
Jorm Sangsorn/iStock
(前回:「少子化と縮減社会」の再設計の問題③:「未来」とは何時のことか?)
『地域と人口減少の経済学』の書評
小峰氏による『地域と人口減少の経済学』は3月に刊行した『少子化と縮減社会』(東京大学出版会)とテーマが重なっていて、購入後一気に読んだ。
特にサブタイトル「スマート・シュリンク」は文字通り「賢く縮減する社会」なので、親近感が得られた。どのようにシュリンクが使われていたかに興味があったのはいうまでもない。
各章の概要
第1章「人口変化の姿とコロナショック」と第2章「地域から見た人口構造の変化」は、種々の人口データを使った日本全体の分析、および三大都市圏をはじめとした「地域」の変化を明らかにしている。
第3章「地方創生政策の検証」では、小峰氏自身の国土計画局長などの実務体験を活かして、「地方創生政策の検証」が戦後の総合開発計画の歴史を踏まえて行われている。
私にもまた『「地方創生と消滅」の社会学』(ミネルヴァ書房、2016年)があるが、それは本書と同じような現状分析に理論を加えて、実務体験からではなく、理論社会学の立場から「コミュニティのDLR理論」として体系化している。
Dとはディレクション(地方創生の目標、方向づけ)、Lはレベル(住民の熱意、実行力と統率力の両面に関連するリーダーシップの存在)、Rはリソース(社会資源、天然資源、地政学的資源)を統合しながら、5年後や10年後の目標達成を行うための理論モデルである。
「東京一極集中は是正」すべきではない
小峰氏の現段階の強い思いが伝わってくるのが、第4章「東京一極集中は是正すべきか」である。
章のタイトル通り、もはや「常識」とされている「東京一極集中是正」を政策目標とすることに違和感を覚えるとの立場から諸事例が整理されている。なぜならその根底に、「東京一極集中の是正」が国民のウェルビーイングを向上させることにはならないという判断があるからである(本書:89、以下頁のみ)。
類書のように、東京集住の人口や本社機能を果たす機関や施設などの地方分散が主張されるのではない。むしろ現代日本では、東京だけではなく札幌、仙台、福岡などにも認められるように「多層的集中」が起きていることを踏まえて、「東京一極集中」もまた擁護するという姿勢が濃厚である。
ただし、札幌、仙台、福岡への集中はせいぜい100万人から195万人の範囲にあるのに比べて、東京一極集中は1400万人を超える。さらに札・仙・福などへの地方集積が、日本全体においては、東京一極集中を緩和する機能をもつから、これら3都市と東京の間が同等の状況にあるとは私には思えない。したがって、日本全体が「多層的集中」(:82)とは呼べないであろう。
「地域政策のイノベーション」
第5章「地域政策のイノベーション」は本書の結論部であり、小峰氏の「スマート・シュリンク」がしっかりうかがえる。
ただ注意深く読むと、他の章とは異なり、「べきである」「求められる」「必要となる」がやや乱発されていることに気がつく。以下、いくつかの文章例を提示しておこう。
① 「これからは、地方が開発の主役になり、地方政府、企業、大学、NPO、市民が多様に参画していくべきであろう」(:116)。これでは結論としては茫漠すぎて、せっかくの趣旨が曖昧になってしまう。
② 「『伸びる地域をできるだけ伸ばし、立ち遅れた地域は対象を絞って集中的に助成する』 という方向に進むべきであろう」(:120-121)。「伸びる地域」とは何か。IT関連産業集積の都市か、高度医療を実践する医療機関の存在か、高速道路のインターチェンジをもつ物流に特化した都市か、城下町の伝統を活かした観光資源やまちづくりで集客力に優る都市か、高度な研究・教育を行っている大学が立地する文教都市か、空港に隣接して人の流れや商品配送に特化した都市かなどのうち、独自の基準を使って「伸びる」を具体化しておかないと、論旨が鮮明にはならない。
③ なぜなら、「活性化に成功したモデル」として例示された高山市、境港市、島根県海士町、徳島県神山町、徳島県上勝町などは「有名」ではあるが、これから「伸びる」かどうかは分からないからである(:129)。
「スマート・シュリンク」の時代への事例
④ 「人口が減るからといって、『需要が減る』と悲観的になる必要はない。従来の財・サービスの質を高め、新たな需要を開拓していくことが求められている」(:151)。しかし、それは簡単ではないであろう。とりわけ、人口減少過程における教育、医療、交通、福祉、介護、金融、郵便などの領域では、「サービスの質」にしても「新たな需要」に関しても多くの「困難」が待っている。
⑤ この「困難」に関して言えば、「何を欲して何を捨てるかの判断が、近未来計画には喫緊の課題になる」(金子、2026:240)として、3000万人の総人口が減少する「縮減社会」への「適応」にとっては、急進的な制度転換ではなく、ポパーのピースミールな社会設計への配慮が重要になる。その意味で「縮減社会」(スマート・シュリンクの時代)への軟着陸は、時々マスコミでも話題になる誕生した子ども全員に一人当たり1000万円を給付するような「一発逆転の大改革」ではなく、数十年かけて部分改革を積み上げる漸進主義に依拠するしかない。
テーマを選び、段階的に試し、修正しながら進める
⑥ これは3000万人の人口減少を前提として、それに合せた医療・介護圏域の統合、初等中等教育投資の重点化、高等教育では競争原理による大学間の淘汰、正規雇用への積極的展開、JR赤字路線廃止、リニアモーターカーの中止、新たな新幹線建設中止など議論の余地が大きい地域交通改革などのホットな話題が含まれる。
それぞれの論者の立場が真剣に問いかけられるテーマが目白押しである。都道府県レベルでもテーマを選び、いくつかの地方創生事業を段階的に試し、修正しながら進めることが軟着陸にふさわしい。
ウェルビーイングを保つ方法
⑦ 「人口減少地域でも住民のウェルビーイングを保つためには、人口が減っても集積の利益が失われないようにするための施策を打ち出すことが有効である」(:159)。これはその通りであるが、施策としては「デジタル技術の進歩を生かしたオンライン診療」(:160)や「関係人口に当たる人が増える」(:160)こと、それに「自由な移動によるコンパクト化」(:161)などが例示された。とりわけ「自由な移動」には可能性が秘められてはいる。
自由な居住地移動を妨げているハードル
⑧ 一方では憲法第22条で保障されている「居住の自由」によって、多くの大都市における「コンパクトシティ」への取り組みが成功していない。「少しでもそれに近づくようにしてはどうか」(:161)の方法は、おそらく憲法22条の見直しが出来なければ具体化しない。自由な居住地移動を妨げているハードルは、「多くの『日本的な』制度慣行」(:163)とともに憲法第22条の存在であると考えられる。
⑨ 「女性が流出する地域は、女性にとって住みにくい地域である」(:167)は本書末尾の結論の一部であるが、この否定的なニュアンスをもつ「流出する」ことはそれまでの肯定的な「自由な移動」とどのように違うのか。
「ウェルビーイング」の理解について
まとめとして、「ウェルビーイング」の理解について社会学の立場からのコメントをしておこう。全篇で「ウェルビーイング」がキーワードとして、「生活の幸福感、福祉水準、所得水準など良い状態にあることを意味する言葉」(:ⅵ)として使われている。
しかし社会学での「ウェルビーイング」は、いわゆる客観指標に対応する主観指標として使われてきた。なぜなら、「生活の幸福感」は尋ねられた人それぞれの職業、階層、所得、住宅環境、通勤・通学、家族関係などにより、「主観」として存在するからである(金子、2023:131-148)。
同様に「福祉水準」や「所得水準」が「良い状態」かどうかの判断もまた特定基準があるわけではなく、各種客観指標の状態を最終的には調査によって尋ねられた回答者(500人~1000人)の「主観の集合」によって最終的に決定されるしかない。
ウェルビーイングは「相対的な主観性」を内在
一般的に調査票では「非常にいい、ややいい、どちらともいえない、やや悪い、非常に悪い」という定番項目にそれは象徴される。この概念は、「ウェル」(いい)と判断できる素材を吟味したうえで、最終的には調査対象者本人が自らを含む特定の社会状態を「ややウェルビーイング」や「ウェルビーイングには程遠い」などと判断する。そのため相対的な主観性を内在する。
もちろんビーイングは「存在」や「生命」であり、しかもそれは情動的、身体的、心理的な「良さ」を主な内容として、最終的にはよい健康状態や幸福感などに収斂する。小峰氏の本では客観指標と主観指標の区別を超えた使い方が多いように思われる。
OECDのウェルビーイングの体系
念のためにOECDのウェルビーイングの体系を図1(BLI)に示しておこう。
ウェルビーイングは
(1)生活の質
① 健康状態、②ワーク・ライフ・バランス、③教育と技能、④社会とのつながり、 ⑤市民参加とガバナンス、⑥環境の質、⑦生活の安全、⑧主観的幸福
(2)物質的な生活条件
①所得と資産、②仕事と報酬、③住居
(3)幸福の経時的な持続可能性
①自然資本、②経済資本、③人的資本、④社会関係資本
という構成からなっている。
私は(3)を重視して、「社会資本主義」論を構築した。

図1 Better Life Indexの概念的枠組み
(出典)OECD編、2013=2015:28.
OECDのBLIに従えば、小峰氏の「経済主体の自由な行動が、結果的に最も効率的に国民のウェルビーイングを向上させる道である」(小峰、2026:89)、「東京圏への集中が・・・・・・人々のウェルビーイングを向上させる」(同上:111、以下は頁数のみ)、「人口が減っても人々のウェルビーイングが損なわれないような地域を目指そう」(:114)、「人口が減少すると集積の利益が失われ、人々のウェルビーイングが損なわれる」(:119)、「地域におけるウェルビーイングを少しでも改善するための方策」(:128)などは、説明不足の感を免れない。
とりわけ「人口減少により集積の利益が失われ、人々のウェルビーイングが損なわれる」という命題には疑問が残る。なぜなら、「集積に利益」に恵まれた高度成長期まで、そしてそれ以降の「人口増加」の時代では、その反面である公害や都市問題、環境汚染などによりウェルビーイングが損なわれた経験を日本国民は共有しているから、そのまま納得することは難しい。
精緻化したい「ウェルビーイング」概念
「地域におけるウェルビーイングを改善する」とは「物質的な条件」なのか「生活の質」(図1でいえば健康状態から生活の安全まで)なのか、あるいは住民の主観的幸福感をさすのかが不明なために、政策への展開が困難になるからである。
共有型の効果は、・・・・・・「行政の効率が向上したり、住民のウェルビーイングが高まったりする」(:131)になると、もっとあいまいになる。同じく図1を使えば、このウェルビーイングは「健康状態」、「社会とのつながり」、「生活の安全」、「主観的幸福」などのいずれか、もしくはすべてを包括すると読めるからである。
しかしそれでは小峰氏が「特別な気持ち」(:170)を持ってこられた中公新書の学術性や説得性を失うことになる。また本文で繰り返された「人口が減っても人々のウェルビーイングを高めていく」(:149)という根本的課題解決にとっても、このような使い方では有効にはならないであろう。
ウェルビーイングには「リグレッタブルズ」が含まれる
図1の中ほどにGDPとリグレッタブルズが並列してある。BLIにとっても「リグレッタブルズ」「regrettables(残念なもの)」は重要であった。
なぜならこれは「GDPに含まれるが、実際には人々の幸福を減少させることに相当する活動(渋滞に起因する輸送コストの増大や長距離通勤など)、あるいは生産に伴う社会的負担や環境的負担を是正しようとして行われる活動(汚染削減のための出費など)、経済活動の増大に貢献するが、人々の幸福の増大には役に立たないため、『regrettables(残念なもの)』と呼ばれる」(OECD編、2013=2015:253)からである。
公害による環境汚染
「リグレッタブルズ」とは、たとえばGDPの増大とともに深刻化してきた公害による環境汚染を意味する概念である。
日本でも使われてきた経済指標では、大気汚染や水質汚濁などを負の減少を緩和する装置・機材や薬剤の売り上げもまたGNPやGDPを上げるために、経済指標としては不自然であるという意見が強かったことを踏まえたOECDの工夫である。
同じように、通勤通学という日常移動はウェルビーイングや「生活の質」を規定する要因の一つだが、時間的に長すぎれば負の効果が大きくなり、それらの評価を下げてしまう。
害虫が発生してその駆除薬が増産されればGDPは上がるが、やはりウェルビーイングや「生活の質」は下がってしまう。その意味でも、小峰氏の「ウェルビーイング」概念にも「regrettables(残念なもの)」の位置づけが必要であろう。
GDPの限界
2024年に「成長論」を見直す本を出したサスキンドは「リグレッタブルズ」という概念は使用しなかったが、「経済的な価値」を測定するGDPの限界として、従来から指摘されてきた事例として「原油流出事故による環境汚染がひどくなれば、その清掃活動に4000人の失業者が雇用されて、このすべての経済効果は30億ドルから60億ドルに相当する」という記事を引用して、GDPの限界を指摘した(サスキンド、2024=2025:160)。
その他の事例も家庭内のシャドウワークがGDPに含まれないこと、無料の公共サービスが含まれていないこと、人間が大切にすべきものが考慮されていないこと、「経済的に価値がある」が「社会的に価値はない」薬物、売春、密輸はGDP計算から除外されていることを合せて、「曖昧で、つっこみどころが満載で、たいした結論を導きだせていない」と総括した(同上:155)。
ダッシュボード・アプローチ
しかしその代わりにサスキンドが挙げた尺度は「ダッシュボード・アプローチ」であった。これは「価値があり重要と思われるものを測る尺度をいくつか選んで、その数字を並べる」(同上:169)方法であった。
たとえば、GDPが表す物質的繁栄の尺度、環境の状態の数字、不平等レベルの表示、組合加入率、コミュニティの健全性、労働市場の数字、投票率や選挙制度への信頼度などを並べただけでは、50年前の初期の「社会指標」の体系と何ら変わりがないことになり、出発点に戻ってしまった印象が強い(金子、2023:135-148)。
たしかにGDPという「経済的価値」尺度一つで「社会的価値」までを測定することは不可能であるが、尺度としてそれぞれに異なる項目を並列させれば済むというものでもない。
「常識破りの解」の重要性
一般的にいえば「生活の質」社会指標では、図1の①健康状態、②ワーク・ライフ・バランス、③教育と技能、④社会とのつながり、⑤市民参加とガバナンス、⑥環境の質、⑦生活の安全のほぼすべての分野で、「regrettables(残念なもの)」が認められるだけに、ウェルビーイング論でも小峰にはこのような側面への配慮がほしかった。
ウェルビーイングがキーワードであるならば、図1に収斂してきた膨大な先行研究を活かす方向を模索したい。そうしないと「常識破りの解」には届かないであろう。
【参照文献】
- 金子勇,2016,『「地方創生と消滅」の社会学』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2026,『少子化と縮減社会』東京大学出版会.
- 小峰隆夫,2026,『地域と人口減少の経済学』中央公論新社.
- OECD,2013,How’s Life?2013 : Measuring Well-Being, OECD Publishing.(=2015西村美由紀訳『OECD幸福度白書 2』明石書店).
- Popper,K R,1945=1966,The Open Society and its Enemies :“ The Spell of Plato” and “The High Tide of Prophecy : Hegel,Marx,and the Aftermath” Routlege,(=2023 小河原誠訳『開かれた社会とその敵 第2巻にせ予言者』(上)岩波書店).
- Susskind,D.,2024,Growth:A Reckoning,Allen lane.(=2025 上原裕美子訳 『Growth 「脱」でも「親」でもない新成長論』みすず書房).
【関連記事】
・「少子化と縮減社会」の再設計の問題
・「少子化と縮減社会」の再設計の問題②:日本史に見る成功モデル
・「少子化と縮減社会」の再設計の問題③:「未来」とは何時のことか?








コメント