍を取得できるようになるという。
ロシア国営タス通信によると、ティラスポリの分離主義指導部は、この布告を沿ドニエストル共和国住民の保護に向けた一歩だと説明している。約45万5000人の住民のうち、20万人から25万人が既にロシアのパスポートを所持しているとの情報もある。
ここで思い出してほしい。ロシアは2014年以降、占領下のウクライナ東部でロシアのパスポートを配布した。その後、分離主義地域は独立国家を宣言。そして2022年2月末、ロシア軍の戦車がウクライナに侵攻した。「歴史は繰り返す」ではないが、同じことが今度はモルドバで起きるのではないか、という懸念が出てくるわけだ。
モルドバの状況はウクライナ東部に酷似している。プーチン大統領はモルドバの少数民族ロシア系住民の権利を守るという名目でロシア軍をいつ派遣しても不思議ではない。ウクライナのゼレンスキー大統領は、プーチン氏の目的は領土的な野心もあるが、新しい兵力を補給する狙いもあってモルドバ青年たちにロシアパスポートを発給する政令を考え出したのではないか、と見ている。
なお、モルドバで2025年9月28日、議会選の投開票が行われ、親欧州派のマイア・サンドゥ大統領の与党「行動と連帯」(PAS)が過半数を獲得した。投票結果を受け、サンドゥ大統領が主導する親欧州派は欧州連合(EU)への統合政策を一層進めている。モルドバは2022年3月にEU加盟申請。同年6月に加盟候補国に認定された。2024年6月からブリュッセルとの間で加盟交渉がスタートした。モルドバの欧州急接近を目撃して、プーチン氏は焦っているのかもしれない。
ちなみに、モルドバの危機は別として、トインビーの「民族滅亡3原則」は非常に啓蒙的だ。トインビーによると、①理想を失った民族は滅亡する、②物質主義に陥り、心の価値を見失った民族は滅亡する、③自国の歴史を忘れた民族は滅亡する、等の3原則だ。人類の歴史はその文明の興亡のパターンを繰り返してきたのかもしれない。

プーチン大統領 クレムリンHPより
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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