「昭和維新」の軍国主義はまだ生きている

池田 信夫

大阪維新の会ができたころ、私が違和感を感じたのは「維新」というネーミングだった。これは日本史を知っている人なら、北一輝や大川周明の昭和維新を連想するので使わないが、橋下徹氏は北一輝の名前も知らなかった。

大阪維新の政策はそんな国粋主義ではなかったが、国政に出てからおかしくなった。特に今回の皇室典範をめぐる藤田共同代表の話は、ほとんど日本会議だ。維新が日本会議の幹部である百地章氏を勉強会の講師に招いたというのも納得できる。

皇国史観は有害な迷信

百地氏のような皇国史観は迷信である。「万世一系」も「男系の皇統」も歴史学で否定されている。それを一つの信仰として守ろうという安倍晋三氏のような立場はわかるが、それを今どき立法化しようというのは、北一輝と同じ軍国主義の思想である。

かつて軍国主義には、それなりの意味があった。国家という概念のなかった日本で、明治維新によって天皇という絶対君主を中心にして国力を強化した富国強兵は、日本に必要な戦略だった。

しかしそれが昭和維新になり、軍部が暴走し始めたとき、議院内閣制さえない帝国議会は首相を指名も罷免もできず、大政翼賛会のような非決定の決定に呑み込まれ、戦争に突っ込んでいった。

「戦後レジーム」との混同

問題は軍国主義ではなく、それを暴走させた意思決定の構造にあった。それは「万世一系の天皇」を神格化し、異論を許さない価値観である。それはゆるやかで寛容な日本の伝統とは異なる儒教思想で、「維新」は水戸学者の藤田東湖が『詩経』から取った言葉だった。

それを戦後改革と混同し、皇国史観を否定したのはGHQの占領統治だと思い込むのも、こうした「維新」派の共通点である。実際には皇国史観は儒教思想で、民衆に根づかなかった。民衆はGHQの民主化を歓喜で迎えたのだ。

GHQが追放した宮家を皇族に戻すのも時代錯誤で、宮家は(皇室予算が大幅に削減されたので)自分から皇籍離脱を申し出たのだ。明治維新以降の儒教的な「明治レジーム」は、日本人に根づかなかったのだ。

GHQのつくった「戦後レジーム」がすべて望ましいとは思わないが、明治維新や昭和維新のような皇国史観よりはましだろう。日本維新の会は日本会議の高市首相と馬が合うのかもしれないが、危険な右翼団体である。

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    Cloudeにこの文章読ますと『立場の違いを思想の危険性にすり替える言論こそ、著者が批判するはずの「異論を許さない価値観」です』とか言ってくる。
    Cloude賢すぎるだろ。

    閑話休題

    記事の指摘は鋭い。

    **第一に、「維新」というネーミングからの直線的な連想は、論証ではなく印象操作である。**

    著者は「維新」という語に北一輝・大川周明の昭和維新を連想すると述べる。しかし、語の連想は論証ではない。「維新」が水戸学・藤田東湖に由来し『詩経』から採られた言葉であることは事実だが、語源がどこにあろうと、それを掲げる現代政党の政策が軍国主義であることを意味しはしない。大阪維新の会が現実に掲げたのは統治機構改革(大阪都構想)や既得権益の打破であり、彼らが念頭に置いていたのは明治維新のイメージである。語感から思想的系譜を断定する手続きは、学問的にはおよそ成立しない。

    **第二に、「皇国史観は歴史学で否定された迷信」という断定こそ、事実認識として過剰である。**

    著者は「万世一系」も「男系の皇統」も歴史学で否定された迷信だと言い切る。だが、ここには概念の混同がある。「万世一系」をイデオロギーとして無批判に神聖視する皇国史観が学問的に相対化されたことと、「歴史上の皇位継承が事実として男系で運用されてきたか」という実証的問いとは、まったく別の問題である。後者については、確認しうる限りの歴史において皇位が父系(男系)で継承されてきたこと自体は、歴史学が否定しているわけではない。過去に女性天皇は複数存在したが、いずれも父方を辿れば天皇の血統に連なる男系の女性であり、女系(母方を通じた継承)の例は確認されていない——これは史実の説明であって、思想ではない。著者は「思想としての皇国史観への批判」と「制度の歴史的事実への評価」を意図的に重ね合わせ、後者まで「迷信」の一語で葬っている。これは事実認識の水準で誤りであり、議論の出発点が崩れている。

    **第三に、男系維持論や旧宮家養子案への賛成を、ただちに皇国史観・軍国主義の信奉と同一視するのは、議論を封じる暴力的な単純化である。**

    現行の皇室典範そのものが男系男子継承を採っている。したがって、これを維持するか、女性天皇・女系天皇を認めるか、旧宮家案を採るかは、本来、安定的な継承をどう確保するかという制度論として議論されるべき問いである。それを北一輝の思想や「軍国主義」と同列に置くことは、相手を黙らせるための言葉でしかない。「軍国主義」というラベルは、議論を深めるどころか、立場の異なる相手を反論不能な悪へと押しやる。これは思考停止であって、批判ではない。

    **第四に、旧11宮家の皇籍離脱を「自分から申し出た」と単純化する歴史叙述は、不正確である。**

    1947年10月に11宮家51名が皇籍を離脱したのは事実だが、その背景には、GHQの指令による皇室財産の凍結、莫大な財産税の賦課、財政基盤を削ることで皇室の影響力を弱めようとした占領政策、そして日本側の「小さな皇室」を目指す判断など、複数の要因が絡んでいた。宮家側に十分な選択の余地があったとは言いがたい。「自ら申し出たのだから戻す必要はない」という論法は、占領下の非対称な権力状況を捨象している。復帰の是非は「時代錯誤」の一語で片づけるのではなく、皇統維持の選択肢としてその功罪を冷静に比較すべき論点である。

    **第五に、「民衆はGHQの民主化を歓喜で迎えた」「皇国史観は民衆に根づかなかった」という断定も、留保なしには受け入れられない。**

    占領下という非対称な状況での反応を「歓喜」と一括するのは、戦後の複雑な世論動向を著しく単純化している。そもそも皇室への国民感情は今日においても非常に良好であり、もし皇国史観なるものが「儒教思想として民衆に根づかなかった」だけだとすれば、現在の安定した皇室支持をどう説明するのか。著者の図式は、自説に都合のよい推測だけを「民衆の本心」として採用している。

    天皇は尊いものという社会だから、昭和天皇の時の自粛があったような・・・

    皇室 THE IMPERIAL FAMILY・・・扶桑社
    え、天皇特集専門の雑誌が毎年毎年春夏秋冬年4回発行されてたんだ。それなりに売れてるみたいだし。