戦略17分野で370兆円:なぜ「官民投資」の失敗は繰り返されるのか

政府が新たな成長戦略として、AI・半導体、造船、量子、航空・宇宙、コンテンツ、防衛産業など「戦略17分野」に、2040年度まで官民で370兆円超の官民投資をする方針だ。自律ロボットなどの「フィジカルAI」だけでも10.5兆円規模の投資が想定されている。

官僚が「勝ち筋」を知っているのか

今回の対象は、AI・半導体、量子、バイオ、航空・宇宙、防衛、情報通信、海洋、港湾ロジスティクス、資源・エネルギー安全保障・GX、創薬、核融合、コンテンツ、フードテックなど、非常に幅広い。これでは「戦略的」というより「総花的」な投資である。

今までこの手の官民プロジェクトが成功したケースは、ほとんどない。最後の成功例が1970年代の超LSI組合で、その後はほぼ全敗。会社として生き残っているのも数えるほどしかない。

「勝ち筋」という言葉が何度も出てくるが、そんな筋があるなら、政府が金を出さなくても民間がやっているだろう。さらにむずかしいのは、負け筋だとわかったとき撤退することだ。日本の産業政策は、ここで何度も失敗してきた。

官民投資の失敗の原因は「失敗できないこと」

官民ファンド「クールジャパン機構」(海外需要開拓支援機構)は2013年に設立されたが、2024年度末時点で383億円近い累積赤字を出し、廃止を視野に入れた統廃合の検討対象になる見通しだ。

出資金1513億円のうち、政府出資は1406億円。民間投資の「呼び水」になるはずが、民は撤退し、官だけが残った。2025年7月には大型テーマパーク「ジャングリア沖縄」が開業したが、半年後には「ガラガラ状態」と騒がれる事態になった。

ジャングリア沖縄

官民プロジェクトの問題は、失敗することではない。成功する投資より失敗する投資のほうがはるかに多い。経営者にとって大事なのは、失敗したとわかったら徹底する判断だ。それによって企業が淘汰されることが新陳代謝の条件である。

ところが官民プロジェクトには失敗が許されない。クールジャパンのように、だめだとわかってからも政府が延命のために補助金を注ぎ込み、新陳代謝がないから進化が起こらない。

役所の担当者は、失敗したころには他に異動しているので、誰も失敗の責任をとらない。失敗の原因も追及しないので、同じパターンの失敗が繰り返される。

必要なのは「補助金」ではなく「規制改革」

官の役割は勝者をピックアップすることではなく、競争条件を整えることだ。特定企業への補助金ではなく、税制、規制改革、公共調達、電力供給、人材育成、資本市場改革を通じて、挑戦する企業が増える環境をつくるべきである。

特に日本の産業を停滞させている大きな原因は、従業員共同体のサラリーマン社長が大きなリスクを取れないことだ。かつて世界のトップだった半導体も、投資の規模で負けてしまった。企業買収でグローバルに戦える企業を育てる必要がある。

もう一つは経営と企業別労組が一体化し、余剰人員を切れないことだ。このため大企業は海外直接投資に軸足を移し、国内には生産性の低い中小企業しか残らない。金銭解決などの解雇ルールを決め、人材を流動化しないと、新しい産業は育たない。

こうした規制改革にはあまり金はかからないが、政治的資源を消耗する。それが歴代の自民党政権が規制改革から逃げ、だれもいやがらない産業政策に税金を浪費してきた原因である。高市政権は、その自民党の伝統にきわめて忠実だから、結果も見えている。

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    最も説得力があるのは、「官民プロジェクトの本質的な弱点は失敗できないことにある」という診断である。これは経済学でいう「ソフトな予算制約(soft budget constraint)」――いったん始めた事業に追加の公費が際限なく流れ込み、撤退判断が遅れる現象――を平易に言い換えたものと読める。クールジャパン機構が383億円の累積赤字を抱えながら延命してきた経緯は、この弱点が絵空事でないことを示している。

    「規制改革には金はかからないが、政治的資源を消耗する」という観察も鋭い。補助金は受益者に感謝されるが、規制改革は既得権を持つ側の反発を招く。だから歴代政権は易きに流れ、誰も嫌がらない産業政策に税金を投じてきた。この指摘は重い。

    ◆「勝ち筋があるなら、政府が金を出さなくても民間がやっている」という主張である。これは市場の効率性を強く信頼する立場だが、経済学はむしろ、市場が過小投資に陥る領域の存在を古くから認めてきた。核融合や次世代半導体のように、初期投資が巨大で、回収まで数十年を要し、成果が他社にも波及する(外部性のある)分野では、一企業が単独で投資する誘因は乏しい。これが「市場の失敗」という古典的論点だ。米国のCHIPS法、中国・欧州の動きを見れば、もはや投資規模そのものが国力のぶつかり合いになっている。日本だけが「健全な市場競争」を理由に手を引けば、スタートラインで脱落し、経済安全保障すら危うくなる。

    ◆17分野を一括りにする雑さである。半導体、防衛、エネルギー、量子、宇宙、核融合は、民間だけではリスクを取りきれない領域だ。一方、コンテンツやフードテックの一部は、すでに民間競争が成立している消費財ビジネスで、政府が勝者を選べば危うい。記事が失敗例に挙げるテーマパークは後者の典型である。この二つを同列に並べて「官民投資はすべて悪」とするのは、極端な議論だ。

    ただし──政府資料には「総花的にすることなく戦略的に絞り込む」「目標・道筋・政策手段を明確にした官民投資ロードマップを策定」と書かれており、規制改革・公共調達・資本市場改革・KPIも明記されている。つまり危険は一応認識されている。問題は、それを本当に実行し、失敗案件を止められるかである。

    ここで想起すべきが牟田口廉也である。補給の見通しがないままインパール作戦を強行し、失敗が誰の目にも明らかになっても止めず、兵站を軽視して将兵を大量に死なせた、あの現場指揮の失敗だ。彼の致命的な誤りは、作戦を始めたことそのものよりも、「失敗が見えても引けなかったこと」「責任を取らなかったこと」にあった。官民ファンドの病理と構図がぴたりと重なる。担当者が異動して誰も責任を取らず、損切りができず、同じ失敗を繰り返す――これは産業政策版のインパールである。

    だからこそ必要なのは、補助金のばらまきではない。各分野にあらかじめ撤退基準を置くことだ。「◯年以内にこのKPIを達成しなければ縮小・廃止する」というルールを、事業を始める前に設計へ埋め込み、民間ベンチャーキャピタルのように果断に損切りできるガバナンスを構築する。そして池田氏の言う通り、規制改革・人材流動化と「セット」で運用しなければ、いくら金を流しても古い企業体質は変わらない。

    **結論

    戦略17分野は、思想としては間違っていない。日本に足りないのは需要刺激だけでなく、供給力・技術・人材・インフラへの投資だからだ。だから「全部ダメ」と切り捨てるべきではない。成功させる鍵は、「官が勝者を選ぶ」のではなく「民間が挑戦しやすい土俵を作る」政策に徹し、撤退ルールを最初から組み込むことに尽きる。

    従来型の補助金行政に流れれば、池田氏の言う通り、そして牟田口の失敗が教える通り、また同じ轍を踏むことになる。

    ※:市場の失敗 とは、市場経済が働いた結果、資源配分が最適ではない状態、つまり経済的な「パレート効率性」が達成されていない現象を指す。